第142話 午前三時、もう一度
九十二日目、午前二時五十八分。
油のはぜる音で、直人は目を開けた。
椅子にもたれたまま寝ていたらしい。首の右側が痛い。
時計は2:58。
前にも、この数字を見た。
店内では三人が眠っている。団地から来た男。学校の見張りを終えた女。配送帰りの高校生。
三か月前にはなかった貸出表と配送予定が壁に掛かっている。
厨房から、また油の音がした。
直人は立った。
秩序がレジの内側で注文票を揃えている。
渾沌は厨房で紙袋を開いていた。
「ご注文ですか?」
秩序が聞く。
「ポテトください」
「はい」
注文が厨房へ通る。
渾沌が振り返った。
「こんな時間に?」
「前も食べました」
「そうだっけ」
「午前三時に」
渾沌は時計を見る。
「ほんとだ。三時」
それだけだった。
◇
揚げたてのポテトは熱かった。
直人は一本食べ、自分の右手を見る。
指の付け根に、先週つけた小さな傷が残っている。
秩序の手を見る。
三か月前と違うものを、見つけられない。
渾沌がモップを持って出てきた。
「そこ、まだ濡れてます」
秩序が言う。
「分かってるよ」
「今踏みました」
「……拭くからいいの」
直人はポテトを持ったまま二人を見た。
言葉まで同じだったわけではない。
なのに、あの夜を思い出すには十分だった。
「渾沌さん」
「なに?」
「疲れてます?」
「今?」
「今でも、いつでも」
渾沌は少し考えた。
「別に?」
「眠いですか」
「眠くないよ」
直人は次を聞かなかった。
秩序を見る。
「三か月前の午前三時も、ここにいましたよね」
「いました」
「その間、ずっと働いてるんですか」
「営業時間中は業務を行っています」
「そうじゃなくて」
そこで止まる。
眠るのか。
疲れるのか。
歳を取るのか。
傷は残るのか。
聞きたいことは、もう分かっていた。
三か月前は、そこまで辿り着けなかった。
秩序は直人を見ている。
「……やっぱり、いいです」
「そうですか」
秩序は注文票へ戻った。
◇
高校生が顔を上げた。
「何時です?」
「三時半くらい」
「うわ」
伸びた髪をかき上げ、またテーブルへ伏せる。
「直人さん、寝ないんですか」
「さっきまで寝てた」
数分もしないうちに寝息が聞こえた。
直人は厨房を見る。
渾沌は床を拭き終え、次の作業へ移っている。
ぱむちゃんが出てきた。
「ぱむ」
直人の足元で止まる。
「お前も変わらないな」
「ぱむ」
「分かって言ってる?」
「ぱむ」
直人は少しだけ笑った。
窓の外を、一体の感染者が歩いていく。
道路脇の草は減った。放置された車には埃が積もり、向こうの信号はもう点いていない。
直人は残ったポテトを口へ入れた。
冷めていた。
もう一度、秩序を見る。
質問は残っている。
ポテトの空箱を潰し、直人は時計を伏せた。




