↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
148/195

第148話 PANDEMONIUMじゃない


九十七日目。


学校の旧職員室の入口に、段ボールが一枚増えていた。


《ひるめし》


その下には、子どもの字で、


《きょう いも》


高校生が読んでいる横で、じゃがいもの皮が一本、新聞紙へ落ちた。


「名前、ついたんですね」


包丁を持つ女が顔を上げる。


「何の?」


高校生が段ボールを指すと、女は一度だけ振り返った。


「あれ、子どもが書いたやつ」


「食堂の名前じゃなくて?」


「今日は芋って意味でしょ」


そう言って、次のじゃがいもを手に取る。


廊下の向こうから森田が鍋を抱えてきた。昨日の鍋ではない。底がへこみ、片方の持ち手に青いビニールテープが何重にも巻かれている。


「見つかったんですか」


「体育倉庫にあった」


高校生は持ち手を見た。


「使えるんです?」


森田は机へ置き、少し水を入れて傾けた。底からは漏れない。


「使える」


それで話は終わった。


昨日、高校生が貸そうとしたPANDEMONIUMの鍋は、店の棚に残っている。


子どもが三人、段ボールを見に来た。


「今日いもだ」


「豆じゃない!」


「豆嫌いなだけじゃん」


女が皮むきを続けたまま言う。


「喜ぶなら手伝って」


三人とも廊下へ逃げた。


「逃げたぞ」


森田が笑う。


「食べる時だけ戻ってくるよ」


昼が近づくと、人と一緒に器も増えた。学校名の入った皿、花柄の茶碗、欠けたどんぶり。皿が足りなくなったところで、団地から来た男は小鍋へ直接よそった。


高校生が見る。


「それで食べるんですか」


「洗うの一個で済む」


「ずるい」


「賢い」


高校生の皿にも芋と玉ねぎが入った。湯気を吹いて一口食べる。


「今日は普通」


向かいの森田が笑った。


「昨日より上がったな」


誰が作ったのか高校生は知らなかった。昨日鍋を混ぜていた男は今日は窓の補修をしている。代わりに、さっきの女と別の老人が味を見ていた。


小鍋を抱えた男が、部屋を見回す。


「ここ、PANDEMONIUMの二号店みたいだな」


「違うだろ」


森田が即座に返した。


「飯出るし、人集まるし」


「バーガーないし」


女が笑う。


「そもそも店じゃないよ」


男は小鍋を持ったまま、入口の段ボールを見た。


「じゃ、何なんだ?」


女は答えず、煮崩れた芋を森田の皿へ足した。


「まだ食べる?」


「食う」


それで二号店の話は終わった。


店へ戻ると、高校生はメモ用紙へ《学校食堂》と書いた。


ペン先を止める。


昼に見た段ボールには、そんなことは書いていなかった。


《学校食堂》に線を引き、その下へ《学校 昼》とだけ残す。


直人は配送箱を閉じながら、それを横目で見た。


「今日も食った?」


「芋でした」


「うまかった?」


高校生は少し考えた。


「普通でした」


「いいじゃん」


学校向けの注文欄は今日も空いていた。


午後、通信が入る。


『玉ねぎ、余ってたら交換できる?』


直人が受話器を取った。


「何と?」


『乾電池。六本ある』


直人は在庫箱を開け、玉ねぎを三つ手に載せる。


「これくらいなら」


『それで』


「次の便で持ってく」


高校生は交換表へ《学校 玉ねぎ三/乾電池六》と書いた。


注文表には触れない。


二枚をそれぞれ元の場所へ戻したところで、由佳が店へ入ってきた。


「今日いもだったよ」


「知ってる。食べた」


「普通だった?」


高校生は顔を上げた。


「なんで知ってるの」


由佳は答えず、ぱむちゃんの方へ走っていった。


高校生は交換表を棚へ差し込む。


隣には、数字のない学校の注文欄が残っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。