↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
106/150

第106話 届けられますか


五十一日目、午前八時十二分。


東の倉庫跡を見に行く準備をしていると、入口で男に呼び止められた。


「すみません」


直人が振り向く。


見覚えはある。


何度か店へ来て、持ち帰りを頼んでいた男だった。


男は紙袋を二つ抱えている。


「これ、届けてもらえませんか」


直人は紙袋を見る。


「俺に?」


「はい」


◇


午前八時十四分。


「南の団地に、うちの姉がいるんです」


男は地図を出した。


「昨日、ここまでは行けた。でも、その先に三体いて」


指先が団地の手前で止まる。


「姉は足が悪い。店まで来られないんです」


紙袋の中身はバーガーとポテトだった。


直人はカウンターを見る。


「店の配送ってないんですか」


男もつられて見る。


秩序が別の客の注文を取っていた。


◇


午前八時十七分。


直人が秩序へ聞いた。


「これ、届けてもらうことってできます?」


「当店の商品配送サービスについてのお問い合わせでしょうか?」


「そう」


「現在、こちらの店舗ではお客様指定地点への配送サービスは承っておりません」


男の肩が落ちる。


直人は続けた。


「じゃあ、俺が持っていくのは?」


「お客様がお買い上げになった商品を、別のお客様が店外で運搬されることについて、当店から配送サービスとしてお引き受けすることはございません」


「禁止ではない?」


「店外でのお客様同士の受け渡しについて、当店が配送品質や安全を保証することはできません」


直人は頷いた。


店は運ばない。


人間が運ぶなら、それは店の仕事ではない。


◇


午前八時二十三分。


男が言う。


「無理ならいいです」


直人は地図を見る。


南の団地。


昨日、候補にした古い集会所より少し先だった。


「何号棟?」


男が顔を上げる。


「三号棟」


「部屋は?」


「二〇四」


「受け取れるのは本人?」


「姉か、息子がいます」


「連絡は?」


「電話はつながらない」


直人の質問が増えていく。


自分でも、途中で気づいた。


昔の仕事と同じだった。


◇


午前八時二十八分。


「住所だけじゃ足りない」


直人は紙を出した。


「入口はどっち。階段使える? オートロックは?」


「オートロックは止まってます。入口は東側」


「本人がいなかったら?」


「置いてきてください」


直人は首を振った。


「食べ物だろ。誰が取るか分からない場所には置けない」


男が黙る。


「受け取る人がいなかったら持って帰る。それでいい?」


「……はい」


「あと、時間は約束できない」


「今日中なら」


「今日中も約束しない。危なかったら戻る」


男は少し迷ってから頷いた。


◇


午前八時三十六分。


黒瀬が横から地図を覗いた。


「南なら途中まで一緒に行く」


「倉庫は?」


「明日でもいい」


由佳が言う。


「昨日、外に線を伸ばすって言った翌日にこれか」


直人は苦笑した。


「まだ線じゃないよ。一個運ぶだけ」


高校生がノートを開く。


「でも、店から外に出るんですよね」


「俺がな」


直人はそこを言い直した。


「店が届けるんじゃない」


◇


午前九時四分。


紙袋をそのまま持っていくのはやめた。


中身を確認する。


注文内容。


個数。


受取人。


依頼した男の名前。


直人は紙へ書く。


高校生が覗く。


「細かいですね」


「間違えたら食う人が困る」


「仕事でやってたんですか」


直人の手が止まる。


「昔な」


「何の?」


「物流」


それだけ答えた。


◇


午前九時二十二分。


店を出る。


黒瀬が先に周囲を見る。


直人は紙袋を胸の前で抱えた。


武器ではない。


水でもない。


自分の食料でもない。


誰かが、別の誰かに食べてほしいと買ったものだった。


店から百メートル離れたところで、直人は一度振り返る。


PANDEMONIUMの看板はまだ見える。


◇


午前十時十一分。


南へ向かう道で、放置車両が道を塞いでいた。


黒瀬が左を指す。


「こっち」


細い路地へ入る。


直人は紙袋をぶつけないよう身体の向きを変えた。


昔なら、荷物の大きさ、道幅、所要時間、受取時間を先に考えた。


今はその前に、逃げ道を見る。


それでも頭の中で道が組み替わっていく感覚は同じだった。


◇


午前十時四十八分。


団地が見えた。


三号棟。


東側入口。


直人は紙を見る。


「ここから一人で行く」


黒瀬が言う。


「入口まで見る」


「じゃあそこまで」


二人で進む。


階段の前に、人影はない。


二階へ上がる。


二〇四号室。


直人が扉を叩いた。


返事はない。


もう一度。


「PANDEMONIUMからじゃないです。弟さんから預かり物です」


中で音がした。


◇


扉が少し開く。


女がこちらを見る。


「……弟?」


「店で会いました。これを」


紙袋を見せる。


すぐには渡さない。


「お名前、確認していいですか」


女が名乗る。


紙にある名前と同じだった。


直人は袋を渡した。


女が両手で受け取る。


「いくらですか」


「もう払ってあります」


「あなたに」


「俺はいいです」


女は困った顔をした。


直人も、少し困った。


◇


午前十一時二分。


帰り道。


黒瀬が言う。


「できたな」


「一件だけ」


「一件でも」


直人は空になった手を見る。


昨日までは、外へ出る理由は自分たちのためだった。


見る。


探す。


戻る。


今日は、店に来られない人のところまで何かを運んだ。


PANDEMONIUMが広がったわけではない。


配送サービスが始まったわけでもない。


人間が勝手に、店と外の間へ一本の往復を作っただけだった。


◇


午後零時十六分。


店へ戻る。


依頼した男がまだいた。


直人を見るなり立ち上がる。


「どうでした?」


「本人に渡した」


男の肩から力が抜けた。


「ありがとうございます」


直人は地図を開いた。


今日通った道に鉛筆で線を引く。


高校生が横で見る。


「また頼まれたら?」


直人はすぐには答えなかった。


線の先には、三号棟がある。


「まず、何を運べるか決めないとな」


昨日の地図には、使えそうな場所へ丸が三つあった。


今日はそこに、初めて人のいる場所まで線が一本伸びた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。