第121話 教えすぎない
六十六日目、午前八時十四分。
学校からは、誰も来なかった。
高校生は入口が開くたびに少しだけ顔を上げていた。
客が入る。
注文する。
バーガーを受け取る。
学校の五人ではない。
「来ませんね」
直人は配送一覧を書きながら答える。
「来るって言ってない」
「でも場所は教えたんですよね」
「教えた」
「だったら、一回くらい見に来ません?」
直人はペンを置いた。
「来ない理由もあるだろ」
◇
午前八時四十二分。
旧スーパーから定時連絡。
『学校、今朝も人いるよ』
「何か言ってた?」
『昨日の店の話なら、相談するって』
高校生が横から聞く。
「何を相談するんですか?」
『行くかどうかじゃない?』
高校生は少し不思議そうな顔をする。
PANDEMONIUMには食事がある。
水がある。
電気がある。
Wi-Fiも充電もある。
相談するまでもないように見えた。
◇
午前九時十六分。
「学校にトランシーバー渡します?」
高校生が言う。
ラッキーセットの箱には、まだ一台あった。
遠距離でもなぜか通じる、小さな玩具のトランシーバー。
「何のために?」
「連絡できた方が便利じゃないですか」
「向こうが欲しいって言った?」
「言ってないですけど」
直人は箱を閉じる。
「じゃあ、まだ渡さない」
「でも便利ですよ」
「便利かどうかは向こうが決める」
◇
午前十時二分。
学校の男が旧スーパーまで来た。
そこからトランシーバーを借りて連絡してくる。
『昨日の店の人?』
「直人です」
『ちょっと聞きたい』
「どうぞ」
『そっち、夜も店にいられる?』
「いられる」
『何人くらい?』
直人は店内を見る。
「今いる人数なら。でも、上限は分からない」
『食べ物は毎日?』
「今のところ毎日出る」
『水も?』
「今のところ」
男は少し黙った。
◇
午前十時八分。
『じゃあ、学校よりそっちの方がいい?』
高校生が直人を見る。
直人は答えるまで少し時間を置いた。
「俺には決められない」
『でも、そっちの方が食べ物あるんだろ』
「ある」
『電気も』
「ある」
『じゃあ何が悪い?』
「悪いとは言ってない」
『じゃあ来た方がいい?』
直人はもう一度言う。
「それは、そっちで決めて」
◇
午前十時十三分。
通信が終わる。
高校生が聞いた。
「勧めないんですか」
「何を」
「店に来るの」
「学校で生きてるだろ」
「でも、こっちの方が楽ですよ」
「たぶん」
「安全かもしれない」
「それは分からない」
高校生は黙る。
直人は昨日見た黒板を思い出す。
水。
見張り。
食事。
掃除。
あそこには、あそこで積み上げたやり方があった。
◇
午前十一時二十九分。
由佳が話を聞いて言う。
「五人なら、こっち来ても座れるよ」
「座れるな」
「子どももいるんでしょ」
「いる」
「ラッキーセット喜ぶかも」
高校生が頷く。
「ですよね」
直人はカウンター脇の箱を見る。
週替わりのおまけ。
年齢制限。
子ども一人につき一個。
かわいい玩具に混じって、ときどき説明のつかないものが出る。
「それも、来る理由にはしない」
由佳が眉を上げる。
「隠すの?」
「聞かれたら話す」
◇
午後零時四分。
学校の男から、もう一度連絡が来る。
『子どもが店見たいって』
高校生が笑う。
「じゃあ来ます?」
『いや。今日は行かない』
「なんで?」
『学校を空けたくない。全員で動くのも嫌だし、一人だけ連れてくのもまだ怖い』
直人が受話器を取る。
「分かった」
『明日以降、行くかもしれない』
「場所は分かる?」
『分かる』
「じゃあ、それで」
◇
午後零時十一分。
高校生が言う。
「迎えに行けばいいんじゃないですか」
直人は首を振る。
「それやると、来る前提になる」
「道、危ないですよ」
「聞かれたら道は教える。必要なら途中まで迎えにも行く」
「違いあります?」
「ある」
直人は地図の学校を見る。
「向こうが来るって決めてから手伝うのと、こっちが来るように動かすのは違う」
◇
午後一時三十七分。
配送一覧に学校の名前はない。
食事の便も出さない。
水も送らない。
トランシーバーも渡さない。
何もしていないように見える。
だが、学校側はPANDEMONIUMの場所を知っている。
必要なら来られる。
質問もできる。
それ以上を、こちらから埋めなかった。
◇
午後二時十九分。
高校生が地図に書く。
《学校・5人》
《店を知らず生存》
その下へ、
《店を知った》
と追加する。
ペンが止まる。
「次、何て書きます?」
直人は見る。
「何も」
「来るか、来ないかは?」
「決まったら書けばいい」
高校生は空白を残した。
◇
午後三時四十六分。
入口が開く。
高校生が反射的に顔を上げる。
学校の人ではなかった。
客は番号を受け取り、席へ座る。
店の存在を教えた地図には、学校からPANDEMONIUMへ向かう線が、まだ一本も引かれていなかった。




