第109話 中継点
五十四日目、午前七時十九分。
地図の途中に、小さな丸がある。
昨日、薬を持った男と別れた場所だった。
高校生が指さす。
「ここ、使えないですか」
「何に」
「受け渡しに」
直人はコーヒーを飲む手を止めた。
昨日、自分で書いた丸だった。
《ここまでなら一緒に行けた場所》
◇
午前七時二十四分。
森田も地図を見る。
「団地の入口より手前か」
「交差点のところ」
「見通しは?」
黒瀬が答える。
「南北は見える。東側だけ塀で死角」
由佳が聞く。
「雨降ったら?」
「無理」
高校生が言う。
「じゃあ屋根あるところ探せば」
直人は地図に指を置いたまま考える。
戸口まで十五人分を運ぶ必要がなければ、昨日の問題の一部は消える。
だが、運ぶ距離が短くなるだけで、受け取る側へ負担を移すことにもなる。
◇
午前七時三十一分。
「勝手に決めない方がいい」
直人が言った。
「団地の人がそこまで来られるか聞く」
高校生が頷く。
「十五人分じゃなくて、十五人」
「覚えてたか」
「昨日書いてたんで」
◇
午前八時四十六分。
南の団地から三人が店へ来た。
昨日の女。
見張りをしている男。
杖を使う高齢の女。
地図を囲む。
直人が昨日の丸を示した。
「ここでまとめて受け取る形なら、どうですか」
杖の女が首を振った。
「私はそこまで歩けないよ」
すぐに答えが出た。
直人は丸を消さなかった。
「じゃあ、ここは全員用じゃない」
見張りの男が言う。
「俺なら行ける。あと、三号棟の若いのが二人」
「受け取って、団地の中で配れる?」
「時間が合えば」
◇
午前八時五十四分。
「団地の中で誰が配るかまで、こっちで決めない」
直人は言った。
「そこはそっちで決めてほしい」
昨日の女が頷く。
「じゃあ、動ける人で当番にします」
杖の女が言う。
「私みたいなのは?」
「必要なら今まで通り戸口まで持っていく」
直人が答える。
「全部を同じやり方にしない」
◇
午前九時二十分。
中継点の候補を見に行く。
直人、黒瀬、団地の見張り役の男。
交差点は昨日と変わっていない。
放置された自転車。
低い塀。
割れた看板。
三方向は見える。
東だけ見えない。
「ここは長居しない方がいい」
黒瀬が言う。
「置き配もなし」
直人が続ける。
「人が来て、人に渡して、すぐ離れる」
見張り役が周囲を見る。
「十分だ」
◇
午前九時三十八分。
帰りに、高架下も見た。
昨日まで避難候補として丸をつけていた場所だ。
雨はしのげる。
道から少し奥まっている。
ただし、奥が暗い。
黒瀬が言う。
「昼ならこっちも使える」
直人は地図に別の記号をつける。
晴れの日。
雨の日。
昼。
同じ中継点でも、いつでも安全とは限らない。
◇
午前十時十二分。
PANDEMONIUMへ戻る。
今日の注文は六人分だった。
そのうち四人は中継点で受け取れる。
二人は戸別。
直人は袋を分ける。
《中継》四。
《戸別》二。
高校生が見る。
「昨日より少ない」
「注文が少ないからな」
「運べるならもっと募集しないんですか」
「運ぶために注文を増やすのは逆だろ」
◇
午前十一時三分。
交差点へ着く。
団地側から二人来ていた。
見張り役の男と、若い女。
直人は名前を確認する。
袋を一つずつ渡す。
「四人分です」
「確認します」
男が紙を見る。
四つ。
名前も合う。
直人はそこで手を離した。
昨日なら、この先まで自分が運んでいた。
今日は行かない。
◇
午前十一時九分。
「じゃあ、残り二人行く」
黒瀬が言う。
直人は頷く。
杖の女と、昨日から熱のある人。
中継点まで来られない人だけ、戸口へ向かう。
交差点から先へ持っている袋は二つ。
四つ分の重さと、四軒分の時間が消えていた。
その代わり、団地側の二人が四人分を引き受けている。
楽になったのではない。
仕事の場所が変わった。
◇
午後零時二十七分。
六人分を渡し終えた。
昨日より早い。
だが直人は、時間だけを成果にはしなかった。
杖の女は戸口で受け取れた。
団地側は、自分たちで四人へ配る方法を決めた。
交差点には何も残していない。
それを確認して戻る。
◇
午後一時四十一分。
地図の丸を書き直す。
ただの丸ではなく、二重丸。
横に書く。
《中継点A》
《晴・短時間》
《置かない》
《受取側と事前確認》
高架下には別の印。
《候補B・昼》
高校生が言う。
「配送先が増えたんじゃなくて、途中が増えたんですね」
「そうだな」
直人は地図を見る。
店と団地の間に、初めて名前のついた場所ができた。
◇
午後二時十六分。
カウンターでは、いつも通り注文を取っている。




