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142/195

第142話 午前三時、もう一度


九十二日目、午前二時五十八分。


油のはぜる音で、直人は目を開けた。


椅子にもたれたまま寝ていたらしい。首の右側が痛い。


時計は2:58。


前にも、この数字を見た。


店内では三人が眠っている。団地から来た男。学校の見張りを終えた女。配送帰りの高校生。


三か月前にはなかった貸出表と配送予定が壁に掛かっている。


厨房から、また油の音がした。


直人は立った。


秩序がレジの内側で注文票を揃えている。


渾沌は厨房で紙袋を開いていた。


「ご注文ですか?」


秩序が聞く。


「ポテトください」


「はい」


注文が厨房へ通る。


渾沌が振り返った。


「こんな時間に?」


「前も食べました」


「そうだっけ」


「午前三時に」


渾沌は時計を見る。


「ほんとだ。三時」


それだけだった。


◇


揚げたてのポテトは熱かった。


直人は一本食べ、自分の右手を見る。


指の付け根に、先週つけた小さな傷が残っている。


秩序の手を見る。


三か月前と違うものを、見つけられない。


渾沌がモップを持って出てきた。


「そこ、まだ濡れてます」


秩序が言う。


「分かってるよ」


「今踏みました」


「……拭くからいいの」


直人はポテトを持ったまま二人を見た。


言葉まで同じだったわけではない。


なのに、あの夜を思い出すには十分だった。


「渾沌さん」


「なに?」


「疲れてます?」


「今?」


「今でも、いつでも」


渾沌は少し考えた。


「別に?」


「眠いですか」


「眠くないよ」


直人は次を聞かなかった。


秩序を見る。


「三か月前の午前三時も、ここにいましたよね」


「いました」


「その間、ずっと働いてるんですか」


「営業時間中は業務を行っています」


「そうじゃなくて」


そこで止まる。


眠るのか。


疲れるのか。


歳を取るのか。


傷は残るのか。


聞きたいことは、もう分かっていた。


三か月前は、そこまで辿り着けなかった。


秩序は直人を見ている。


「……やっぱり、いいです」


「そうですか」


秩序は注文票へ戻った。


◇


高校生が顔を上げた。


「何時です?」


「三時半くらい」


「うわ」


伸びた髪をかき上げ、またテーブルへ伏せる。


「直人さん、寝ないんですか」


「さっきまで寝てた」


数分もしないうちに寝息が聞こえた。


直人は厨房を見る。


渾沌は床を拭き終え、次の作業へ移っている。


ぱむちゃんが出てきた。


「ぱむ」


直人の足元で止まる。


「お前も変わらないな」


「ぱむ」


「分かって言ってる?」


「ぱむ」


直人は少しだけ笑った。


窓の外を、一体の感染者が歩いていく。


道路脇の草は減った。放置された車には埃が積もり、向こうの信号はもう点いていない。


直人は残ったポテトを口へ入れた。


冷めていた。


もう一度、秩序を見る。


質問は残っている。


ポテトの空箱を潰し、直人は時計を伏せた。

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