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112/195

第112話 帰り道


五十七日目、午前七時三十六分。


地図に、旧スーパーが増えている。


昨日、受取人が移動していた場所だ。


直人はそこまでの道を指で追った。


南団地までは知っている。


そこから北へは、知らない。


黒瀬が言う。


「朝、見てくる?」


「途中まで」


高校生が聞いた。


「行けたら、そのまま届けるんですか」


直人は首を振る。


「帰れるか分かってから」


◇


午前八時十二分。


昨日までの一覧には、行き先が並んでいた。


中継点。


受取可能時間。


通行不能情報。


直人は紙の端へ新しい欄を作る。


《帰路》


高校生が覗き込む。


「帰りも同じ道じゃないんですか」


「同じ道が残ってればな」


雨の翌日だった。


昨日通れた道が、今日も通れる保証はない。


行けることと、戻れることは別だった。


◇


午前八時四十九分。


直人と黒瀬は南へ出た。


荷物は持っていない。


今日は確認だけ。


中継点Aまでは問題ない。


そこから団地の西を抜ける。


昨日、水が溜まっていた路地には泥が残っている。


黒瀬が靴先で地面を押した。


「柔らかい」


「帰りに雨降ったら嫌だな」


空は曇っていた。


◇


午前九時二十三分。


旧スーパーへ向かう途中、小さな橋があった。


幅は車一台分。


欄干の一部が曲がっている。


下の水路は濁っていた。


橋の向こうに旧スーパーの看板が見える。


「渡れそう」


黒瀬が言う。


直人は橋を見た。


確かに今は渡れそうだった。


だが、橋の手前には流木が引っかかっている。


水位の跡が、今より高い位置に残っていた。


「雨が戻ったら?」


黒瀬が空を見る。


「ここ、先に駄目になるかもな」


◇


午前九時二十九分。


二人は橋を渡らなかった。


旧スーパーは見えている。


目的地まで、あと数百メートル。


それでも直人は地図に線を引かなかった。


《橋・現時点通行可》


その下へ書く。


《増水時帰路喪失の可能性》


黒瀬が笑う。


「慎重になったな」


「昨日までは、着けば終わりだと思ってたから」


◇


午前十時十八分。


店へ戻る。


高校生がすぐ聞いた。


「旧スーパー、行けました?」


「見えた」


「見えた?」


「橋の手前まで」


「渡らなかったんですか」


「帰れなくなる可能性がある」


高校生は少し考える。


「でも、今は渡れたんですよね」


「今はな」


◇


午前十時三十一分。


トランシーバーで南団地へ連絡する。


『北の人、今日は旧スーパーにいる』


「分かった。でも今日は届けない」


『道、駄目だった?』


「行きは行けそう。帰りが怪しい」


少し間が空いた。


『帰り?』


「橋が一本ある。増水したら戻れないかもしれない」


『こっちから北へ行く別の道、聞いてみる』


「頼む」


直人は言ってから気づく。


また、向こう側が調べ始めた。


◇


午前十一時四十七分。


返事が来た。


『橋を使わない道がある。ただ、遠い』


「どれくらい?」


『歩いて四十分くらい増える』


直人は地図に聞いた道を書き込む。


細い線。


橋を避け、大きく東へ回る。


黒瀬が見る。


「これなら帰れる?」


「まだ分からない」


「確認する?」


「明日」


今日の注文を今日届けるために、未確認の道へ飛び込む理由はなかった。


◇


午後零時二十二分。


昨日返した一人分は、今日も運ばなかった。


依頼した女へ説明する。


「本人はいる。でも帰り道が確認できてない」


女は少し驚いた。


「帰り道まで?」


「帰ってこないと、次ができないので」


「明日なら?」


「迂回路を見てから」


女は頷いた。


昨日より説明は短かった。


◇


午後一時九分。


直人は一覧の《帰路》を二つに分けた。


《通常帰路》

《代替帰路》


その下に書く。


《帰還可能時間》


高校生が読む。


「時間も?」


「暗くなる前に戻れるか」


「行きが一時間で、帰りが二時間なら?」


「三時間の便だ」


「往復で考えるんだ」


「最初からそうすべきだった」


◇


午後二時二十六分。


地図には、目的地へ届かない線がまた一本増えた。


昨日は、受け取る人がいなかったから止まった。


今日は、受け取る人がいるのに止まった。


旧スーパーは見えていた。


食べ物も用意できる。


渡す相手も分かっている。


それでも運ばない。


帰り道が物流の外にあるうちは、そこはまだ届け先ではなかった。


直人は橋の印から、店まで指を戻す。


配送の線は、目的地で終わる線ではない。


帰ってくるところまで含めて、一本だった。

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