第148話 PANDEMONIUMじゃない
九十七日目。
学校の旧職員室の入口に、段ボールが一枚増えていた。
《ひるめし》
その下には、子どもの字で、
《きょう いも》
高校生が読んでいる横で、じゃがいもの皮が一本、新聞紙へ落ちた。
「名前、ついたんですね」
包丁を持つ女が顔を上げる。
「何の?」
高校生が段ボールを指すと、女は一度だけ振り返った。
「あれ、子どもが書いたやつ」
「食堂の名前じゃなくて?」
「今日は芋って意味でしょ」
そう言って、次のじゃがいもを手に取る。
廊下の向こうから森田が鍋を抱えてきた。昨日の鍋ではない。底がへこみ、片方の持ち手に青いビニールテープが何重にも巻かれている。
「見つかったんですか」
「体育倉庫にあった」
高校生は持ち手を見た。
「使えるんです?」
森田は机へ置き、少し水を入れて傾けた。底からは漏れない。
「使える」
それで話は終わった。
昨日、高校生が貸そうとしたPANDEMONIUMの鍋は、店の棚に残っている。
子どもが三人、段ボールを見に来た。
「今日いもだ」
「豆じゃない!」
「豆嫌いなだけじゃん」
女が皮むきを続けたまま言う。
「喜ぶなら手伝って」
三人とも廊下へ逃げた。
「逃げたぞ」
森田が笑う。
「食べる時だけ戻ってくるよ」
昼が近づくと、人と一緒に器も増えた。学校名の入った皿、花柄の茶碗、欠けたどんぶり。皿が足りなくなったところで、団地から来た男は小鍋へ直接よそった。
高校生が見る。
「それで食べるんですか」
「洗うの一個で済む」
「ずるい」
「賢い」
高校生の皿にも芋と玉ねぎが入った。湯気を吹いて一口食べる。
「今日は普通」
向かいの森田が笑った。
「昨日より上がったな」
誰が作ったのか高校生は知らなかった。昨日鍋を混ぜていた男は今日は窓の補修をしている。代わりに、さっきの女と別の老人が味を見ていた。
小鍋を抱えた男が、部屋を見回す。
「ここ、PANDEMONIUMの二号店みたいだな」
「違うだろ」
森田が即座に返した。
「飯出るし、人集まるし」
「バーガーないし」
女が笑う。
「そもそも店じゃないよ」
男は小鍋を持ったまま、入口の段ボールを見た。
「じゃ、何なんだ?」
女は答えず、煮崩れた芋を森田の皿へ足した。
「まだ食べる?」
「食う」
それで二号店の話は終わった。
店へ戻ると、高校生はメモ用紙へ《学校食堂》と書いた。
ペン先を止める。
昼に見た段ボールには、そんなことは書いていなかった。
《学校食堂》に線を引き、その下へ《学校 昼》とだけ残す。
直人は配送箱を閉じながら、それを横目で見た。
「今日も食った?」
「芋でした」
「うまかった?」
高校生は少し考えた。
「普通でした」
「いいじゃん」
学校向けの注文欄は今日も空いていた。
午後、通信が入る。
『玉ねぎ、余ってたら交換できる?』
直人が受話器を取った。
「何と?」
『乾電池。六本ある』
直人は在庫箱を開け、玉ねぎを三つ手に載せる。
「これくらいなら」
『それで』
「次の便で持ってく」
高校生は交換表へ《学校 玉ねぎ三/乾電池六》と書いた。
注文表には触れない。
二枚をそれぞれ元の場所へ戻したところで、由佳が店へ入ってきた。
「今日いもだったよ」
「知ってる。食べた」
「普通だった?」
高校生は顔を上げた。
「なんで知ってるの」
由佳は答えず、ぱむちゃんの方へ走っていった。
高校生は交換表を棚へ差し込む。
隣には、数字のない学校の注文欄が残っていた。




