第131話 教える人が休む日
七十八日目。
予定表の《勉強》の下へ、高校生が一本線を引いた。
《高校生・休み》
由佳が覗く。
「休みって何するの?」
「何もしないです」
「店にはいるのに?」
「いますけど、今日は教えません」
学校の子どもが来た。団地からも八歳の女の子が来る。二人とも教科書と鉛筆を持っていた。
学校の子が高校生を見つける。
「今日、算数の続き」
「うん」
「やろ」
「今日は俺、休み」
子どもが止まった。
「なんで?」
「休みだから」
「いるじゃん」
「いるけど休み」
団地の女の子が聞いた。
「じゃあ、誰が教えるの?」
高校生は答えようとして、店内を見た。
直人、由佳、森田、田辺、学校の男、団地から付き添ってきた女。
「誰かいる?」
「算数なら私できるよ」
付き添いの女が教科書を受け取った。
「どこやってるの?」
学校の子が開く。十三ひく六の次だった。
「繰り下がりか」
高校生が反射的に口を開く。
「あ、それは」
女が振り返る。
「休みなんでしょ」
「はい」
高校生は口を閉じ、少し離れた席へ移った。
女は紙に丸を描いた。十個を一つの箱に入れ、残りを横へ置く。
「十二から七を引くなら、まず十をどうする?」
学校の子が考える。団地の女の子も横から覗く。
高校生はポテトを食べた。
何度か口を出しそうになり、そのたび一本ずつ食べた。
国語になると、学校の男が教科書を持った。
「ここ、誰か読める?」
団地の女の子が手を上げる。学校の子が先に読み、一文字間違えた。
「違うよ」
女の子が直す。
「そっちか」
森田が高校生の向かいへ座った。
「暇そうだな」
「休みなんで」
「昨日、自分で教えてたくせに」
「俺が始めたわけじゃないですよ」
「でもお前がいないと止まると思ってた?」
高校生は子どもたちを見る。
「ちょっとだけ」
「止まってないな」
「ですね」
算数が終わると、付き添いの女が今日のやり方を紙へ描いた。
「次は私いないかもしれないから」
学校の男も、その下へ書く。
《読めない字は辞書端末で調べる》
学校の子が聞いた。
「先生の紙?」
女は首を振った。
「誰でも使う紙」
昼飯の時、高校生が学校の子へ聞いた。
「今日どうだった?」
「できた」
「俺いなくても?」
「いたじゃん」
「教えてない」
子どもは少し考えた。
「じゃあ、教えてない高校生」
「それ名前じゃないだろ」
団地の女の子が笑った。
予定表の《勉強》の横には、別の紙が貼られた。
《できる人が教える》
《分からない時は一緒に調べる》
《教える人も休んでいい》
高校生が最後の一行を見る。
「これ誰が書いたんです?」
「俺」
学校の男が答えた。
「俺のため?」
「次に誰かが休むため」
団地から無線が入った。
『今日どうだった?』
付き添いの女が取る。
『普通。算数やった』
『高校生が教えた?』
『休み』
『じゃあ誰が?』
女は子ども二人と、紙と、学校の男を見た。
『私とか、みんな』
それで無線を切った。
高校生は昨日の予定表を見た。
《三日後・勉強》
自分の名前はない。
子どもたちが帰る時、学校の子が振り返った。
「次も休み?」
「まだ決めてない」
「じゃあ来て」
「教えるため?」
「違う」
「じゃあ何」
「ポテト食べてていいよ」
高校生は笑った。
「それなら来る」
二人が帰ったあと、テーブルには今日使った紙が残った。
十個の丸。間違えた漢字。二人の子どもの字。
その横に、何人かの字で書かれた「誰でも使う紙」。
高校生は《高校生・休み》の線を消さなかった。
《勉強》も、そのまま残っていた。




