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145/195

第145話 店外の約束


九十四日目、朝。


団地の女の子が植物図鑑を返しに来た。


「由佳ちゃん、まだ?」


高校生が店内を見る。


「まだ。今日学校じゃないから、来るとは思うけど」


「じゃあ先に行く」


「どこに?」


「橋」


「何しに?」


女の子は図鑑を棚へ戻した。


「待ち合わせ」


高校生が予定表を見る。


橋の文字はない。


「誰と?」


「由佳ちゃんと、学校の二人」


「いつ決めたの?」


「昨日。学校で」


全部、もう決まっていた。


「十時だから行くね」


女の子は店を出ていった。


高校生は予定表へ視線を戻した。


鉛筆は持たなかった。


◇


しばらくして由佳が来た。


水筒を肩から下げている。


「橋で待ち合わせなんだって?」


「うん」


「店で集合じゃないんだ」


由佳が首を傾げる。


「なんで店?」


高校生は答えられなかった。


「向こう行って何するの?」


「見てくる」


「何を?」


「まだ決めてない」


由佳は水筒の蓋を確かめる。


「行ってきます」


「トランシーバーは?」


「学校の人が持ってる」


「暗くなる前には戻って」


「はーい」


扉が閉まった。


予定表には今日の配送が三件。


高校生は空いている行を一つ飛ばして、次の配送を書いた。


◇


直人が戻ってきた。


「由佳は?」


「橋です」


「何かあった?」


「待ち合わせ」


「誰と?」


高校生は少し考える。


「学校の人と、団地の子。たぶん他にもいるかも」


「そう」


直人は荷物を下ろした。


「全部知らないんですけど」


高校生が言う。


「俺も今聞いた」


「確認しなくていいですか」


直人は予定表を見る。


「必要なら連絡来るだろ」


それで配送の片付けに戻った。


昼前、学校から通信が入る。


『橋の四人、こっち通ったよ』


「了解」


『そっちに連絡行ってた?』


「待ち合わせだけ」


『じゃあ大丈夫だね』


通信が切れた。


高校生はトランシーバーを元の位置へ戻した。


◇


昼すぎ、団地の男がコーヒーを飲みに来た。


「橋の方、今日は人いるな」


「由佳ちゃんたちです」


「交換?」


「遊びじゃないですか」


男がカップを止めた。


「遊び?」


「たぶん」


「いいな」


それだけ言って飲み直す。


高校生は窓の外を見る。


水容器も工具も持っていかなかった。


午後になっても連絡はない。


高校生がトランシーバーへ手を伸ばす。


直人が横で伝票を数えている。


「心配じゃないですか」


「心配だよ」


「連絡します?」


「何かあれば向こうから来る」


高校生は手を引っ込めた。


◇


午後、四人が戻ってきた。


靴とズボンの裾に泥がついている。


団地の女の子が笑っていた。


「向こうに自転車あった」


「乗れた?」


「一個だけ」


由佳が水筒を置く。


「今度直す」


「誰が?」


「学校の人」


「いつ?」


「今度」


高校生は予定表を見た。


今日の橋のことは、まだどこにもない。


次の自転車のこともない。


「楽しかった?」


「うん」


由佳はすぐ答えた。


高校生は頷く。


「じゃあよかった」


どこまで行ったかは聞かなかった。


由佳たちはコップの水を飲みながら、橋の向こうの話をしている。


「次、あっちから回ろうよ」


「坂あるよ」


「自転車直ったらいける」


「じゃあそれから」


高校生は配送表を書き続けた。


◇


夕方、予定表には配送と交換だけが残った。


橋の欄はない。


由佳が帰り際、団地の女の子へ言う。


「じゃあ次、学校の裏ね」


「うん」


「何時?」


「今日と同じくらい」


「分かった」


二人は別々の方向へ帰っていった。


高校生は扉の向こうを見送る。


予定表は開いたままだった。


その空いている行へ、何も書かなかった。

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