第124話 同じ日に違うこと
六十九日目。
朝、三つの連絡がほとんど同時に来た。
団地。
『今日は水を取りに行く』
旧スーパー。
『今日は外に出ない』
学校。
『今日は二人で店を見に行く』
高校生が紙へ三行並べた。
《団地・外へ水を探しに行く》
《旧スーパー・外へ出ない》
《学校・PANDEMONIUMへ行く》
「バラバラですね」
直人は地図を見る。
「全部、同じ日ですよ」
団地には昨日から濁った水が残っていた。布と炭で濾しても、掃除には使うが飲み水にはしない。
『店の水、あと五リットルだけ頼みたい。それと川の上流を見てくる』
「危なくない?」
『三人で行く。空の容器持って』
昨日は十リットルを受け取った。今日は五リットルだけ。足りない分を、自分たちで探しに行く。
旧スーパーは逆だった。
『昨日、南の通りで二体見た』
「近い?」
『歩けば十分くらい。今日は誰も出さない』
「食料は?」
『二日は大丈夫。水もある』
「配送いる?」
『いらない。店にも来ない』
見えなくなったからといって、いなくなったとは限らない。だから今日は動かない。
学校からは子どもの声がした。
『ハンバーガー屋さん?』
高校生が笑う。
「そうだよ」
『今日行っていい?』
後ろから大人が答えた。
『二人で行く。俺と子ども。残り三人は学校にいる』
「道は分かる?」
『昨日写した』
「迎えは?」
『いらない。自分たちで行く』
「分かった」
高校生が朝の三行を見た。
「どれが正しいんですかね」
直人は答えなかった。
団地へ五リットルの水を届けると、三人はもう靴を履き、空の容器を背負っていた。
「店からもっと持ってこられるけど」
男は首を振る。
「今日はこっちを試す」
「駄目だったら?」
「戻ってから頼む」
昨日、学校から水を借りられなかった。だから別の水を探す。誰かに拒まれた罰ではなく、次に試す方法だった。
旧スーパーへ連絡すると、南の二体は見えなくなっていた。
「なら外出る?」
『出ない』
即答だった。
『見えなくなったのと、いなくなったのは違うから』
「了解」
何も起きていないからこそ、動かない。
昼前、PANDEMONIUMの入口が開いた。
学校の男と子どもが立っていた。
子どもは照明、カウンター、メニュー、充電中の端末、客を順に見る。
「ほんとに店だ」
男も同じ顔をした。
「ほんとに店だな」
子どもはバーガーを頼んだ。男は普通のセット。子どもがメニューの端を指す。
「これ何?」
ラッキーセットだった。
年齢制限を確認する。子ども一人につき一個。紙箱にバーガー、ポテト、ドリンク。そして今週のおまけ。
出てきたのは、小さな黄色い双眼鏡だった。丸い形で、横には笑った目のシールが貼ってある。
「かわいい」
子どもが覗く。
「学校見える」
男が止まった。
「ここから?」
子どもは窓とは反対側を向いていた。
高校生も覗かせてもらう。
壁の向こう。建物の向こう。距離も遮蔽物も無視して、学校の校門が見えた。
「……これ、双眼鏡じゃないですよね」
男が直人を見る。
「ラッキーセットのおまけ」
「説明になってない」
「俺もそう思う」
子どもはもう一度覗いた。
「みんないる」
男は双眼鏡を取り上げなかった。
「学校で使えるな」
「いいの?」
「お前のだろ。ただ、勝手に遠くへ行くなよ」
「うん」
学校には昨日までなかった道具が一つ増えた。それでも、学校のルールは変わらない。
午後、三つの場所から結果が戻った。
団地は水を見つけた。
『まだ飲めるか分からない。煮沸して試す』
「店の水いる?」
『今日はもう大丈夫』
旧スーパーでは、南の二体がまた見えた。
『今日はこのまま閉じる』
何も得なかった。何も失わなかった。
学校の二人は帰る支度をした。子どもはラッキーセットの箱を抱え、首から黄色い双眼鏡を下げる。
「また来ていい?」
高校生が答えかけるより先に、男が言った。
「学校で相談してからな」
「うん」
二人で店を出た。
高校生は朝の三行へ戻る。
団地は、外へ出た。
旧スーパーは、外へ出なかった。
学校は、店へ来た。
「結局、全部うまくいきましたね」
直人は首を振る。
「まだ分からない」
団地の水は飲めるか分からない。旧スーパーの二体は残っている。学校の双眼鏡が何を見せるかも分からない。
高校生は三行に丸をつけなかった。
地図には三つの場所が残っている。
団地の脇には、水源を探した道。
旧スーパーの南には、二体を見た印。
学校には、店までの道と、新しく持ち帰った黄色い双眼鏡。
朝に書いた三行は、そのままだった。




