↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
116/195

第116話 持っていけないもの


六十一日目、午前七時五十八分。


昨日は《なし》だった配送一覧に、今日は三つ書かれていた。


《飲料水》

《毛布》

《食事》


高校生がその下へ数量を書く。


水、二十リットル。


毛布、八枚。


食事、六人分。


「旧スーパーです」


直人は一覧を見た。


「全部?」


「向こうからは、できればって」


森田が空の台車を叩く。


「載るんじゃないか」


直人は首を振った。


「載るかじゃなくて、持って帰れるかまで見る」


◇


午前八時十二分。


重さを確かめる。


水だけで二十キロ。


毛布はかさばる。


食事は温度と時間がある。


さらに橋までの往復。


高校生が計算する。


「一回じゃ無理ですね」


「二回なら?」


森田が聞く。


直人は時計を見る。


「食事の時間がずれる」


「じゃあ三人で?」


「帰りも三人必要になる」


人を増やせば、何でも運べるわけではなかった。


◇


午前八時二十五分。


トランシーバーを入れる。


「旧スーパー、聞こえますか」


団地を経由して返事が来る。


『聞こえます』


「水、何に使います?」


『飲むのと、調理です』


「そっち、水は全部ない?」


『飲めるか分からないのがある。屋上のタンク』


直人の手が止まる。


「量は?」


『かなり残ってる』


◇


午前八時三十一分。


「毛布は?」


『夜、冷えるから。二階の窓が割れてる』


「塞げるものは?」


『段ボールはある。テープがない』


「食事は六人?」


『六人です』


直人は一覧の三項目を見る。


水。


毛布。


食事。


頼まれたものを、そのまま全部運ぶ必要があるのか。


◇


午前八時四十四分。


高校生が言う。


「水、運ばないんですか」


「まだ決めてない」


「向こうにある水が飲めるなら?」


「運ばなくて済む」


「飲めなかったら?」


「その時は運ぶ」


直人はラッキーセットのおまけを置いている箱を見る。


中から一冊取り出した。


子ども向けの薄い本。


表紙には、丸っこい動物と大きな文字。


《これでわかる! 生きのこり水ずかん》


見た目だけなら、完全に児童向けだった。


◇


午前八時四十九分。


ページを開く。


雨水。


貯水槽。


川。


濁り。


臭い。


煮沸。


容器。


今ある状況を尋ねながらページをめくると、必要な項目が妙に見つけやすい。


高校生が覗く。


「これ、前からありました?」


「ラッキーセットの箱にあった」


「当たり?」


「たぶん」


本には、水を安全だと断定する文はない。


代わりに、確認する順番が書かれている。


◇


午前九時二分。


旧スーパー側へ質問を返す。


タンクの蓋。


臭い。


濁り。


配管の状態。


加熱できる設備。


『ガスコンロはある。ボンベもまだある』


「じゃあ今日は、水そのものじゃなくて確認方法を持っていきます」


『方法?』


「本。あと、こっちで分かる範囲を紙にします」


『分かりました』


◇


午前九時十八分。


毛布も変わった。


八枚を運ぶ代わりに、店に残っていた布テープを二巻。


段ボールで割れた窓を塞ぐためだ。


「毛布は?」


高校生が聞く。


「二枚だけ」


「八枚から?」


「風が止まって、それでも寒ければ次を考える」


必要なのは毛布八枚ではない。


夜を越せる温度だった。


◇


午前九時三十六分。


食事六人分は、そのまま残った。


これは現地で代えられない。


少なくとも今日は。


森田が袋を確認する。


「食事六。毛布二。テープ二。本一」


高校生が書き足す。


《水20L → 現地水確認》

《毛布8 → 毛布2+窓塞ぎ》


直人が言う。


「本は返さなくていい」


「ラッキーセットのおまけですよ?」


「必要なところにあった方がいい」


◇


午前十一時四分。


橋の中央で受け渡す。


旧スーパー側から二人が来ていた。


森田が荷物を渡す。


若い女が薄い図鑑を見て、少し笑った。


「かわいい」


「中身はちゃんとしてるらしい」


「らしい?」


「店のおまけだから」


女はもう一度表紙を見る。


「それが一番怖い説明かも」


◇


午後零時二十一分。


森田が帰店した。


帰還確認。


受領確認。


高校生が一覧へ丸をつける。


運んだ量は、依頼された量より少ない。


それでも直人は失敗欄には書かなかった。


代わりに、新しい欄を作る。


《目的》


水の横に、


《安全な飲用・調理》


毛布の横に、


《夜間の保温》


と書く。


◇


午後一時十三分。


トランシーバーが鳴った。


『旧スーパー。タンク見ました』


直人が取る。


『蓋は閉まってる。臭いなし。濁りは少しある』


「図鑑だと次は?」


『沈めて、上を取って、煮沸。容器も洗うって』


「できそう?」


『やってみます。飲む前に少量で確認する』


直人は頷いた。


店から水を二十リットル運ばなくても、向こうで水が使える可能性が生まれた。


◇


午後二時六分。


もう一度連絡が来た。


『窓、二か所塞げた。風かなり減った』


「毛布二枚で足りそう?」


『今夜見てみる。足りなかったら明日頼む』


「了解」


通信が切れる。


高校生が一覧を見る。


「注文、ほとんど別物になりましたね」


直人は首を振った。


「欲しかったものは変わってない」


◇


午後二時二十八分。


直人は一覧の《目的》を囲んだ。


《水20L → 現地水確認》

《安全な飲用・調理》


《毛布8 → 毛布2+窓塞ぎ》

《夜間の保温》


高校生がその二組を見比べる。


「次から、最初にこっち聞きます?」


指したのは《目的》だった。


「うん」


直人はペンを置いた。


橋の向こうには、二十リットルの水も、残り六枚の毛布も運ばれなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。