白うさぎ√第2話「本性」
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放課後、小桜 栄は地味な私服に着替えある高校へと近づいていた。
白銀高校。栄の住む町からは同じ路線内で向かえる場所にあり、栄の通う中学より都会に近い。小綺麗な校舎に枯れ木がぽつぽつと存在していて、今は部活動に勤しむ学生たちがいるのが確認できた。
「白うさぎのことを調べて欲しい」
それがアリスから伝えられた、次のやるべきことだった。
弟である三月うさぎから聞いた名前、通っている学校。それだけが頼りだ。
それだけしかないが故に、無計画な栄は怪しげに校舎の周りを散歩中の一般人のフリをして歩き回ることしかできていなかった。
ここに出向く前に、SNSでも調査を入れてみていた。だが、本名で引っかかることはなくこれもまたハズレだった。
校舎の周りをうろつくこと4周目、どうしようかと挙動不審になってしまう。5周目に入るか、それとももう誰かへ声をかけるか。
そんな時、逆に声をかけられた。
「キミさっきからずっとここらへんいない?なんか探してんの?」
「きゃ……!!?」
ギャルだ。普段接することのないタイプの女性で、栄は話しかけられたことに増して驚いてしまい変な声をあげた。
「あービビらせたいわけじゃないんだって!」
「えー怖がってんじゃん」
「ウチの生徒じゃないじゃん。何の用?」
複数の集団でいたようで、その一人が話しかけてきたことにより一斉に声をかけられる。
「あ、あの、ええと、探してるひと……がいて……!」
「えー誰?彼氏待ち?」
「あっえっと」
彼氏。一旦そういうことにしておいた方が話が早いかも知れない。
栄は否定するのをやめ、肯定もせず嘘はつかないスタイルで行くことにした。
「あの……夢矢満月って人を探してて……」
えへ、と誤魔化すような笑みを浮かべる。
だが女子達はお互いの顔を見て、三者三様の声を漏らす。
「え〜〜よりによってアイツ?趣味悪〜」
「言っちゃダメだってそんなこと」
「えっでもさあ……」
女子達が集まって小さな声で話し出すが、普通に聞こえてしまう。
「アイツがこんな垢抜けない中学生と付き合う?」
「いや顔面かも」
聞こえています。と、栄は心の底から思いながらもツッコむことができない。垢抜けないと言われたことがショックで心に傷を負いながらも、話を続けることとする。
「あ!わかった彼女じゃなくてアイツのこと狙ってんだ」
「!!えっと実はそう……です……」
嘘はつかないでいたかったが、この場を潜り抜けるためには必要だと判断し多少の嘘をついてしまう。でも、この嘘なら白うさぎ……夢矢満月にあらぬ迷惑をかけることもないだろう。
「やめておいた方がいいと思うけど〜面白そうだし色々教えてあげよっか〜?」
「今から新作飲みに行くつもりだったんだけど一緒いこーよ」
「は、はい!お願いします……!!」
半ば強引とも言えるが、女子達に連れられ栄は近場の有名カフェチェーン店へ向かうこととなった。
だけど、趣味が悪いだとか、ここまで言われているのはどうしてだろう。悪口ではないだろうか。白うさぎは良い人なのに、と栄は少しモヤモヤとするような気持ちを抱えていた。
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アリスは点々と自身の血に汚れたエプロンドレスを着替え、脱いだ服と向き合っていた。
一度は死に瀕したような、恐怖が血とともに染み付いている。心や記憶もこのエプロンのように洗えたらよかったのだが、そうも簡単にはいかず無心になるように言い聞かせながらエプロンを洗い続ける。
水を絞ったエプロンを干して、一息をつく。
ここにくるまで、ハートの女王は後始末をすると言っていたが、アリスとしては何かしていないと落ち着けなかったためその手伝いを断って今に至る。
「……なんだったんだ」
突然の、痛み。そして吐血。内臓に起きた異常。
あれは普通ではない。
食後、数分後にあれが起きた。ミステリものなら毒だと思うが、それを確かめる手段は既に無くなった。
仮に、毒だったとして。誰が?
誰かを疑うような真似はしたくない。
アリスは首を横に振り、雑念を振り払う。
何より気にするべきは、現場にいたハートの女王に三月うさぎ……あの二人が、記憶がすっぽりと消えたような振る舞いをしたことだ。
三月うさぎはともかく、ハートの女王が演技でそんなことをするとは思えない。
何が起きているのか、まるで理解ができなかった。
ふと、甘い香りがする。
チェリーを煮詰めたような甘ったるい匂いが漂ったかと思えば、それはホワイトムスクのような優しい香りへと変わり、やがて煙が湧き出て人の形を作り出した。
チェシャ猫だ。
最近、こんな匂いがしたらチェシャ猫がいる合図だとわかるようになってきた。アリスは大して驚くこともなく、チェシャ猫の方を向く。
「やっほーアリス。どう?気分は。何かあったの?洗濯なんてしちゃってさ」
「お前は何も知らなそうだな。ああさっき変なことが起きて……」
「変なこと?なにそれ」
「急に具合が悪くなったと思ったら倒れてしまって……ハートと三月に助けてもらったんだが、変なんだ。二人がそのことを覚えてない」
「……?」
チェシャ猫が首を傾げている。わざとらしいおどけた仕草ではなく、本気でクエスチョンマークを浮かべている。
「……お前何か知らないか」
「知らないよ。なにそれ。アリスが変なこと言ってない?」
「嘘じゃない。……というか、お前」
今更気がついたが、チェシャ猫は大体アリスのそばにいる。ストーキングをされていると言っても過言ではない。それなのに。
「なんで来なかったんだ?」
「えっ?マジで何の話?」
「だから、私が倒れた時」
「アリスは別に倒れたりしてなかったさ。見てたよ?見てたけど……」
と言ったところで、再び首をかしげた。尻尾が下を向いて垂れ下がる。
「……なんか、変だなあ。気づいたらアリスが座ってて、あの二人がいて……」
「もしやお前も記憶が抜けてるのか」
正直、チェシャ猫がそうだった時のことは考えていなかった。
「俺にもなんか起きてるの?冗談じゃないよ。おかしな話〜」
「はあ」
「それさぁ、他にもおかしなことなかった?些細なことでもいいのさ、全ては手がかりなんだから」
「他に変なことは無かった。強いて言うなら……」
思い出そうと記憶を探る。あの時、アリスも必死だった。故に記憶が曖昧なところがあるかもしれないと思いながら何があったか遡ってみる。
「タルトを食べた後に体調を崩したのと……三月のやつが解毒薬をくれて……時計の音がして……そしたらあいつらがぽかんとして……」
「ヘエ〜」
「それくらいか……?」
「フゥン。役に立つといいねその情報」
「ところで白うさぎは?近くにいたでしょ、何してたの?」
「知らない。全てが終わってから来て後片付けをしてくれた」
「優しいね〜」
チェシャ猫はふわりと浮くと、再び煙に包まれる。
「もう行くのか」
「もっと話したかった?」
「正直な」
「ゴメンね〜また別の機会に」
それだけ言うと彼の姿は消えてしまう。
今はまだ誰かといる方が安心できたのに。アリスは溜息をついて、ランドリールームを後にしようと立ち上がる。
着替えたエプロンドレスのしわを直していたところ、ドア付近に漏水があるのが見えた。
「……これ、ハートのやつに言っておかないといけないやつか」
どこからか漏れている水。だが大して気にすることでもない、アリスはドアを開ける。
その時、足が水に触れた。
「……い゛っ!?」
衝撃が身体中を走り抜ける。脳まで貫通する痛み、一瞬で全てを支配されるような感覚。
例えるなら電流を受けたような。
経験はない。だがそうとしか例えられない。
その場に崩れ落ち、ランドリールームの床に倒れ込む。
すると煙が再び急速に形を表した。
「アリス?え、何があったの。今の何?」
「ちぇ……!!チェシャ猫!助けろ!!」
かろうじて舌は回った。即死を免れたことが奇跡かもしれないとさえ思う。
チェシャ猫は困ったように眉を下げながらも口角を歪にあげている。
「中途半端にやられるとしんどいよな〜とりあえず眠りネズミとか呼びつけ……」
そこまで言ったとき、音がする。
時計の針が時を刻んだような音。それが鼓膜の奥まで響き、ぐわんぐわんと鳴り続ける。
するとチェシャ猫は呆然とした顔でアリスを見下ろした。
「……?何してんのアリス。床掃除?」
「はあ!??」
「そんな怒らないで」
再び、記憶が抜けたように彼は語る。だがチェシャ猫の態度だけは信用ならない、それがまた思考を余計に揺らす。
「な、なんなんだ……」
ゼェハァと息を荒くし、アリスはどうにか上体を起こした。
「とにかく俺は行かなくちゃだから〜じゃあね〜」
「おい!!」
アリスが引き留めても、煙となって消えてしまい伸ばした腕が残った煙を掻いた。
「くそ……!!」
しばらくその場で息を整え、今度こそ水に触れないよう外に出る。
「やあ、大丈夫?」
廊下にいたのは白うさぎだった。
「……白うさぎ。ここには近寄らない方がいいぞ、危ない」
「危ない?何かあったの?」
「感電した」
「……ふーん」
「さっきからおかしなことばかり起こる……!あいつらも変だし、死にかけるし、もしかして私が変なのか……?」
「落ち着いてよアリス。そろそろ日も暮れるし、今日は休んだ方がいいんじゃない?」
「ああ、そうさせてもらう。もう今日はダメージが多すぎる」
「うん」
そう会話を交わし、二階の自分の部屋へ向かおうとアリスは階段へ踏み出した。
一段、二段と上がっていき踊り場まで進む。
そこで足音がもう一つした。
白うさぎの部屋も二階にある。彼ももう自室へ戻るのだろうと思って、大して気にはしなかった。
その時、違和感を覚える。
彼の言動ではなく、自身の身体に。
脇腹が痛い。背骨にかけて、あつく熱をこもらせている。
血がぼたぼたと床を汚している。
そして理解する。
脇腹を、切られた。
刺される寸前だったかもしれない。ふと、何か、殺気のような悪意を感じ身体を少しだけ捻らせたおかげで切られるだけにとどまった。だが、血が止まらない。
見れば、白うさぎが血に汚れた細いナイフを手にしていた。
「……し、ろ」
白うさぎ。そう呼ぼうとした時、身体を強く押される。
アリスの身体はそのまま階段を落下し、何度も強打し血で跡を作りながら地面へ転げた。
「白、うさぎ、お前ッ……!」
「……アハッ、まだ生きてんの!?しぶといねぇ……」
「お前がやってたのか!?コレ……!!」
白うさぎは目を細め、踊り場からアリスを見下した。
その瞳は最早敵のそれでしかなかった。完全なる悪意をもって、自分を見ていた。羽のもがれた蝶を汚いものだと思うような、そんな意思が透けて見える。
口から血を吐くのも2度目だ。身体が危機感をこれ以上ないほどに覚えているのに、うまく動かない。
一歩、一歩と白うさぎが降りてくる。
「な、何考えてるんだ……!!正気じゃない!!」
「うるさいなあコレでも正気だよ……」
夕陽が差し込み、影を作り出す。白うさぎの顔が徐々に影で見えなくなっていき、心の内が更に掴めなくなる。
それでも尚、声色は焦燥感に駆られ、憎悪のような感情をチラつかせていた。
「お前か?封筒、読んだの。封筒……見ただろ。お前だろ」
「何の話だッ……」
封筒。図書室で彼が隠していた真っ赤な封筒。あれのことだろうか。
「お前が隠したのは見た!!だけどその中身は知らない!!」
「ああそう、隠したのは見ちゃったか〜やっぱり見てたよね……じゃあやっぱお前から、殺さなきゃ……」
彼が改めてナイフを握り直し、アリスを見やる。
まずい。
そう思った時、誰かの走ってくる足音がする。
「……アリス、ちゃん!?」
状況を見て恐怖の声を上げたのは、栄だった。
「栄ッ……!!」
栄は白うさぎとアリスを交互に見て、飛び出すようにアリスの前へ出た。
「や、やめて!!!やめて!お願い!!」
「邪魔が増えたなあ……」
「やだ、やだやだやだ!!こ、これ以上……アリスをいじめないで!!満月さん!!」
そこまで聞いた白うさぎがぴくりと耳を反応させた。
「満月?……名前言った覚えないんだけど」
「……ぁっ」
「栄!!逃げろ!!!」
「ああもう面倒くさいなあ!!」
そう怒りを滲ませた声を荒げ、白うさぎはポケットから何かを取り出した。
それは懐中時計だった。
カチリ。
瞬間、何度か聞いた、時の刻まれる音が再び響く。脳内に存在を主張するようなクッキリとした固い音がして、そこからは。
栄が状況を理解しないまま、呆然とした。
血は残されたまま、身体は今も痛みを訴えている。
白うさぎは素早く階段をあがり姿を消した。
「……アイツ、なんかしたな……!!!」
音の正体。タイミング。何もかも、白うさぎが何かしていたとしか思えない。
懐中時計。あれがキーアイテムだろうか。
思考を回そうにも鈍痛が脳にまで伝わって、ぐちゃぐちゃにされる。
「……アリスちゃん!?」
「栄!!」
また、記憶が抜けたように、初めてこの光景を見たように彼女は怯えた表情を浮かべた。
「あ、アリスちゃん……!?なにこれ……!?血、血が!!大丈夫……!?だ、だれか、誰か呼んでくるッ……!!」
「待て!!」
アリスは必死に栄の袖を掴み、引き留め、半ば睨みつけるような形になりながらも目を合わせた。
「白うさぎについて何かわかったか!?」
「え!?わかった、けど、でもそれどころじゃ」
「なんでもいい!教えろ!!!」
栄にとっての優先順位はアリスの方が上だったが、その彼女の形相に身体が引く。
「ご、ごめん、わかった、私が眠っちゃう前に全部言うっ、あのね!!あ、あの……」
彼女は口をパクパクとさせたあと、焦った、恐怖の表情のままにそれを叫ぶ。
「満月さんは悪い子なの!!!」
「……な」
「満月さんは、満月さんは」
「いじめっ子、なの……!!!」
…………………………………………………………
「……えっ」
栄は勧められるがままに購入した新作のドリンクに、二口目をつけられずにいた。
「だからアイツ超ヤバいんだよね〜だってうちのクラスの治安おわってんの大体アイツがやってんじゃん」
「性格も趣味も悪いよね〜付き合いはいいけどさ〜」
「遊ぶ分には楽しいんだけどねー!」
キャハハと笑う女子達の声が、段々と怖くさえなってくる。自分とはまるで違う、異世界に生きている人たちのような気がしてきた。
「やってること警察に見つかったら1発アウトみたいなことばっかりだしさ、よく先生も何も言わないよね」
「贔屓されてんでしょ」
「顔と成績だけはいいもんね」
頼んだのはホットドリンクのはずなのに、それに触れているはずなのに、段々と温度を感じられなくなってくる。
悪口で盛り上がる人間と対峙していることが気まずい。
「ぐ……具体的には、どんなことを」
「気になる?高校生がやっちゃダメなこととかだよ。想像できる?」
「いじめに関しては主犯格だし。取り巻きも大抵ヤバいやつしかいないけど命令してんのとか全部アイツじゃん?見るからにヤバいよ」
「まあ……1番金持ってるし従っときゃいい思いできるからね〜」
いじめ。白うさぎと全く結びつかないワードにぐるぐると意識が掻き乱される。
あの、清廉潔白そうな白うさぎが?
「いつもいじめられてる子もほんと可哀想だよねー」
「弟さんも家で殴られてたりして。可哀想〜」
栄はドリンクを握ったまま勢いよく立ち上がる。席がガタ、と大きく音を立てた。
「あ、あの、ありがとうございました。もう結構です」
限界だった。
栄にそういった話の耐性は、全くと言っていいほどに無い。
「そ?ま、とにかくあの男はやめときな〜」
笑い声をあげ、彼女たちは栄抜きに学校の話を続けた。
白うさぎのことを調べた方がいい。頭ではわかっているのに、それ以上聞いていられない。
栄はその場から逃げた。足早に帰宅し、はやく不思議の国に行かなければいけないと必死になった。
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「だから、だめなの。満月さんは、いじめっ子で、それも主犯で!!高校生がしたらダメなこととかしてて……もしかしたら三月さんのことも殴ってるかも知れなくて」
「いじめ」
階段上から見下す、あの瞳を思い出す。
あの視線を日常的に受けている人間がいるかもしれないという事実に、思うことがないわけではなかった。
「アリスちゃん、あの子と関わるの、怖いよ!やめておこうよ!!」
「ッ実はこの傷」
アリスが傷のことを伝えようとした時、栄が殴られたように首をがくんと落とす。
「……!!どうしよう、もう、現実に戻らないと……!!でもアリスちゃんが……!」
「わかった、誰か、呼んできてくれ……、栄、調べてきてくれてありがとう」
それを聞くと彼女は頷きを一つ返して、人を呼ぶように声をかけながら走り出した。
アリスは腹部にまで伝わる痛みに耐え、傷を抑えながら縮こまる。
何度も、白うさぎの顔がよぎる。
あんなに綺麗な面の皮、その下にこんなことを隠していた。
栄の調べてくれたことがどれぐらい事実かはわからない。
だが、アリスを襲ってきたことだけは事実だった。
数時間後、夜。
普段は引きこもっている眠りネズミだったが、この事態を聞いて城まで出向いていた。
眠りネズミはアリスの傷に適切な処置をし、状態を確認しながらアリスの隣に座っていた。
「うん。もう大丈夫そうだね〜止血もかんぺき。もうこれ以上どうかなっちゃうことはないと思うよ〜」
「ありがとう」
正直、わざわざ来てくれるとは思っていなかった。眠りネズミが地上にいるところを見るのは何と言ってもこれが初めてなのだから。
「びっくりしたあ。でもよく耐えたね〜」
「私も、死ぬかと思った」
「下手してたら死んでたよね」
「あっさり言わないでくれ」
医学の心得がある人間にそう言われると一層危機感を覚える。
そう、ここに来てわかったのは眠りネズミに案外そういった知識があったことだ。手慣れた処置にアリスは内心驚いていた。
「でも……なんでぇ?アリスがこうなっちゃった理由、わかったら聞かせてねえ」
「……わかった」
そうして、眠りネズミはその場を後にした。
眠りネズミも疑問に思っていた。だが、心配しているのは何も彼一人ではない。
状況に気がついたハートの女王、三月うさぎ、チェシャ猫も……他のみんなも、どうしてこのような話になったのか不思議に思っている。
だが、アリスも白うさぎに関しての情報は思考を整理してから正しい伝え方をしたかった。危険人物だということには違いない、だがどうにも気にかかることがあった。
白うさぎがこちらを襲う時の、明らかな焦燥。
封筒の話。
怒りに混ざった、他の感情。
一筋縄ではいかないような彼の様子に、どこか……みんなにこの話を伝えることを躊躇わせるものがあった。
そんな時、扉が開かれる。
「……なっ」
そこにいたのは白うさぎだった。
「何しにッ……!!!」
「まあ落ち着いてよ。外で三月うさぎが見張りをしてるんだ」
彼は軽く微笑むと、先程まで眠りネズミが座っていた椅子に腰掛ける。
ベッドのすぐ隣に、元凶がいる。傷が再び熱をもつような感覚に、眉間に皺がよる。
「お見舞いだよお見舞い。大変だったね?」
「大変だったも何もお前が」
「何のこと?」
「とぼけるな」
「あは、だから何の話……」
「お前、記憶あるだろ」
「……そのセリフ、そのまま返すよ」
視線が交わる。
アリスは敵として睨んでいるというのに、白うさぎは見下すような貼り付けた笑みを浮かべていた。
「ほんと、何で覚えてんの?なんで効かないかなあ。主人公補正ってヤツ?」
「お前も運が悪かったな」
「お前なんか狙わなきゃよかったよ」
お前から殺さなきゃ。
そう言った、彼の言葉と向き合う。
「白うさぎ。何のつもりで、私を……いや、私達を狙ってる?」
無言になる。
「お前から、と言ったということは他の奴も同じような目に遭わせるつもりだろう」
「そんなこと優しい僕がすると思う?」
「思う」
「へぇ」
「お前はいじめる側の人間で、犯罪に手が緩んでいるのかも知れないが……殺人はダメだ。きっと後悔する」
「……そこまで知ってるのかよ」
案外、否定しなかった。
ということは、栄の調べてくれたことは……事実ということだ。
「ほんと嗅ぎ回るのが得意だねえお前は。汚らしい鴉みたいだ。人を利用してまで僕のことが知りたかったわけ?」
「利用じゃない。協力だ。人聞きの悪い」
「事実でしょ?いいように言い換えんなよ、善人のフリしてさ」
「どうしてそんな露悪的な言い方をするんだ?」
既に本性など隠す気がないように彼は乾いた笑いをあげた。
「善人ですって顔してる奴が気に食わないだけ」
「そんなの、お前がついさっきまでしてたことだろ」
「ちゃんと理由はあるんだよ?優しい僕の顔をしてる理由」
彼に、くすりと笑われた。
「それこそ、今みたいにさ!アリスが僕のこと周りに訴えたって信じてもらえない状況を作るため!優しい僕がそんなことするわけないからね!」
「……お前、覚えとけよ」
アリスの声に怒りが見え隠れすれば白うさぎは挑発するように微笑んだ。
「何?僕が?みんな殺そうとしてるって?なんで?理由もわかんないのに?そんなわけないじゃん、誰も信じてくれるはずないね」
「私一人でお前のその狂った考えをどうにかしろって?」
「その通り。できるもんならやってみろよ」
奥歯を噛み締める。
アリスには人生の記憶が無い。だが、このような怒りを覚えたのは流石にこれがはじめてだろうと思わせるほどの熱があった。
白うさぎはその場にリンゴを現せ、持っていたナイフでそれを簡単に切った。彼がナイフを持っているだけで拒否反応が出そうになる。
切られたりんごは可愛らしい兎のかたちをしていた。
「どうぞ。お見舞いに来たんだから」
「私を刺したナイフで作ったそれを?お前が作ったものを?食べろって?」
「食べなくて結構。優しい僕であるための演出だよ」
それだけ置くと、白うさぎは扉へ向かい、最後に振り返った。
「じゃあね。気をつけてね?アリス」
「白うさぎ!!!」
扉が閉まる。
数秒後、三月うさぎが顔を出してきた。心配そうに眉を下げる顔はまさに弱々しいうさぎだ。兄と比べて可愛げがある。
「え?喧嘩?どうしたのアリス。大きな声出してたけど……」
「ああ……驚かせてすまない。ほんとうに、なんでも、ないんだ」
「……あ!!うさぎのりんご!!」
三月うさぎが中へと入ってくれば、切られたりんごに目を輝かせる。
「これ兄さんがやってくれたんでしょ!!」
「そうだが」
「いいなあ!兄さんね、これ上手なんだよ!オレが身体悪くした時とか、絶対に作ってくれるの!」
「……」
この子は兄の本性を知らないのだろうか。
知っていたら、こんなことは言えないのではないだろうか。それとも、既に受け入れているのか。
もし、そうだとしたら可哀想だと心配になる。
「じゃあ、おやすみ!オレも帰るね!元気になってねアリス!」
三月うさぎが去って行った後も、アリスはりんごに手をつける気にはなれなかった。




