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第127話 二か月目


七十二日目。


高校生は壁のカレンダーの前で指を止めた。


一枚目は端が丸まり、二枚目にも書き込みが増えている。


《配送》

《雨》

《橋》

《誕生日》

《水》

《学校》


「二か月目、終わってますね」


直人が顔を上げた。


「とっくに?」


「とっくにです」


高校生は最初の頃の紙を引っぱり出した。日付より大きく《一日目》《二日目》《三日目》とある。


何日生きた。何日店が開いた。何日、何も起きなかった。


今朝の予定表には別の字が並んでいた。


《団地・午後洗濯》

《旧スーパー・掃除》

《学校・屋上点検》


団地から無線が入る。


『今日は配送いらない』


「了解」


『午後、洗濯するから連絡遅れるかも』


高校生は配送表へ手を伸ばしかけ、予定表へ書いた。


《団地・午後洗濯》


「二回書いた」


直人が言う。


「あ」


消そうとして、やめる。


「まあいいか」


旧スーパーからは乾電池の残量と南側の感染者について報告が来た。そのあとに、棚を一列動かすという。


「なんで?」


『寝る場所、もうちょっと広げたい』


「誰か増えた?」


『増えてない。狭かったから』


高校生は返事をしてから、予定表へ《棚》とだけ書いた。


学校では子どもの声が無線へ混じった。


『今日、屋上行く』


「双眼鏡?」


『それも。パネル拭く』


大人へ代わる。


『砂ぼこりついて発電落ちてる気がする』


「手伝いいる?」


『いらない。終わったら充電しに行くかも』


「了解」


高校生がペンを置いた。


「みんな、今日やることあるんですね」


森田が横から予定表を見る。


「お前もあるだろ」


「何ですか」


「その表」


高校生はまたペンを持った。


午前中、PANDEMONIUMにも客が来た。


バーガーを食べる人。充電だけして帰る人。ぱんでむWi-Fiにつなぎ、保存していた家族の写真を眺める人。


由佳はポテトを食べ、田辺はテーブルの脚のぐらつきを直している。直人は古い配送表を束ねた。


高校生が束の間から一枚抜く。


《水・残り》

《電池》

《危険》

《人数》


「これ、毎日書いてたんですよね」


「書いてたな」


高校生は今朝の予定表をその隣へ置いた。


《洗濯》

《棚》

《屋上点検》


店の外で、金属が転がる音がした。


森田が入口へ向く。直人も立ち、高校生の手が無線へ伸びた。


道路を空き缶が転がっていった。


誰もすぐには座らない。


数秒待ってから、森田が息を吐いた。


「風」


高校生は無線から手を離した。


由佳がメニューを見たまま聞く。


「今日何食べる?」


「今?」


「もう昼でしょ」


森田も席へ戻る。


「店で聞くことか?」


「毎日バーガーでも選ぶだろ」


「私はポテト」


「知ってる」


由佳はサイズの欄を指した。


「今日は大きいの」


昼過ぎ、団地から写真が届いた。


物干しにシャツとタオル、子どもの小さな靴下が並んでいる。その向こうには道路が見えた。


高校生は写真を拡大した。道路ではなく、片方だけ裏返った靴下を見て笑う。


「これ、直さないんですかね」


直人も覗く。


「乾けばいいんじゃない」


旧スーパーからは《棚、動いた》と連絡が来た。三人で動かし、寝床を一つ増やしたという。


午後、学校の男と子どもが端末を持ってきた。子どもの首には黄色い双眼鏡が下がっている。


「今日は何見た?」


高校生が聞く。


「パネルの汚れ」


「双眼鏡で?」


「目で」


子どもは笑った。


充電を待つ間、高校生は壁の地図へ今日の予定を書き足した。


団地の横に《洗濯》。旧スーパーに《棚》。学校に《パネル》。


昨日貼り替えた地図では、PANDEMONIUMはもう中央にいない。


高校生が少し離れて眺める。


「これ、何の地図なんですかね」


直人は答える代わりに、古い配送表の束を持って隣へ来た。


最初の紙には店から外へ伸びる線ばかりがある。


今の地図には、店を通らない線もある。


高校生はペン先を地図の隅へ置いた。


一度、《生活》と書きかける。


止めた。


「やめたの?」


「なくても分かるかなって」


ペンを戻す。


夕方、予定表を外すとき、高校生は朝の二枚を並べた。


《水・残り》

《電池》

《危険》

《人数》


その隣に、今日の紙。


《団地・午後洗濯》

《棚》

《屋上点検》


高校生は古い方を捨てなかった。今日の紙も、同じ束へ重ねた。


壁のカレンダーには、明日の欄が空いていた。


高校生はそこへ、学校の男が帰り際に頼んだ予定を書く。


《端末返却》


書き終えると、ペンをカレンダーの縁へ戻した。

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