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第125話 直人のいない配送


七十日目。


直人は熱を出した。


三十七度九分。咳も腹痛もない。ただ身体が重い。


「今日は寝ててください」


高校生が体温計を取り上げた。


「配送は?」


「やります」


「誰が」


「俺たちが」


直人はベッドから起きかけ、由佳に肩を押し戻された。


「寝て」


店内の地図の前には、高校生、森田、由佳が立った。


団地へ空容器を返す。旧スーパーへ乾電池。学校への配送はない。


「団地、昨日見つけた水どうなったか聞きます」


森田が頷く。


「旧スーパーは南側の二体も確認だな」


由佳が紙を見る。


「誰がどこ行く?」


配送表のどこにも、直人の名前はなかった。


高校生は奥を覗いた。


「直人さん、団地の水、店から予備持ってった方がいいですか?」


布団の中から声がする。


「そっちで決めて」


「え」


「昨日まで見てただろ」


高校生が黙ると、森田が笑った。


「聞くなってことだよ」


「聞いてもいいだろ」


「答えは自分で出せってこと」


団地から水は頼まれていない。昨日は自分たちで見つけた水を煮沸すると言っていた。必要ならPANDEMONIUMへ連絡できる。


高校生は予備の水を積まなかった。


「これでいいですかね」


「俺に聞くな」


「なんでですか」


「お前が決めたんだろ」


配送表に丸をつける。


高校生と森田は、いつもの道を団地へ向かった。


曲がり角も、危ない家の前も知っている。それでも高校生は二度、後ろを振り返った。


誰もいなかった。


団地では、昨日の水が鍋に入っていた。


「飲めました?」


「まだ。煮沸したけど、念のため今日まで置く」


「店の水は?」


「まだ残ってる」


高校生は、持ってこなかったことを言わなかった。言う必要もなかった。


空容器を受け取る。


「次、必要になったら連絡ください」


「そうする」


それで終わった。


旧スーパーへ向かう途中、森田が足を止めた。


道路の先に一体いる。昨日の南側とは別方向だった。


「戻ります?」


森田は右の細道を見る。少し遠回りになる。


「迂回する」


「直人さんなら?」


「知らん」


森田は細道へ入った。高校生も続く。


旧スーパーで乾電池を渡すと、女が聞いた。


「直人は?」


「熱です」


「大丈夫?」


「たぶん」


森田が南側を見る。


「二体は?」


「朝はいた。今は見えない」


「今日は出ない?」


「昨日と同じ。出ない」


高校生は頷いた。


昨日なら、直人が返事をしていた。


「了解です」


帰り道、高校生はさっきの迂回を地図にどう書くか森田へ聞いた。


「危険な道として?」


森田は少し考えた。


「今日、一体いた道として」


危険な道、と決めつけない。今日いた。明日は分からない。


店へ戻ると、由佳が報告を聞きながら地図へ書き込んだ。


団地の水。

旧スーパーの二体。

途中の一体。

迂回路。


直人は奥から出てこなかった。


そこへ学校から連絡が入った。


『昨日の双眼鏡、すごい』


子どもの声だった。


「何見えた?」


『団地』


「団地?」


『黄色い屋根のところ。人が外にいた』


学校から団地へ直接行ったことはない。


「勝手に見て大丈夫なのかな」


子どもの後ろで大人が言う。


『それ、今こっちでも話してる』


高校生は奥を見た。


直人を呼ぶか。


呼ばなかった。


「学校で決めてください」


『うん。そうする』


通信が切れる。


森田が高校生を見る。


「今の、直人っぽかったな」


「やめてください」


「褒めてない」


高校生は地図へ記録を足した。


《団地・追加水不要》

《旧スーパー・外出なし》

《東側道路・本日一体/迂回》

《学校・双眼鏡の使い方を相談中》


四行を書き終えてから、手が止まった。


今日はまだ、直人に一度も確認していない。


しばらくして、毛布を肩に掛けた直人が奥から出てきた。


「寝ててくださいよ」


「水だけ」


コップに水を入れ、地図を見る。


「増えたな」


高校生が少し構える。


「変なところあります?」


直人は地図を眺めた。


「分からない」


「見てくださいよ」


「今日、俺いなかったから」


高校生は言葉を止めた。


直人は《東側道路・本日一体/迂回》を指す。


「これ誰が決めた?」


「森田さんです」


「団地に水持ってかなかったのは?」


「俺です」


「学校への返事は?」


「俺」


直人は頷いた。


「じゃあ、それでいい」


「合ってるか聞いてるんですけど」


「俺が後から正解にしたら、今日お前らがやった意味なくなるだろ」


直人は水を持って奥へ戻った。


高校生は地図の前に残った。


今日、自分で書いた四行は消されなかった。


夕方、高校生は配送表の一番下に小さく書いた。


《直人・休み》


その横へ由佳が書き足す。


《配送・実施》


高校生は二行を見た。


朝から空いたままだった直人の欄には、最後まで何も書かなかった。

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