第151話 地図が二枚
百日目。
学校から来た男が、折り畳んだ紙をカウンターへ広げた。
高校生はすぐ眉を寄せた。
「これ、うちのと違う」
手描きの地図だった。
PANDEMONIUMの地図なら太く残っている道路が、途中から細い線になっている。代わりに、校舎の北から見覚えのない点線が伸びていた。
「これ何です?」
「裏道」
「道ないですよ、そこ」
「歩ける」
「車は?」
「無理」
高校生は壁から店の地図を外し、隣へ置いた。
二枚とも同じ地域を描いている。
店の地図には、配送車が通れる道路、崩落箇所、給油できる場所、転回できる場所。
学校の地図には、井戸、自転車を置ける場所、子どもでも抜けられる隙間、雨の日に滑る坂。
端には《犬》とだけ書かれた家もある。
直人がそこを指した。
「これ、いる?」
学校の男が答える。
「噛むよ」
「じゃあいるな」
高校生は透明な紙を持ってきた。
「一枚にしたら便利じゃないですか」
店の道路を写す。井戸を足す。裏道、給油地点、坂、崩落箇所。
《犬》を書いたところで、線と文字が重なった。
高校生は紙を持ち上げる。
「見えない」
「俺、車の転回場所いらないし」
学校の男が言う。
直人も店の地図を指す。
「こっちは井戸より、車が曲がれるかの方が大事だな」
「井戸、大事ですよ」
「歩くならな」
由佳が店へ入ってきた。
カウンターの二枚を見る。
「学校のだ」
「分かるの?」
「うん」
高校生が二枚を指す。
「違うでしょ」
由佳は店の方を見る。
「こっちは車の地図」
次に学校の方。
「こっちは歩く地図」
高校生は透明な紙を丸めた。
団地から通信が入った。
『学校行く道、どれがいい?』
「歩きですか、車ですか」
『歩き』
高校生は学校の地図を取る。
「北の細い道が近いです。坂が滑るって書いてあります」
『今日晴れてるから、そこ行く』
通信が切れた。
透明な紙は丸めたまま、カウンターの端に残った。
高校生は学校の地図を壁へ貼った。
店の地図の上ではなく、隣に。
その日の配送で学校へ着くと、廊下の壁にもっと大きな地図があった。
朝に店へ届いた写しより、書き込みが増えている。
《水たまり》
《午後は影》
《ここ柵こわれた》
高校生が自分の持ってきた写しと見比べる。
「もう違う」
森田が横から覗いた。
「朝から使ってるからな」
「店の、もう古いじゃないですか」
「朝の地図ではあるだろ」
高校生は壁の大きな地図を見る。鉛筆の濃さも、字の形もばらばらだった。
「これ、写して帰ります?」
森田が聞く。
高校生は答えかけて止まる。
地図の端で、子どもが新しく何か書いていた。
《ここ みず》
「……やめときます」
「いいのか?」
「また変わるし。必要な時に聞きます」
店へ戻ると、二枚の地図は朝のまま並んでいた。
高校生は学校の地図の隅へ、小さく《朝》と書いた。
その横で、店の配送地図を直人が外す。
「学校便、出るぞ」
「どっちで行きます?」
「車だから、こっち」
直人は自分たちの地図を持っていった。
残った学校の地図には、北へ伸びる細い点線がある。
高校生は丸めた透明な紙をほどきかけた。
少し考えて、また丸めた。




