第137話 外で食べる
八十四日目、午前九時二十六分。
田辺が保存容器へ玉ねぎを詰めていた。
高校生が覗く。
「持ってくんですか」
「団地」
「配るんです?」
「俺の昼飯」
今日は団地の貯水容器を交換する。田辺も運搬に出る予定だった。
高校生は容器と田辺を交互に見た。
「昨日まで人にやらなかったのに」
「昼飯くらい外で食うだろ」
「そういう意味じゃなくて」
「じゃあどういう意味だ」
高校生は答えられなかった。
◇
団地で古い貯水容器を外すと、底に細い亀裂が見つかった。
森田と田辺が新しいものを据え、高校生は団地側の男と残量を数える。作業が終わるころには昼が近かった。
入口脇の日陰へ折り畳み椅子を出す。
田辺が保存容器を開けると、酢の匂いがした。
団地の男が段差に腰を下ろしたまま覗いた。
「何それ」
「玉ねぎ」
「店の?」
「違う」
田辺は飯と一緒に食べる。
「うまい?」
少し考えてから答えた。
「昨日よりは」
高校生が笑う。
「それ、三日前からずっと言ってません?」
「毎日違うんだよ」
男はまだ見ていた。
「一個くれよ」
田辺の箸が止まる。
昨日なら断っていた。
保存容器を見て、男の手元にあった空の蓋へ二切れ載せる。
「二個だけな」
「けち」
「俺の昼飯だ」
男が食べる。
「酸っぱ」
「酸っぱすぎる?」
「いや。飯とならいい。ちょっと辛いけど」
田辺も一切れ食べ直した。
「外でも味変わらないですよ」
高校生が言う。
「気分が違う」
「それ料理の感想?」
「知らん」
そこへ団地の女が通りかかった。
「それ何?」
「田辺さんの玉ねぎ」
「俺のって言うな」
「でも田辺さんが作ったやつですよ」
女は保存容器を覗いた。
「店で売ってる?」
「売ってない」
田辺と高校生の声が重なった。
女が笑う。
「じゃあ、もらっていい?」
田辺は残りを確かめ、一切れだけ渡した。
女は噛んでから言った。
「もうちょっと甘い方が好き」
「甘い?」
「砂糖ないの?」
「あるけど、俺は甘くしたくない」
「じゃあ、そのままでいいんじゃない」
女はそれだけ言って去った。
高校生が田辺を見る。
「意見、採用しないんですね」
「俺が食いたい味じゃなくなるだろ」
「でも人に食べさせた」
「食いたいって言うからやっただけ」
田辺は蓋を閉めた。
帰り際、団地の男が聞いた。
「また持ってくる?」
「俺が食う日に、余ってたら」
「注文できないのか」
「できない。店のじゃないからな」
◇
PANDEMONIUMへ戻ると、高校生が配送表へ書き込んだ。
《団地・貯水容器交換》
その下へ《玉ねぎ》と書きかける。
田辺が鉛筆を止めた。
「それ配送してない」
「持っていったじゃないですか」
「俺の昼飯だ」
高校生は《玉ねぎ》を消した。
田辺は保存容器を洗い、昨日までの紙を開く。
《甘い方が好き》
と書きかけて、止まった。
その横へ小さく足す。
《団地の女》
「自分の味には入れないんじゃ?」
「入れない」
「じゃあなんで書くんです?」
田辺は紙を折った。
「そういうのが好きなやつもいるって分かったから」
保存容器は空だった。
配送表には、玉ねぎの文字は残っていなかった。




