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115/195

第115話 注文のない便


六十日目、午前七時二十二分。


配送一覧は空だった。


高校生が一枚めくる。


次も空。


「今日、ないですね」


直人はコーヒーを飲みながら頷いた。


昨日まで、紙には必ず何かがあった。


食事。


薬。


乾電池。


届け先。


受取人。


今日は何もない。


◇


午前七時四十分。


森田が地図を見る。


「橋まで行っとく?」


高校生も顔を上げる。


「昨日、相互受渡候補にしたところ」


「向こうから何か来るかもしれないだろ」


直人は聞いた。


「来るって連絡あった?」


「ない」


「じゃあ行かない」


森田が地図から顔を上げる。


「確認だけでも?」


「確認する用事がない」


◇


午前八時六分。


トランシーバーで南団地へ定時連絡を入れる。


天候。


昨日の電池の受領。


通行情報。


最後に高校生が聞く。


「今日、運ぶものありますか」


『今のところない』


「北側は?」


『聞いてるけど、ないって』


「分かりました」


通信を切る。


高校生が直人を見る。


「本当にゼロですね」


「ゼロならゼロでいい」


◇


午前八時三十二分。


昨日までに増えた欄が並んでいる。


《運搬者》

《判断者》

《通常帰路》

《代替帰路》

《受領確認》


全部、空欄。


高校生が言う。


「せっかく作ったのに」


「使わない日もある」


「でも、動かさないと仕組みが止まりません?」


直人は少し考えた。


「止まっていい時に止まれない方が困る」


◇


午前九時十三分。


一人の客が、橋の向こうへ行く予定があると言った。


「昼前に北へ行くけど、何か持ってく?」


高校生が反射的に一覧を見る。


直人は客に聞いた。


「誰かから頼まれた?」


「いや。ついでにと思って」


「じゃあ、今日は何もないです」


客は「そっか」とだけ言って、バーガーを受け取った。


◇


午前九時二十分。


高校生が小声で言う。


「空で行くの、もったいなくないですか」


「何を載せる?」


「食べ物とか」


「誰に?」


高校生は答えられない。


直人が続ける。


「必要か分からない物を、運べるからって運ばない」


「余ったら困る?」


「それもある。でも、もっと前」


「前?」


「頼まれてない」


◇


午前十時二分。


PANDEMONIUMでは昼前の客が増え始めた。


ポテトが揚がる。


注文番号が呼ばれる。


外の物流が止まっていても、店内は止まらない。


高校生は配送一覧ではなく、カウンターへ入った。


由佳から紙袋を受け取る。


「三十二番」


「はい」


声を出す。


「三十二番のお客様」


配送がない日は、別の仕事がある。


◇


午前十一時十七分。


トランシーバーが鳴った。


高校生が取る。


『南団地。今日の便、もう出た?』


「今日は便ありません」


『そうか。こっちも特にない』


「何か必要になったら連絡ください」


『了解』


通信はそれで終わった。


誰も、便を出してくれとは言わなかった。


◇


午後零時五分。


森田が窓の外を見る。


「天気いいな」


「配送日和ですね」


高校生が言う。


直人は笑った。


「配送がない日和でもある」


「そんな日和あります?」


「今日」


◇


午後零時四十二分。


高校生は一覧の日付だけを書いた。


その下に、初めて一文字を書く。


《なし》


直人が見る。


「それでいい」


「記録するんですか」


「運ばなかったことも」


「何のために?」


「あとで、毎日動かすものだと思わないため」


◇


午後一時二十八分。


昨日の橋には、今日は誰も向かわなかった。


乾電池も動かない。


食事も動かない。


それでも橋は消えていない。


必要になれば、また使える。


使えることと、使うことは別だった。


◇


午後二時十一分。


高校生が地図を畳もうとして、手を止める。


「これ、配送網って呼んでいいんですかね」


「何が?」


「今日、一件も配送してないのに」


直人は地図を見る。


線は昨日と同じ場所にある。


中継点も橋も、消えていない。


「運ばないって決められるなら、たぶん」


◇


午後三時二分。


店の外を、一人の客が北へ歩いていった。


朝、橋の向こうへ行くと言っていた客だ。


手には自分の荷物だけ。


誰かのための余分な袋はない。


直人はそれを追わなかった。

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