↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
107/195

第107話 十五人分


五十二日目、午前七時四十六分。


昨日の線が、地図に残っていた。


南の団地、三号棟まで。


直人はコーヒーを置き、その線を指でなぞる。


高校生が横から言った。


「今日も行くんですか」


「頼まれれば」


「何個まで?」


「決めてない」


答えた直後、入口から声がした。


「じゃあ、十五人分でも?」


◇


午前七時四十八分。


声をかけたのは、四十代くらいの女だった。


昨日、南の団地から来たという。


手には紙がある。


名前が十五人分。


その横に注文が書かれていた。


「同じ団地です。三号棟と四号棟」


直人は紙を受け取る。


「十五人、全員ここまで来られない?」


「来られる人もいます。でも、一回で持っていった方が楽でしょう?」


確かに、運ぶ側だけを考えればそうだった。


◇


午前八時三分。


注文はまとめた。


バーガー九。


別のバーガー六。


ポテト十一。


ドリンク七。


直人は紙の端に個数を書く。


「一回でいけるな」


黒瀬が袋を見る。


「重さは?」


「持てる」


高校生が言う。


「昨日一件だったのに、急に会社みたいですね」


「会社じゃない」


直人は即答した。


それでも、十五件を一つの便にまとめれば効率がいい。


昔なら、そう考えた。


◇


午前八時二十六分。


注文品が揃う。


直人は名前ごとに袋を分けた。


番号を振る。


一から十五。


受取人一覧。


棟。


部屋番号。


不在なら持ち帰り。


「これなら間違えない」


高校生が感心したように見る。


「昨日よりちゃんとしてる」


「昨日やって足りなかったからな」


直人は十五人を、一枚の紙にきれいに収めた。


◇


午前九時十七分。


三号棟へ着いた。


昨日の女が入口にいた。


「今日は多いですね」


「十五人分」


「そんなに?」


直人は少し得意になった。


「まとめた方が早いから」


女は一覧を見る。


「あ、この人、午前は寝てます」


「え?」


「夜ずっと見張りしてるから」


直人の指が止まった。


◇


午前九時二十一分。


二人目。


「この人は四号棟じゃないです。昨日から一号棟の娘さんのところ」


三人目。


「耳が遠いから、ノックじゃ出ないです」


四人目。


「この人、今朝から熱があるって」


五人目。


「子どもが寝てるから、昼までは来ないでほしいって言ってました」


直人は一覧を見る。


十五人。


十五の住所。


十五の注文。


それだけでは、十五人分になっていなかった。


◇


午前九時三十八分。


「一か所に集めてもらうのは?」


直人が聞く。


女は首を振る。


「来られない人がいるから頼んだんですよね」


「じゃあ、動ける人だけでも」


「見張りを抜けられない人もいます」


黒瀬が直人を見る。


直人は黙った。


一括にした時点で、受け取る側にも一括で動いてもらうつもりになっていた。


◇


午前九時五十二分。


まず、起きている人から回った。


一〇二。


二〇七。


三一一。


渡すたびに時間がかかる。


名前を確認する。


袋を探す。


事情を聞く。


次の部屋へ向かう。


四件目で、予定していた時間を越えた。


黒瀬が言う。


「全部やる?」


直人は時計を見る。


「やらない」


即答した。


「今日中に十五件、を目標にするのやめる」


◇


午前十時十九分。


夜番の男の分は、預けなかった。


本人へ渡すという昨日の条件を変えない。


移動した人の分も持ち帰る。


熱がある人には、扉越しに声をかけた。


「食べ物だけです。薬は持ってきてません」


中から返事がある。


袋を直接受け取れることを確認して渡した。


直人の一覧には、丸だけでなく矢印や時刻が増えていった。


◇


午前十一時六分。


十五人のうち、渡せたのは八人。


残り七人。


直人は紙を見る。


失敗、と書きかけてやめた。


「戻る」


黒瀬が聞く。


「七人残ってるぞ」


「だから戻る。昼までに帰るって決めてた」


「了解」


効率を上げるために増やした荷物で、帰還条件を壊すわけにはいかなかった。


◇


午後零時二十二分。


PANDEMONIUMへ戻る。


依頼した女も戻っていた。


直人は七人分の袋をテーブルへ置いた。


「全部は無理だった」


女が袋を見る。


「すみません。私、まとめた方がいいと思って」


「俺も思った」


直人は一覧を広げた。


「住所と注文だけじゃ足りない」


その横へ新しく書く。


《受取可能時間》


《移動予定》


《呼び出し方法》


《本人以外の受取可否》


高校生が覗き込む。


「増えましたね」


「人が増えたからな」


◇


午後一時九分。


直人は十五人を一便として見るのをやめた。


朝。


昼。


夕方。


動ける人。


動けない人。


見張りをする人。


眠る人。


子どもがいる部屋。


別の場所へ移る人。


同じ団地に住んでいても、同じ時間を生きてはいない。


地図の一本の線だけでは、その違いは見えなかった。


◇


午後二時三十四分。


高校生が聞いた。


「じゃあ、まとめない方がいい?」


直人は首を振る。


「まとめられるところはまとめる」


「どっちなんですか」


「運ぶ側だけ見て決めないってこと」


高校生は少し考えて、ノートに書いた。


直人は止めなかった。


◇


午後三時十一分。


七つの紙袋がまだテーブルにある。


秩序が横を通る。


「お持ち帰りの商品は、お早めにお召し上がりください」


直人は袋を見る。


「そうだな」


時間が経てば、運べば済むという話でもなくなる。


明日に回せないものもある。


次に運ぶなら、数だけでは決められない。


直人は一覧の一番上に、新しく一行を書いた。


《十五人分ではなく、十五人》


昨日一本だった線は、今日、初めて枝分かれした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。