第113話 運ぶ人が来ない
五十八日目、午前七時二十八分。
直人は店にいなかった。
昨日聞いた迂回路を確認するため、黒瀬と夜明け前に出ていた。
カウンター脇には地図と配送一覧が残っている。
高校生が紙を見た。
《通常帰路》
《代替帰路》
《帰還可能時間》
由佳が聞く。
「今日の分、どうするの?」
「直人さん戻ってからじゃないですか」
そう答えた時、入口が開いた。
◇
午前七時三十二分。
南団地の見張り役の男だった。
「今日、三人分あります」
紙を差し出す。
高校生は受け取って、直人の椅子を見る。
空いている。
「直人さん、今いません」
「何時に戻る?」
「分かりません」
男は少し困った。
「じゃあ今日はなし?」
高校生は答えられなかった。
◇
午前七時三十九分。
森田が紙を見る。
三人。
全員、中継点Aで受け取り可能。
受取役も決まっている。
「条件は揃ってるんじゃないか」
高校生が言う。
「でも直人さんがいない」
「直人が荷物じゃないだろ」
由佳が少し笑った。
高校生は笑えなかった。
一覧は読める。
地図も読める。
だが、それを使って自分が決めていいのかは、どこにも書いてなかった。
◇
午前七時四十七分。
「今日はやめとく?」
由佳が聞く。
高校生は地図を見る。
中継点A。
昨日まで何度も使った道。
天気は晴れ。
通行不能情報なし。
受取側とはトランシーバーで連絡できる。
帰路も確認済み。
「……確認してから決めます」
「誰に?」
「向こうに」
◇
午前七時五十一分。
トランシーバーの電源を入れる。
「南団地、聞こえますか」
『聞こえる』
「今日、中継点Aまで来られますか」
『十一時なら行ける』
「受け取る三人、今日そこにいます?」
『いる。今朝確認した』
「変更があったら、このまま連絡できますか」
『できる』
高校生は一覧の空欄を埋めた。
直人が昨日までしていたことと、同じ順番で。
◇
午前八時二分。
「行くの?」
由佳が聞く。
高校生はまだ迷っていた。
森田が言う。
「俺が持ってく」
「森田さんが?」
「道は何度も通ってる。帰りも分かる」
「でも」
「駄目な条件、どれだ」
高校生は紙を見る。
一つずつ確認する。
天候。
経路。
受取人。
中止連絡。
帰路。
「……ないです」
「じゃあ、直人がいない、だけだな」
◇
午前八時十一分。
高校生は新しい紙を一枚出した。
《運搬者》
そこへ書く。
《森田》
「勝手に増やして怒られませんかね」
由佳が言う。
「怒られたら、戻せばいいんじゃない」
高校生は首を振った。
「戻す前に、ちゃんと帰ってきてもらわないと」
森田が笑った。
「そこは書いとけ」
◇
午前十時二十一分。
森田は店を出た。
一人ではない。
南へ向かう客が一人、途中まで同行する。
袋は三つ。
高校生は入口まで見送った。
「危なかったら戻ってください」
「それ、直人みたいだな」
「昨日まで聞いてたんで」
森田は手を上げて歩き出した。
◇
午前十一時六分。
トランシーバーが鳴る。
『中継点A、着いた』
森田の声だった。
高校生が応答する。
「受取役います?」
『いる。三人分、確認する』
少し間。
『三つ、名前一致。渡した』
「受領確認お願いします」
『今やってる』
さらに数分後。
『三人とも受け取り確認できた。戻る』
高校生は一覧の《受領確認》へ丸を三つ書いた。
◇
午前十一時四十八分。
直人と黒瀬が戻ってきた。
泥のついた靴。
直人が地図を置く。
「迂回路、使える。ただ遠い」
高校生は言った。
「今日の三人分、森田さんが運びました」
直人の手が止まる。
「森田さんが?」
「はい」
高校生は一覧を差し出した。
直人は黙って読む。
◇
午前十一時五十二分。
天候。
経路。
受取人。
中止連絡。
通常帰路。
受領確認。
最後に、新しく増えた欄。
《運搬者 森田》
直人が聞く。
「帰ってきた?」
「まだです」
「じゃあ終わってない」
高校生は頷いた。
「はい。だから丸はまだつけてません」
直人は一覧をもう一度見た。
何も言わなかった。
◇
午後零時三十七分。
入口が開く。
森田だった。
「ただいま」
高校生が時計を見る。
「帰還、十二時三十七分」
一覧に書く。
それから、最後の丸をつけた。
直人が森田を見る。
「問題なかった?」
「途中で自転車一台倒れてたくらい。避けた」
「中継点は?」
「問題なし」
「了解」
それだけだった。
◇
午後一時四分。
高校生が恐る恐る聞く。
「勝手にやって、まずかったですか」
直人は地図を見たまま答えた。
「条件確認した?」
「しました」
「帰ってくるまで完了にしなかった?」
「はい」
「じゃあ、俺がいる必要ないな」
高校生が目を瞬いた。
直人自身も、言ってから少し驚いた顔をした。
◇
午後一時二十二分。
一覧の《運搬者》を正式な欄にする。
その横に、もう一つ。
《判断者》
今日の欄には、高校生の名前を書く。
高校生が慌てる。
「俺?」
「確認して、行けるって決めたのはお前だろ」
「森田さんじゃなくて?」
「森田さんは運んだ。お前は決めた」
直人はペンを置いた。
◇
午後二時十一分。
高校生は壁の配送表を見た。
《運搬者 森田》
《判断者》
空いていた欄へ、自分の名前を書く。
その横で、直人は迂回路の泥を靴底から落としていた。




