第141話 三か月目
九十一日目。
朝、店のガラスが冷たかった。
高校生は外へ出たところで腕をさすった。息はまだ白くない。それでも、半袖だった由佳は薄い上着を着ている。
「寒くなったな」
由佳が予定表の日付を見た。
「三か月だって」
「何が?」
「最初の日から」
高校生は指を折ろうとして、やめた。
「もうそんな?」
森田が横から前髪をつまもうとする。
「また髪、伸びたな」
高校生は避けた。
「触らないでください」
「この前、由佳に切ってもらったばっかりだろ」
「十八日前ですよ」
由佳が横から前髪を見る。
「また切る?」
高校生は少し考えた。
「今度は団地に切れる人いるって聞いたんで、そっちも試してみます」
高校生は耳にかかった髪を払った。
予定表の端へ《散髪?》と書く。
その横には、今日の予定が並んでいる。
《団地 水》
《学校 充電》
《旧スーパー 交換》
《銀脚 団地》
《みどりの本 返却済》
高校生は《銀脚》を見て、昨日までなかった名前がもう予定表に混じっていることに気づいた。
◇
旧スーパーへ水を届けると、写真をなくした女が入口にいた。
透明な袋を持っている。
中には紙が三枚。
「増えたんですね」
「三枚」
「何書いたんです?」
「内緒」
「はい」
高校生はそれ以上聞かなかった。
帰り道、道路脇の草は夏ほど伸びていなかった。落ち葉が一枚、車のフロントガラスへ張りつく。
高校生が払う。
「季節って進むんだな」
森田が運転席で笑った。
「そりゃ進むだろ」
「なんか、ずっと同じ日みたいだったから」
PANDEMONIUMへ戻る。
扉を開けると、秩序がカウンターに立っていた。
高校生の足が止まった。
制服。
髪。
肌。
立ち方。
「どうした?」
直人が聞く。
「いや」
秩序は注文票を整理している。
厨房から渾沌が出てきた。
服に古びたところがない。髪も、伸びたようには見えない。痩せてもいない。日焼けもしていない。
高校生は自分の前髪をつまんだ。
「……三か月ですよね」
「うん」
直人が答える。
「ですよね」
それ以上は言わなかった。
◇
昼、田辺が小さな容器を開けた。
直人が覗く。
「玉ねぎ、今日ある?」
「あるけど、お前の分はない」
「一口」
「自分で作れ」
由佳が笑った拍子に、上着の袖がずれた。縫い直した跡が見える。
森田の靴底も減っている。
直人の腕は、最初の頃より焼けていた。
ぱむちゃんが床を横切った。
「ぱむ」
高校生は目で追う。
ぱむちゃんは厨房へ消える。
呼び止めなかった。
高校生は予定表へ戻り、日付の下に書いた。
《九十一日目》
少し迷って、その下へ、
《三か月》
と足す。
トランシーバーが鳴った。
『銀脚、今夜も使う』
「了解」
続いて学校から、明日の充電を二本追加できるかと連絡が来る。
「できます」
予定表へ二本追加する。
カウンターの向こうで、秩序はさっきと同じ姿で次の注文票を取った。
◇
夕方、高校生は店のガラスに映った自分を見た。
伸びた髪。袖口の汚れ。
その向こうに秩序が映っている。
高校生は前髪を持ち上げ、ガラスの中で秩序の髪と見比べた。
手を離す。
前髪だけが、また目元へ落ちてきた。




