第107話 十五人分
五十二日目、午前七時四十六分。
昨日の線が、地図に残っていた。
南の団地、三号棟まで。
直人はコーヒーを置き、その線を指でなぞる。
高校生が横から言った。
「今日も行くんですか」
「頼まれれば」
「何個まで?」
「決めてない」
答えた直後、入口から声がした。
「じゃあ、十五人分でも?」
◇
午前七時四十八分。
声をかけたのは、四十代くらいの女だった。
昨日、南の団地から来たという。
手には紙がある。
名前が十五人分。
その横に注文が書かれていた。
「同じ団地です。三号棟と四号棟」
直人は紙を受け取る。
「十五人、全員ここまで来られない?」
「来られる人もいます。でも、一回で持っていった方が楽でしょう?」
確かに、運ぶ側だけを考えればそうだった。
◇
午前八時三分。
注文はまとめた。
バーガー九。
別のバーガー六。
ポテト十一。
ドリンク七。
直人は紙の端に個数を書く。
「一回でいけるな」
黒瀬が袋を見る。
「重さは?」
「持てる」
高校生が言う。
「昨日一件だったのに、急に会社みたいですね」
「会社じゃない」
直人は即答した。
それでも、十五件を一つの便にまとめれば効率がいい。
昔なら、そう考えた。
◇
午前八時二十六分。
注文品が揃う。
直人は名前ごとに袋を分けた。
番号を振る。
一から十五。
受取人一覧。
棟。
部屋番号。
不在なら持ち帰り。
「これなら間違えない」
高校生が感心したように見る。
「昨日よりちゃんとしてる」
「昨日やって足りなかったからな」
直人は十五人を、一枚の紙にきれいに収めた。
◇
午前九時十七分。
三号棟へ着いた。
昨日の女が入口にいた。
「今日は多いですね」
「十五人分」
「そんなに?」
直人は少し得意になった。
「まとめた方が早いから」
女は一覧を見る。
「あ、この人、午前は寝てます」
「え?」
「夜ずっと見張りしてるから」
直人の指が止まった。
◇
午前九時二十一分。
二人目。
「この人は四号棟じゃないです。昨日から一号棟の娘さんのところ」
三人目。
「耳が遠いから、ノックじゃ出ないです」
四人目。
「この人、今朝から熱があるって」
五人目。
「子どもが寝てるから、昼までは来ないでほしいって言ってました」
直人は一覧を見る。
十五人。
十五の住所。
十五の注文。
それだけでは、十五人分になっていなかった。
◇
午前九時三十八分。
「一か所に集めてもらうのは?」
直人が聞く。
女は首を振る。
「来られない人がいるから頼んだんですよね」
「じゃあ、動ける人だけでも」
「見張りを抜けられない人もいます」
黒瀬が直人を見る。
直人は黙った。
一括にした時点で、受け取る側にも一括で動いてもらうつもりになっていた。
◇
午前九時五十二分。
まず、起きている人から回った。
一〇二。
二〇七。
三一一。
渡すたびに時間がかかる。
名前を確認する。
袋を探す。
事情を聞く。
次の部屋へ向かう。
四件目で、予定していた時間を越えた。
黒瀬が言う。
「全部やる?」
直人は時計を見る。
「やらない」
即答した。
「今日中に十五件、を目標にするのやめる」
◇
午前十時十九分。
夜番の男の分は、預けなかった。
本人へ渡すという昨日の条件を変えない。
移動した人の分も持ち帰る。
熱がある人には、扉越しに声をかけた。
「食べ物だけです。薬は持ってきてません」
中から返事がある。
袋を直接受け取れることを確認して渡した。
直人の一覧には、丸だけでなく矢印や時刻が増えていった。
◇
午前十一時六分。
十五人のうち、渡せたのは八人。
残り七人。
直人は紙を見る。
失敗、と書きかけてやめた。
「戻る」
黒瀬が聞く。
「七人残ってるぞ」
「だから戻る。昼までに帰るって決めてた」
「了解」
効率を上げるために増やした荷物で、帰還条件を壊すわけにはいかなかった。
◇
午後零時二十二分。
PANDEMONIUMへ戻る。
依頼した女も戻っていた。
直人は七人分の袋をテーブルへ置いた。
「全部は無理だった」
女が袋を見る。
「すみません。私、まとめた方がいいと思って」
「俺も思った」
直人は一覧を広げた。
「住所と注文だけじゃ足りない」
その横へ新しく書く。
《受取可能時間》
《移動予定》
《呼び出し方法》
《本人以外の受取可否》
高校生が覗き込む。
「増えましたね」
「人が増えたからな」
◇
午後一時九分。
直人は十五人を一便として見るのをやめた。
朝。
昼。
夕方。
動ける人。
動けない人。
見張りをする人。
眠る人。
子どもがいる部屋。
別の場所へ移る人。
同じ団地に住んでいても、同じ時間を生きてはいない。
地図の一本の線だけでは、その違いは見えなかった。
◇
午後二時三十四分。
高校生が聞いた。
「じゃあ、まとめない方がいい?」
直人は首を振る。
「まとめられるところはまとめる」
「どっちなんですか」
「運ぶ側だけ見て決めないってこと」
高校生は少し考えて、ノートに書いた。
直人は止めなかった。
◇
午後三時十一分。
七つの紙袋がまだテーブルにある。
秩序が横を通る。
「お持ち帰りの商品は、お早めにお召し上がりください」
直人は袋を見る。
「そうだな」
時間が経てば、運べば済むという話でもなくなる。
明日に回せないものもある。
次に運ぶなら、数だけでは決められない。
直人は一覧の一番上に、新しく一行を書いた。
《十五人分ではなく、十五人》
昨日一本だった線は、今日、初めて枝分かれした。




