第129話 二度目の誕生日
七十四日目。
団地から連絡が来た。
『今日、誕生日のやつがいる』
高校生が直人を見る。直人も高校生を見る。
「何歳?」
『四十二』
「子どもじゃないんだ」
『悪いか』
「いや」
通信の向こうで誰かが笑った。
高校生は予定表に《団地・誕生日》と書く。
その文字を見て、直人は前の誕生日を思い出した。
五歳。紙ナプキンの数字。横に並べた五本のポテト。ラッキーセットの指人形。人間たちが、あり合わせで祝った。
「また何か作ります?」
直人は少し考えた。
「本人に聞けば?」
団地を呼び直す。
「誕生日、何かしたい?」
『誰が?』
「誕生日の人」
少し遠くで声がした。
『別にいい』
高校生が直人を見る。
「だそうです」
「じゃあ、何もしない?」
今度は別の声が飛んだ。
『本人がいいって言ってるだけだから、こっちは何かしたい』
そこから話し合いは団地側で始まった。
『甘いもの残ってたよな』
『缶詰の桃が一個』
『それ開ける?』
『本人、桃好きだったっけ』
『聞いたらばれるだろ』
『誕生日なのはもうばれてる』
高校生が笑う。
直人はトランシーバーを置いた。
「こっちで決めることないな」
やがて団地から旧スーパーへ声が飛んだ。
『そっち、コーヒー余ってない?』
『粉なら少し』
『一杯分、交換できる?』
『何と?』
『石けん』
『それならいい』
学校からも声が入る。
『紙あるよ。色つき』
『何に使う?』
『知らない。飾るなら』
PANDEMONIUMへ物を頼む声はなかった。
「前と全然違いますね」
「前?」
「五歳の誕生日」
あの時は店のテーブルを囲んだ。今日は団地が場所を決め、団地が食べ物を出し、旧スーパーがコーヒーを、学校が紙を渡す。
「店、いらないですね」
「祝うのに店はいらないだろ」
昼前になって、団地から一つだけ注文が来た。
『本人、昼にバーガー食いたいって』
「誕生日だから?」
『いや。昨日から言ってた』
「何がいい?」
本人の声がした。
『いつものやつ』
「いつものって?」
『チーズ入ってるやつ』
高校生は注文票へ《チーズバーガー 一個》と書いた。
誕生日用とは書かなかった。
届けに行くと、団地の共有スペースには色紙が三枚貼られていた。
《42》。妙に細長い花。学校の子どもが描いたらしい黄色い丸。
「何これ」
誕生日の男が聞く。
「太陽らしい」
「なんで俺の誕生日に太陽なんだよ」
「知らない」
男は笑った。
高校生がバーガーを渡す。
「おめでとうございます」
「ありがとう」
「四十二本ポテト並べます?」
「いらねえよ」
「ですよね」
桃の缶詰が開いた。六人で分けるには一切れずつでは足りず、小さく切る。
コーヒーは誕生日の男だけだった。
「なんで俺だけ」
「一杯分しかない」
「じゃあ半分誰か飲む?」
「誕生日なんだから飲め」
男は少し困った顔で、湯気のないぬるいコーヒーを飲んだ。
「うまい?」
「普通」
全員が笑った。
店へ戻ると、直人が聞いた。
「どうだった?」
「普通でした」
「普通?」
「バーガー食べて、桃食べて、コーヒー飲んでました」
「祝った?」
「祝ってました」
高校生は少し考える。
「でも、前みたいじゃなかった」
「別の人だからな」
団地から写真が届いた。
四十二歳の男が、色紙の《42》の前でチーズバーガーを持っている。笑ってはいない。嫌そうでもない。その横で別の人が桃の空き缶を掲げ、写真の端には交換でもらったコーヒーの袋が写っている。
高校生は保存した。
前の誕生日に写真はなかった。あの日は、残った紙飾りと指人形が記録だった。
学校から連絡が入る。
『紙、使った?』
団地が答える。
『使った。ありがとう』
『太陽も?』
『あれ太陽だったの?』
子どもの声が怒る。
『太陽だよ!』
店内で高校生が吹き出した。通信の向こうでも笑い声がした。
直人は予定表の《団地・誕生日》を見る。
鉛筆を持ったが、横には何も書かなかった。
夕方、団地からまた声が届く。
『本人、寝た』
「早くない?」
『コーヒー飲んだのにな』
『うるせえ』
本人の声が遠くから聞こえた。
高校生が笑う。
「起きてるじゃないですか」
通信が切れた。
予定表には、《団地・誕生日》だけが残った。
成功とも、完了とも、配送済みとも書かれていなかった。
高校生の端末には、四十二歳の男がチーズバーガーを持った写真が一枚増えていた。




