第114話 同じ橋の向こう
五十九日目、午前七時十四分。
昨日、直人と黒瀬が確認した迂回路が地図に増えていた。
橋を避け、東へ大きく回る線。
《代替帰路・確認済》
高校生がその線を指す。
「これで旧スーパーまで行けますね」
直人は頷いた。
「行って、帰れる」
昨日までなら、それで今日の便を決めていた。
だが、トランシーバーが先に鳴った。
◇
午前七時十七分。
『南団地から。旧スーパーの人、今日はこっちへ来る』
直人が応答する。
「団地に戻る?」
『違う。橋のところまで来るって』
「橋?」
『向こう側から』
直人は地図を見る。
昨日、渡らなかった橋。
こちらから見れば、届け先の手前だった場所。
向こうから見れば、こちらへ出てくる道の途中でもあった。
◇
午前八時三分。
旧スーパー側の男と直接話す。
ラッキーセットのトランシーバーが、団地を経由してつながった。
『橋までなら行けます』
「今日、橋の状態は?」
『こっちから見た感じは大丈夫です。水も下がってる』
「一人?」
『もう一人います』
「何時なら?」
『十一時』
直人は紙に書く。
《橋・十一時》
それから聞いた。
「何か、こっちへ持ってくるものあります?」
少し間があった。
『あります』
◇
午前八時九分。
『乾電池。単三が十二本。団地で使うって』
直人のペンが止まる。
高校生が顔を上げた。
「向こうから?」
『旧スーパーの倉庫に残ってた。全部じゃないけど、分けられる』
直人は注文表を見る。
こちらからはバーガー二つとポテト二つ。
向こうからは乾電池。
同じ橋で、逆向きの荷物が動く。
◇
午前八時十六分。
「交換条件ですか?」
高校生が聞く。
直人は首を振る。
「違う」
「でも、こっちは食べ物で、向こうは電池」
「食べ物を渡すから電池を出せ、にはしない」
トランシーバーへ言う。
「電池は、食べ物と別で考えてください。持ってこられるなら預かります」
『分かりました』
「団地の誰に渡すかも確認します」
物流が始まったからといって、値段まで勝手に生まれさせる必要はなかった。
◇
午前十時二十二分。
運搬者は森田。
判断者は高校生。
直人は同行しない。
昨日増えた欄が、今日もそのまま使われる。
高校生が確認する。
「天候、晴れ。橋、水位低下。帰路、迂回路あり。受取人、橋で待機予定」
森田が袋を持つ。
「帰りは電池十二本か」
「受け取れたら」
直人が言う。
「向こうが来なかったら、置いてこない。電池も置いてあっても拾わない」
「人から人へ、だな」
「そう」
◇
午前十時五十八分。
橋が見えた。
森田の隣には、団地の見張り役の男がいる。
橋の向こうに二人。
旧スーパー側の男と、若い女。
互いに手を上げる。
森田は橋の手前で止まった。
向こう側も止まる。
「渡る?」
見張り役が聞く。
森田はトランシーバーを取る。
『橋、今は問題なさそうです』
店から高校生の声。
『無理に渡らなくていいです。真ん中で受け渡しできます?』
◇
午前十一時三分。
四人が橋へ入る。
森田と見張り役。
旧スーパー側の二人。
中央で止まる。
森田が袋を二つ渡す。
名前を確認する。
向こうの男が、小さなケースを渡す。
中には単三電池が十二本。
「団地の見張り用だって聞いてます」
見張り役が受け取る。
「助かる」
「まだ少しあります。必要なら、また確認します」
「こっちも必要なもの聞いとく」
森田はその会話を聞いていた。
自分が間に入る言葉はなかった。
◇
午前十一時十一分。
橋の中央から、四人は二方向へ分かれた。
森田と見張り役は店側へ。
旧スーパーの二人は北へ。
誰も相手の拠点まで行かなかった。
それでも、食べ物は北へ動いた。
電池は南へ動いた。
橋の上だけで、二つの生活圏がつながった。
◇
午後零時二十九分。
森田が帰店する。
高校生が《帰還》へ時刻を書く。
直人が聞く。
「電池は?」
「団地の人がそのまま持って帰った」
「受取確認は?」
「団地から来たら連絡もらう」
直人は頷く。
自分たちの荷物だけ確認して終わり、ではなくなっていた。
◇
午後一時六分。
トランシーバーが鳴る。
『南団地。電池、届いた。見張り二か所に六本ずつ』
高校生が一覧に書く。
《北→南 乾電池12 受領済》
その上には、
《南→北 食事2 受領済》
がある。
高校生が言う。
「配送表、上下ができましたね」
直人は紙を見る。
「こっちから運ぶ表じゃなくなったな」
◇
午後一時三十八分。
直人は地図の橋に印をつける。
中継点とは少し違う。
店から荷物を渡すためだけの場所ではない。
両側から人が来る。
両側から物が来る。
必要な時だけ、そこで手渡す。
《橋・相互受渡候補》
高校生が読む。
「店の配送網ですか?」
直人は首を振った。
「もう店だけの線じゃない」
◇
午後二時十二分。
注文番号が呼ばれる。
直人は地図を壁へ戻した。
橋の印には、南向きと北向き、二本の小さな矢印が残っていた。




