↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
147/195

第147話 二つ目の食堂


九十六日目。


毛布を抱えて学校へ入った高校生は、階段を上がる途中で足を止めた。


廊下に湯気が流れている。焦げたような匂いもした。


「森田さん?」


旧職員室から顔が出た。


「こっち。毛布、助かった」


高校生は毛布を渡しながら、森田の肩越しを覗いた。


昨日まで書類棚の残骸が積まれていた部屋に、机が三つ寄せられている。高さはばらばらで、脚の下には畳んだ段ボール。窓際では卓上こんろが二台燃え、大鍋の蓋が細かく鳴っていた。


団地で見かける女が蓋を開ける。白い湯気が一気に天井へ上がった。


「まだ薄い」


味見した男が眉を寄せた。


「塩、もうちょい?」


「あとで足せるくらいでいいよ。豆入れて」


「肉は?」


「ない」


「じゃ豆」


高校生は毛布を持っていた腕を下ろした。


「これ、いつからやってるんです?」


森田は毛布を受け取り、廊下側の椅子へ置いた。


「昨日から。腹減ったやつが多かったから」


「店に何も言ってないですよね」


「言うことあるか?」


答えようとして、高校生は鍋を見た。誰かが持ってきた野菜を別の誰かが刻み、子どもが水の入った容器を両手で運んでいる。


ポケットのトランシーバーに触れた指を、そのまま離した。


「……ないですね」


教室の方から子どもが二人走ってきた。


「まだ?」


「まだ。走るな」


「昨日より遅い」


「昨日は豆なかっただろ」


「豆いらない」


女が包丁を止めずに言った。


「食べるとき避けな」


子どもたちは鍋を一周して覗き込み、また廊下へ消えた。


昼前には、旧職員室に十人以上が集まった。学校にいる人、団地から来た人、子ども、森田。揃いの食器はなく、学校名の入った皿の隣に花柄の茶碗が並ぶ。


高校生にも一枚渡された。


「俺、戻りますよ」


「食ってからでいいだろ」


森田は自分の皿へ豆と野菜をよそった。


高校生は壁の時計を見たあと、受け取った。


煮込みは熱かった。舌を少し引っ込めてから噛む。


「薄い」


女が笑いもせず、塩の容器を指した。


「そこ」


自分でひとつまみ足す。今度はちょうどよかった。


隣では、さっきの子どもが豆だけ皿の端へ集めている。


「嫌い」


「次、少なくする?」


「肉がいい」


「肉があったらね」


「明日?」


「明日は明日」


子どもは豆を一粒だけ口に入れ、露骨に顔をしかめた。


高校生は笑って、残りを食べた。


店へ戻ると、直人が配送箱の留め具を確認していた。


「毛布、渡した?」


「はい。あと、向こうで昼飯作ってました」


直人の手が一瞬止まる。


「うまかった?」


「薄かったです」


「それは残念」


「塩足したら普通でした」


直人は笑って、次の箱を閉じた。


高校生は注文表をめくる。団地は四。旧スーパーは二。学校の欄には数字がない。昨日までは六や八が並ぶ日もあった。


厨房では鉄板の音が続いている。秩序が別の客へ商品を渡し、空いた注文票を重ねた。


「以上ですね」


「はい」


高校生は学校の空欄に鉛筆を置いた。何も書かず、次の伝票へ移る。


しばらくしてトランシーバーが鳴った。


『明日、鍋もう一個探す』


森田だった。


高校生は棚を見る。使っていない鍋ならある。


「こっちに余りありますよ」


『こっちで探す。なかったら頼む』


「分かりました」


通信が切れた。


高校生は備品表へ伸ばした手を止めた。


代わりに配送表を取り、明日の団地便の箱数だけ確かめる。


学校の欄は白いままだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。