第128話 髪を切る
七十三日目。
高校生が前髪を押さえていた。
押さえても落ちてくる。かき上げても、また目にかかる。
森田が言った。
「切れば?」
「誰が?」
由佳がはさみを持ってきた。
「私やるよ」
「切ったことあります?」
「ない」
「怖いなあ」
それでも高校生は椅子に座った。
大きな紙袋を開いて床へ敷く。由佳が最初の一房を切ると、黒い髪が紙の上へ落ちた。
高校生がそれを見る。
「こんな伸びてたんだ」
二か月前には、目にかかっていなかった。
「動かないで」
「動いてないです」
「今動いた」
「はさみ近づけるからですよ」
森田が横から覗く。
「右、長くない?」
「言わないでください」
由佳も見る。
「ほんとだ」
「直してください」
笑い声が上がった。
団地から定時連絡が入る。
直人が取った。
『何してる?』
「髪切ってる」
『誰の?』
「高校生」
少し間があった。
『うちも切りたいってやついる』
「はさみある?」
『裁縫用なら』
「失敗したら?」
『帽子かぶせる』
通信の向こうでも笑い声がした。
高校生が終わると、森田が椅子へ座った。
「俺も頼む」
「さっき怖がってたじゃないですか」
「お前ので練習しただろ」
「俺、練習台だったんですか」
田辺も毛先を整え、由佳は鏡を見ながら自分の前髪を少し切った。直人も襟足を頼んだ。
床の紙袋に、少しずつ髪が増えていく。
昼前、学校の男と子どもが充電に来た。
子どもが高校生を見る。
「髪なくなった」
「なくなってない」
「短い」
「切ったんだよ」
子どもは自分の前髪を触った。
「ぼくも伸びた」
男が見る。
「帰ったら切るか」
「変になる?」
「たぶん」
「じゃあやだ」
午後、団地から写真が届いた。
男が一人、ひどく短い前髪になっている。
《失敗》
一言だけ添えてあった。
高校生が吹き出す。
「俺、まだマシだ」
由佳が胸を張る。
「でしょ」
「そこで自信持たないでください」
切った髪を袋へ集める。
高校生は何度か額を触った。目に何も落ちてこない。
「変な感じする」
「すぐ慣れるだろ」
森田が言う。
高校生は鏡の前でもう一度頭を振った。
昨日まで目元へ落ちていた前髪は、もう落ちてこなかった。




