第116話 持っていけないもの
六十一日目、午前七時五十八分。
昨日は《なし》だった配送一覧に、今日は三つ書かれていた。
《飲料水》
《毛布》
《食事》
高校生がその下へ数量を書く。
水、二十リットル。
毛布、八枚。
食事、六人分。
「旧スーパーです」
直人は一覧を見た。
「全部?」
「向こうからは、できればって」
森田が空の台車を叩く。
「載るんじゃないか」
直人は首を振った。
「載るかじゃなくて、持って帰れるかまで見る」
◇
午前八時十二分。
重さを確かめる。
水だけで二十キロ。
毛布はかさばる。
食事は温度と時間がある。
さらに橋までの往復。
高校生が計算する。
「一回じゃ無理ですね」
「二回なら?」
森田が聞く。
直人は時計を見る。
「食事の時間がずれる」
「じゃあ三人で?」
「帰りも三人必要になる」
人を増やせば、何でも運べるわけではなかった。
◇
午前八時二十五分。
トランシーバーを入れる。
「旧スーパー、聞こえますか」
団地を経由して返事が来る。
『聞こえます』
「水、何に使います?」
『飲むのと、調理です』
「そっち、水は全部ない?」
『飲めるか分からないのがある。屋上のタンク』
直人の手が止まる。
「量は?」
『かなり残ってる』
◇
午前八時三十一分。
「毛布は?」
『夜、冷えるから。二階の窓が割れてる』
「塞げるものは?」
『段ボールはある。テープがない』
「食事は六人?」
『六人です』
直人は一覧の三項目を見る。
水。
毛布。
食事。
頼まれたものを、そのまま全部運ぶ必要があるのか。
◇
午前八時四十四分。
高校生が言う。
「水、運ばないんですか」
「まだ決めてない」
「向こうにある水が飲めるなら?」
「運ばなくて済む」
「飲めなかったら?」
「その時は運ぶ」
直人はラッキーセットのおまけを置いている箱を見る。
中から一冊取り出した。
子ども向けの薄い本。
表紙には、丸っこい動物と大きな文字。
《これでわかる! 生きのこり水ずかん》
見た目だけなら、完全に児童向けだった。
◇
午前八時四十九分。
ページを開く。
雨水。
貯水槽。
川。
濁り。
臭い。
煮沸。
容器。
今ある状況を尋ねながらページをめくると、必要な項目が妙に見つけやすい。
高校生が覗く。
「これ、前からありました?」
「ラッキーセットの箱にあった」
「当たり?」
「たぶん」
本には、水を安全だと断定する文はない。
代わりに、確認する順番が書かれている。
◇
午前九時二分。
旧スーパー側へ質問を返す。
タンクの蓋。
臭い。
濁り。
配管の状態。
加熱できる設備。
『ガスコンロはある。ボンベもまだある』
「じゃあ今日は、水そのものじゃなくて確認方法を持っていきます」
『方法?』
「本。あと、こっちで分かる範囲を紙にします」
『分かりました』
◇
午前九時十八分。
毛布も変わった。
八枚を運ぶ代わりに、店に残っていた布テープを二巻。
段ボールで割れた窓を塞ぐためだ。
「毛布は?」
高校生が聞く。
「二枚だけ」
「八枚から?」
「風が止まって、それでも寒ければ次を考える」
必要なのは毛布八枚ではない。
夜を越せる温度だった。
◇
午前九時三十六分。
食事六人分は、そのまま残った。
これは現地で代えられない。
少なくとも今日は。
森田が袋を確認する。
「食事六。毛布二。テープ二。本一」
高校生が書き足す。
《水20L → 現地水確認》
《毛布8 → 毛布2+窓塞ぎ》
直人が言う。
「本は返さなくていい」
「ラッキーセットのおまけですよ?」
「必要なところにあった方がいい」
◇
午前十一時四分。
橋の中央で受け渡す。
旧スーパー側から二人が来ていた。
森田が荷物を渡す。
若い女が薄い図鑑を見て、少し笑った。
「かわいい」
「中身はちゃんとしてるらしい」
「らしい?」
「店のおまけだから」
女はもう一度表紙を見る。
「それが一番怖い説明かも」
◇
午後零時二十一分。
森田が帰店した。
帰還確認。
受領確認。
高校生が一覧へ丸をつける。
運んだ量は、依頼された量より少ない。
それでも直人は失敗欄には書かなかった。
代わりに、新しい欄を作る。
《目的》
水の横に、
《安全な飲用・調理》
毛布の横に、
《夜間の保温》
と書く。
◇
午後一時十三分。
トランシーバーが鳴った。
『旧スーパー。タンク見ました』
直人が取る。
『蓋は閉まってる。臭いなし。濁りは少しある』
「図鑑だと次は?」
『沈めて、上を取って、煮沸。容器も洗うって』
「できそう?」
『やってみます。飲む前に少量で確認する』
直人は頷いた。
店から水を二十リットル運ばなくても、向こうで水が使える可能性が生まれた。
◇
午後二時六分。
もう一度連絡が来た。
『窓、二か所塞げた。風かなり減った』
「毛布二枚で足りそう?」
『今夜見てみる。足りなかったら明日頼む』
「了解」
通信が切れる。
高校生が一覧を見る。
「注文、ほとんど別物になりましたね」
直人は首を振った。
「欲しかったものは変わってない」
◇
午後二時二十八分。
直人は一覧の《目的》を囲んだ。
《水20L → 現地水確認》
《安全な飲用・調理》
《毛布8 → 毛布2+窓塞ぎ》
《夜間の保温》
高校生がその二組を見比べる。
「次から、最初にこっち聞きます?」
指したのは《目的》だった。
「うん」
直人はペンを置いた。
橋の向こうには、二十リットルの水も、残り六枚の毛布も運ばれなかった。




