第104話 朝には同じ店
四十九日目。
直人が目を覚ますと、コーヒーの匂いがした。
カウンターの照明は点いている。フライヤーの音がする。
「おはようございます」
秩序が客へ言った。
直人は毛布の中から由佳を見る。もう起きて、母の薬を確認している。
森田も起きていた。
二人はまだ離れていた。
森田が鞄から地図を出す。
昨日まで使っていた共有テーブルを一瞬見たが、そこへは置かなかった。
自分の席で膝の上に広げる。端が垂れ、見づらそうだった。
由佳も見ていた。何も言わない。
高校生が来た。
「朝、何にします?」
「コーヒー」
「昨日もそれじゃないですか」
「朝はだいたいそうだろ」
高校生は入口を見る。
「まだ来ないですよね」
「朝だぞ」
「分かってます」
髪はもう整っていた。
森田が地図を畳み、双眼鏡を鞄へ入れて立ち上がった。
由佳と目が合う。
昨夜なら、どちらかが先に視線を外していた。
「外、行くの」
由佳が言った。
「うん」
「何時くらい」
「昼前には戻る」
「そう」
森田が入口へ向かう。
「森田」
振り向く。
「靴」
森田が足元を見る。
昨日、由佳が怒っていた泥のついた靴だった。
入口脇の布で底を拭く。
「これでいい?」
由佳は一拍置いた。
「うん」
森田は外へ出た。
若い女が来ると、高校生が立った。
「おはよう」
今日は高校生から言った。
「おはよう」
「昨日、聞こうと思ってたんだけど」
「何?」
高校生は一度、直人を見る。直人はコーヒーへ視線を落とした。
「名前、聞いてなかったなって」
女が少し笑う。
「今さら?」
「今さら」
由佳は洗濯物を畳み、美咲の子どもは図鑑を開いている。
直人は昨日一日誰も座らなかった共有テーブルへトレーを置いた。
少しだけ迷ってから座る。
何も起きない。
昼前、森田が戻った。
入口で靴底を拭く。朝より丁寧に。
由佳は母と話している。
森田は声をかけず、自分の席へ荷物を置いた。地図もそこへ置く。共有テーブルには広げない。
直人は気づいた。
由佳も、たぶん気づいていた。
誰も何も言わなかった。
昼になると、森田がカウンターへ向かった。少し遅れて由佳も立つ。
昨夜と同じように、二人の行き先が重なった。
森田が由佳に気づく。
今度は引き返さない。
「先どうぞ」
由佳が言う。
「いや、そっち先だった」
「じゃあ先行く」
「うん」
由佳が注文し、森田は後ろで待った。
注文を終えれば、二人はまた別々の席へ戻る。
夕方、由佳が空いた共有テーブルへ洗濯物を置いた。
一枚ずつ畳む。
森田が横を通った。
テーブルを見る。
そのまま通り過ぎる。
由佳も顔を上げなかった。
カウンターから声が飛ぶ。
「お次のお客様どうぞー」
由佳の手元で、畳まれた服が一枚増えた。
森田の鞄から、地図は出てこなかった。




