第132話 なくした写真
七十九日目。
旧スーパーから連絡が来た。
『探し物、手伝ってもらえる?』
直人がトランシーバーを取る。
「何なくした?」
『写真』
「端末の?」
『紙の。一枚だけ』
なくしたのは、旧スーパーで暮らしている女だった。財布に入るくらいの小さな写真だという。
『昨日、寝床動かしただろ。あの時まではあったと思う』
「誰の写真?」
『娘』
それ以上は聞かなかった。
高校生と直人は旧スーパーへ向かった。
水も食料も持たない。高校生が空の袋を一枚だけ持つ。
「見つけたら入れるんですか」
「折れないように」
「物資じゃないですね」
「うん」
寝床は以前より広くなっていた。棚が一列ずれ、段ボール、毛布、水の容器、小さな私物が並んでいる。
女が床を指した。
「ここに財布置いてた」
財布そのものはある。現金、カード、レシート。写真だけがない。
棚の下を見る。段ボールを一枚ずつ上げる。毛布を振る。ごみ袋も確認する。
「どんな写真です?」
「娘がランドセル背負ってる」
「色は?」
「赤」
「服は?」
女は少し考えた。
「白いシャツ。たぶん」
たぶん、と言ったあと、女は黙った。
森田も合流した。棚の端を持ち上げ、直人がライトを差し込む。
埃。包装紙。硬貨。乾いた虫。
写真はなかった。
「昨日のごみ、まだあります?」
高校生が聞くと、女の顔が変わった。
「外」
スーパー裏の集積場所には昨日まとめた袋が四つ残っていた。感染者は見えない。
森田が周囲を見る。
「五分で戻るぞ」
袋を一つずつ開く。
紙。空き容器。汚れた布。破れた包装。生ごみ。
「これ全部見ます?」
「見る」
女が即答した。
直人も手袋をつけた。
一枚の紙が出るたび、女が見る。
違う。
レシート。
違う。
商品ラベル。
違う。
濡れたメモ。
違う。
写真ではないものばかりが、写真に見えた。
四袋目まで終わっても、なかった。
「他に落としそうな場所あります?」
女は考える。
「トイレ。入口。昨日、水取りに行った時……」
言葉が増えるほど、場所が増えた。
入口。トイレ。水の容器の周り。休憩室。
探した。
見つからない。
女が財布を閉じた。
「もういい」
「いいの?」
「よくないけど。昼になる」
高校生が言った。
「写真なら、似たの作れないですかね。覚えてる通りに描くとか、端末で」
女は高校生を見る。
「それは、あの写真じゃない」
怒ってはいなかった。
だから高校生は何も返せなかった。
直人が聞く。
「娘さん、今は?」
女は首を振った。
死んだとも、生きているとも言わなかった。
写真は、その答えの代わりではない。ただ、持っていたかった一枚だった。
PANDEMONIUMへ戻ると、高校生は配送表を開いた。
届けた物はない。受け取った物もない。危険情報も増えていない。
「今日、何したって書けばいいです?」
直人は少し考えた。
「探した」
高校生は書いた。
《旧スーパー・写真を探した》
その下には何も足さなかった。
やがて団地から水の連絡が来た。学校から充電の確認も来る。
高校生は何度か旧スーパーの方向を見た。
由佳が聞く。
「写真、何に使うの?」
「使わないと思う」
「じゃあ、なんで探すの?」
高校生は少し考えた。
「なくしたくなかったからじゃないですか」
由佳は頷いた。
旧スーパーから、見つかったという連絡は来なかった。
高校生は予定表の端に写真のことを書こうとして、やめた。
明日の仕事ではない。期限も、必要量もない。
配送表には、《旧スーパー・写真を探した》だけが残った。




