第126話 六週間
七十一日目、午前八時二十一分。
直人の熱は下がっていた。
三十六度七分。
「今日は行ける」
高校生が首を振る。
「今日は配送ないです」
「ない?」
「団地も旧スーパーも、必要なものなし。学校もなし」
直人は配送表を見る。
本当に空欄だった。
◇
午前八時三十八分。
トランシーバーが鳴る。
団地からだった。
『学校いる?』
高校生が取る。
「いると思います。つなぎます?」
『お願い』
学校へ呼びかける。
『学校です』
団地の男が言う。
『昨日見つけた水、煮沸して一日置いた。見た目は問題ない。そっちの濾し方、聞いていい?』
『いいよ。布だけ?』
二人の会話が始まる。
直人は口を挟まなかった。
◇
午前八時四十六分。
学校側が説明する。
布の重ね方。
炭を使う順番。
容器を分けること。
最後に男が言った。
『ただ、うちのやり方だから。飲める保証はできない』
『分かってる。試すのはこっちで決める』
『ならいい』
通信が切れる。
高校生が地図を見る。
「店、何もしてないですね」
直人も見る。
「そうだな」
◇
午前九時十三分。
旧スーパーから連絡。
『学校に聞きたいんだけど』
「今度は何?」
『南の二体、双眼鏡で見てもらえる?』
学校へつなぐ。
少しして、子どもの声がした。
『見える』
『どこ?』
『スーパーから南。赤い車の近く。一人は歩いてる。もう一人、座ってるみたい』
大人が後ろから言う。
『見るだけ。どうするかはそっちで決めて』
『助かる。今日は出ない』
PANDEMONIUMの窓からは、どちらも見えなかった。
◇
午前九時二十九分。
高校生が鉛筆で線を引こうとする。
学校から旧スーパーへ。
直人が聞く。
「何の線?」
「情報です」
「店通ってるけど」
「声だけですよ。判断は向こう同士です」
高校生は線を引いた。
PANDEMONIUMを経由する形にはしなかった。
学校と旧スーパーを、直接つないだ。
◇
午前十時七分。
団地からまた連絡が来る。
今度はPANDEMONIUMではなく、旧スーパーを呼んだ。
『そっち、空のポリタンク余ってない?』
『一個なら』
『交換できる? こっち、乾麺ある』
『乾麺はいらない。代わりに掃除用の布ある?』
『ある』
『じゃあ布で』
高校生が目を丸くする。
「交換まで始めた」
森田が言う。
「いいんじゃないか」
◇
午前十時三十四分。
問題は、誰が運ぶかだった。
団地と旧スーパーの間には、まだ安全が確認できていない区間がある。
『中間なら行ける』
団地が言う。
旧スーパーも答える。
『こっちも橋の手前までなら』
高校生が地図を見る。
「昨日の東側は避けた方がいいです」
『じゃあ西回り』
『それなら行ける』
話は二分で決まった。
直人の意見は聞かれなかった。
◇
午前十一時十二分。
直人は店番をしていた。
森田も店にいる。
由佳はポテトを食べている。
誰も配送へ出ていない。
それでも外では、団地の男と旧スーパーの女が中間地点へ向かっていた。
高校生が言う。
「見に行かなくていいんですかね」
直人は少し考える。
「頼まれてない」
「昨日までなら行ってたかも」
「昨日までならな」
◇
午前十一時四十六分。
『交換終わった』
旧スーパーから連絡。
『ポリタンク一個と布三枚』
団地からも続く。
『問題なし。戻る』
高校生が地図へ印をつける。
店から何も出ていない。
バーガーも。
水も。
乾電池も。
人も。
それでも一つの物資が、二つの場所の間を動いた。
◇
午後零時二十二分。
学校の男が店に来た。
一人だった。
「充電だけしていい?」
「どうぞ」
端末をコンセントへつなぐ。
ぱんでむWi-Fiにも接続する。
男は充電を待ちながら地図を見る。
「線増えたな」
「今日増えた」
「店から?」
高校生が首を振る。
「店じゃないです」
男は少し笑った。
「そっちの方がいいかもな」
◇
午後一時三分。
子どもの双眼鏡について、学校の新しいルールも決まっていた。
《見るのは頼まれた場所か、自分たちの周辺だけ》
《人の寝床は見ない》
《見えたものを勝手に他所へ伝えない》
高校生が読み上げる。
「ちゃんとしてますね」
男が答える。
「便利すぎるから」
「店では決めてないです」
「学校の物だから、学校で決めた」
昨日までの話が、別の場所で続いていた。
◇
午後二時十六分。
高校生が古い配送表を束ねる。
最初の紙の日付から数える。
「これ始めて、六週間くらいですよ」
直人が見る。
最初の紙には、PANDEMONIUMから外へ伸びる線ばかりがある。
高校生は新しい地図を一枚出した。
PANDEMONIUMを真ん中には置かなかった。
紙の端に近い場所へ、小さく書く。
《PANDEMONIUM》
団地。
旧スーパー。
学校。
橋。
水を見つけた場所。
今日の交換地点。
学校と旧スーパーを直接つなぐ。
団地と旧スーパーの交換地点もつなぐ。
「これでいいです?」
直人は地図をしばらく見た。
「見やすい」
◇
午後四時二分。
新しい地図は壁に貼られた。
高校生は古い配送表の束を、その下へ置く。
最初の紙では、線のほとんどが店から伸びている。
壁の新しい地図では、PANDEMONIUMは紙の端にあった。




