第122話 外のルール
六十七日目、午前九時六分。
学校の男が、旧スーパーまで来た。
PANDEMONIUMには来なかった。
『店の人、いる?』
借りたトランシーバー越しに声がする。
直人が取った。
「いる」
『昨日の話、決めた』
高校生が顔を上げる。
「来るんですか?」
『いや。今は行かない』
高校生の顔から、少しだけ期待が抜けた。
◇
午前九時十一分。
『ただ、必要になったら行くかもしれない』
「分かった」
『それで一つ聞きたい。そっちの店、誰でも入れる?』
直人は店内を見る。
客が一人、番号を待っている。
「たぶん」
『たぶん?』
「俺が決めてるわけじゃないから」
『そういう店なのか』
「そういう店」
◇
午前九時十八分。
男は続けた。
『こっちは、知らない人を中に入れないことにした』
高校生が眉を上げる。
「学校に?」
『校門まで。中に入れるのは、全員で話して決める』
「五人全員?」
『子ども除いて四人。三人以上賛成したら』
森田が小さく言う。
「多数決か」
『昨日、決めた』
◇
午前九時二十四分。
高校生が直人を見る。
PANDEMONIUMには、そんなルールはない。
知らない客も入ってくる。
名前を聞かないことさえある。
学校は逆だった。
「それ、厳しくないですか」
高校生が言う。
男は少し黙る。
『そうかも。でも、俺たちはそうする』
直人は言った。
「分かった」
◇
午前九時三十一分。
通信が終わる。
高校生がすぐに聞く。
「いいんですか」
「何が」
「困ってる人が来ても、入れないかもしれないってことですよね」
「そうだな」
「店なら入れるのに」
「店は店だろ」
「でも」
直人は昨日の学校を思い出す。
教室。
水。
小さなソーラーパネル。
黒板の当番表。
あれはPANDEMONIUMではない。
◇
午前十時四分。
旧スーパーの女からも話が来る。
『うちは、初めての人でも一階までは入れるよ』
「学校とは違うんだ」
『違うね。ただ二階の寝るところは、勝手に入れない』
「誰が決める?」
『その時いる人で相談』
高校生がメモを取る。
学校。
《校門まで。内部は多数決》
旧スーパー。
《一階可。二階は相談》
PANDEMONIUM。
ペンが止まる。
「ここは?」
直人は答える。
「店が決めてるんじゃないか」
◇
午前十時十九分。
高校生は書いた。
PANDEMONIUM。
《客として入店》
「これでいいです?」
「今のところは」
三つの場所。
三つの入り方。
どれも同じにする必要はなかった。
◇
午前十一時三分。
学校からもう一つ質問が来る。
『店の人が学校に来る時も、校門で止まってもらう』
「分かった」
『昨日は中見せたけど、今日からそうする』
「分かった」
『嫌じゃない?』
直人は少し考える。
「そっちの場所だから」
『ならよかった』
通信が切れる。
◇
午前十一時十七分。
森田が言う。
「昨日入れたのに、今日は駄目か」
「ルール変えたんだろ」
「俺ら見て変えたのかもな」
高校生が言う。
「信用されてないってことですかね」
直人は首を振る。
「信用と、誰でも入れるのは別だろ」
森田が頷いた。
「寝床なら、なおさらな」
◇
午後零時二分。
一人の客が地図を見て、学校の印を指した。
「ここ、人いるの?」
高校生が答えようとする。
直人が先に言う。
「いる」
「行っていい?」
「学校に聞いて」
「場所分かる?」
「道は教えられる」
「紹介してくれない?」
「勝手にはできない」
客は少し意外そうな顔をした。
◇
午後零時九分。
学校へ連絡する。
『誰?』
「店に来た客。学校に人がいるって知った」
『名前は?』
客が名乗る。
伝える。
少し待つ。
『今日は来ないでほしい』
直人はそのまま客へ伝えた。
「今日は駄目だって」
客は学校の方角を見る。
「そっか」
それ以上、理由を聞かなかった。
◇
午後一時四十一分。
高校生は地図の横に、新しい欄を作った。
《場所のルール》
学校。
《校門まで/内部は多数決》
旧スーパー。
《一階可/二階は相談》
PANDEMONIUM。
《客として入店》
その下に、直人が一行だけ足す。
《違ってよい》
高校生が読む。
「ルールを揃えないんですか」
「揃える理由がない」
◇
午後四時十二分。
学校から定時連絡が来る。
『今日は異常なし』
「了解」
『明日、店に行くかはまだ決めてない』
「決まったら教えて」
『うん』
それだけだった。
高校生は地図の横の欄を見る。
《場所のルール》
学校。
《校門まで/内部は多数決》
旧スーパー。
《一階可/二階は相談》
PANDEMONIUM。
《客として入店》
その下に、直人が足した《違ってよい》が残っている。
学校からPANDEMONIUMへの線は、今日も引かれなかった。
トランシーバーからは、次の定時連絡を待つ小さなノイズがしていた。




