第111話 受け取る人がいない
五十六日目、午前七時四十二分。
雨は上がっていた。
昨日使えなかった高架下への道も、水が引き始めている。
直人は地図の横に置いた紙を確認した。
《中止時》
《誰へ伝える》
《どう伝える》
《代替地点候補》
《通行不能情報》
高校生が入口から空を見る。
「今日は行けそうですね」
「道を見てから」
昨日の失敗を、晴れたからという理由で消す気はなかった。
◇
午前八時十九分。
黒瀬が戻ってきた。
「中継点Aまで通れる。高架下の西はまだやめた方がいい」
「じゃあA」
今日の注文は四人分。
団地側の受取役は、昨日トランシーバーで応答した男だった。
時間は十一時。
変更時の連絡先も確認した。
直人は紙の欄を一つずつ埋める。
昨日より遅い。
だが、昨日より抜けが少ない。
◇
午前十時五十三分。
中継点Aへ着いた。
直人と黒瀬。
袋は四つ。
団地側の男はもう待っていた。
「今日は来ましたね」
「昨日はすみません」
「中止、聞けたから大丈夫です」
直人は袋を一つずつ確認する。
名前。
個数。
受取先。
三つ目まで問題なかった。
四つ目で、男の手が止まる。
「この人、今日は受け取れないです」
◇
午前十時五十六分。
「受け取れない?」
「朝、北側の建物に移りました」
「聞いてない」
「俺もさっき聞いた」
直人は袋を見る。
注文者の名前はある。
届け先もある。
品物もある。
運ぶ人もいる。
中継点にも来た。
それでも、受け取る人がいなかった。
◇
午前十一時一分。
「誰かに預ける?」
黒瀬が聞く。
直人は首を振った。
「本人以外の受取可否、なしになってる」
紙を見せる。
昨日までに増やした欄だった。
「じゃあ持ち帰りか」
「うん」
団地側の男が言う。
「北側まで持っていけなくはないと思う」
直人は地図を見る。
知らない経路だった。
「今日は行かない」
◇
午前十一時七分。
三人分を男へ渡す。
四つ目だけ、直人の手元に残る。
昨日は全部が届かなかった。
今日は三つ届いた。
だから成功、とまとめることもできた。
だが、残った一つは消えない。
直人は一覧の該当欄に書く。
《未受領・移動》
◇
午前十一時十四分。
帰ろうとした時、団地側の男が言った。
「北へ移った人、明日ならこっちに戻るかもしれない」
「かもしれないなら、明日は運ばない」
「確認してから?」
「確認してから」
男が頷く。
「じゃあ、こっちで聞いとく」
「お願いします」
昨日まで、直人が確認する側だった。
今日は向こう側でも確認が始まった。
◇
午後零時二十八分。
店へ戻る。
残った袋を依頼した女へ返す。
「届け先が変わってました」
女が驚く。
「じゃあ、北まで行かなかったんですか」
「場所も道も確認できてないので」
「でも三人分は?」
「渡せました」
女は少し安心したあと、返された袋を見る。
一つだけ残ると、その一つがよく見えた。
◇
午後零時三十五分。
高校生が聞く。
「中継点までは届いたんですよね」
「届いた」
「じゃあ配送は成功?」
直人は首を振る。
「物を途中まで動かしただけ」
「でも受取役には渡せた」
「その人が最終的に受け取る人じゃない」
直人は空になった三つの欄と、一つだけ残った欄を見る。
「受け取る人までつながって、初めて終わりにする」
◇
午後一時十二分。
一覧へ、新しい欄を作った。
《受取人・当日所在確認》
その横へ、もう一つ。
《受領確認》
高校生が言う。
「確認ばっかり増えていきますね」
「人が動くからな」
「荷物より?」
「荷物は勝手に引っ越さない」
高校生が少し笑った。
直人も笑った。
◇
午後二時四分。
トランシーバーが鳴った。
『南団地。さっきの人、北の旧スーパー二階にいるって確認できた』
直人が応答する。
「了解。今日は行きません。明日も道を確認してから決めます」
『本人には、今日は届かないって伝えた』
直人の手が止まった。
「ありがとうございます」
昨日作った仕組みが、今日は向こう側から動いていた。
◇
午後三時十八分。
地図に旧スーパーの位置だけを書き込む。
線は引かなかった。
まだ道を知らない。
まだ届けていない。
ただ、受け取る人がどこにいるかは分かった。
物が中継点へ着くこと。
人がそこにいること。
その二つは別だった。
直人は《受領確認》の欄を指でなぞる。
運び終わりを決めるのは、荷物を手放した瞬間ではない。
向こう側の誰かが、「受け取った」と言えるところまでだった。




