白うさぎ√第1話「停滞、おわり」
何故、自分たちは死んでしまったのか。
『彼』のことを知らないといけない。
人に踏み込むことは危険なことでもある。だけれど、進むためには危険を冒しても探さないといけないことがある。
だから、君のことをもっと知ろうと思った。
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噴水広場。
真ん中の噴水はオーロラのような反射を持つ不思議な色をした水が溢れ、水面は金箔でも入れたように日の光を受けて輝いている。
空は快晴で、今日の色は薄い青だった。
噴水の周りには木々が並び、囲むようにヨーロピアンなベンチがある。
そしてそこに、彼は座っていた。
「白うさぎ」
彼は木からできた日陰になる席に座り、本を読んでいる様子だった。
アリスに声をかけられた白うさぎは顔を上げ、にこりと微笑んで本を閉じる。
「ああ、アリス。こんにちは」
「隣いいか」
「どうぞ」
許可を得て白うさぎの隣に座る。
日陰は白うさぎ一人分にしかなく、アリスは柔らかな陽射しを受けることとなる。
「何の本を読んでいたんだ?」
「ちょっとした小説だよ。まだ読み始めたばかりだから内容は説明できないんだけどね」
タイトルから見るに、ミステリーものだろう。アリスも知らないものだ。国の城にある図書室から借りてきたものだろうか。
先程アリスが声をかけた時には半分ほど読んでいるような気がしていたが、気のせいだったらしい。
「ほう。面白そうか」
「多分面白いんじゃないかな」
「名作だったら後で私にも教えてくれ」
「あはは、その時はね」
白うさぎは本を膝の上に乗せたままその表紙を指で撫でる。
木の隙間からできる木漏れ日が白うさぎの髪質を際立たせる。非現実的で神秘性を感じさせるふわふわとした白髪は、彼の整った顔立ちと非常に合っていた。
睫毛の一本一本さえも白く、瞬きをするたびに彼が作り物ではない人間なのだと思い出させられる。
アリスには記憶がない。とはいえ、自分の知る限り最も顔が綺麗な人物だと思う。
思わずアリスが手を伸ばせば、彼は身体を引かせた。
「え、何……?」
「髪、触っていいか」
「ああ、そういうこと。それならどうぞ」
再び許可を得て、彼の頭の横部分を触る。猫のように細く柔らかな毛は触れていて心地がいい。しかし、兎と言うべきか。
「満足した?」
「動物のようにふわふわだった」
「そう……キミ、誰にでもこういうことしてるの?」
「誰にでも、というのはどういう意味だ」
白うさぎは前を向いたまま流し目にアリスを見て笑う。
「女の子がそんな簡単に男の子に触れない方がいいよ」
「……」
「僕はそう思うけどなあ」
「私をまともに女の子扱いする奴珍しいな……」
「そこなの?」
アリスは男勝りな自覚があった。ハートの女王こそ自分を女性扱いしているが、それ以外が自分にそのような意識を持っている感覚がない。
「じゃあ、僕はそろそろ行くから」
「待て。白うさぎ、聞きたいことがある」
「何?僕に?」
ベンチから立ち上がり日陰から出た白うさぎが振り返る。
「お前の本名はなんだ」
「……ええ」
彼はくすりと笑うと、自身の口元に人差し指を当てた。
「ヒミツ」
「……そうか」
「じゃあね」
彼が去った後も噴水は水を噴き出し続け、水音だけが静かに響いていた。
夜。
空は完全な青色になり、城の灯りを目指して歩みを進める。
大広間へ足を踏み入れれば、声をかけられた。
「アリスちゃん!」
明るい声。振り向けば栄がいた。
「……!栄、来てたのか」
「うん!良かった、会えて」
「いるとは思わなかった。私ももっと早く来てたら良かったな」
えへ、と嬉しそうに顔を緩める栄だったが、すぐにハッと意識を戻し眉をつりあげる。
「アリスちゃん!私、次何調べたらいい!?頑張るよ!」
「まあ……無理はするなよ……?」
あまりにやる気に満ち溢れているものだから、少し圧倒される。
「次なんだが、直接私に繋がるかわからないが……ここの住人について調べようと思う」
「ここの人たち?」
「白うさぎについて調べてほしい」
白うさぎ、と聞いて栄もなるほどと頷いた。
「だが、現実のアイツに関する手がかりが一切ないものだから……どう頼んだものか……」
「本名とか……そういうのも?わからないの?」
「聞いてみたがダメだった」
アリスが首を横にふれば、栄は考え込んだ後にひとつ考えが思いついたように顔を上げる。
「あ!三月うさぎさんに聞いてみるのは!?」
「……!それだ」
「三月うさぎさんならさっき二階の方に上がっていくの見たよ!」
「追いかけてみよう」
アリスが歩き出すのを見て、栄も隣についてくる。二人は階段を登り、廊下に出て人を探す。
「三月うさぎの部屋はこっちにあったはずだが……」
アリスは記憶を頼りに自室まで向かう。
三月うさぎの部屋にはプレートがぶら下がり、丁寧に飾りまでついているものだからわかりやすかった。扉をノックし、声をかける。
「三月。私だ。アリス。用があるんだが」
扉の向こうからわずかにくぐもった声がした。
「……開けていいか?」
鍵が開いていたため、扉を押してみる。
すると暗い部屋の中、月の明かりだけが頼りの場所で空の薬瓶が転がっていた。三月うさぎは布団を被さり、呻いている。
「大丈夫か!?」
咄嗟に布団の方へ行けば、三月うさぎが顔を出した。涎が出ていて、枕にはまだ飲んでいない薬が沢山乗っていた。
「うゔ〜〜……」
「何があった!?」
「気分が……暗くなっちゃって……くるしくて……嫌だ……う〜〜……ッいやだ〜〜……」
どうやら発作らしい。三月うさぎの背中をさすっていれば、様子を察して栄が飲み物を持ってくる。
しばらく宥めていれば、やっと落ち着きを取り戻したようで彼は明るい顔をしていた。
「ありがとう!で、どうしたの!?急に!」
「急なのはお前だ」
急に元気すぎる。
「何か用があったんでしょ?オレに?何の用事?遊ぶの?あ!そうだね遊びたい!」
「悪いが遊びの誘いではない」
「ええ!?違うの!?」
本気で驚いているようで元々丸い目をさらに丸くする。表情が二転三転する忙しない奴だと思ってしまう。
「私が来たのは、白うさぎについて聞きたいことがあったからだな」
「えっ兄さんについて?」
三月うさぎは布団に座ったまま上体を左右に揺らしながら答える。
「何でも教えるよー!何々ー?これ何の流れー?」
「お前の兄についてもう少し知ろうかと思って」
「えーオレは?」
「お前のことも知りたいのは山々だが、一旦落ち着いてくれ」
不貞腐れつつも三月うさぎはゆらゆらと一定のリズムで揺れ続ける。
「例えば、本名とか」
「それなら、通ってる学校名とか!?」
「そこまで聞けるんだったら……」
「まかせてよ!!」
アリスと栄はオレンジのクッションを抱えたり座ったりしながら話を聞くこととした。
「兄さんの本名は夢矢 満月!満月って書いてミツキって読むんだよ!いいでしょ」
「綺麗な名前だな」
「ね!オレも夢矢 佳斗っていうの!夢矢兄弟!」
彼は楽しげに笑い、揺れるたびにウサギの耳が反応している。
「でねー学校はねー白銀高校ってとこに通ってるよ!オレも通ってたらそうだったんだけどオレは学校行ってない!」
「そうなのか。兄弟揃って同じ学校はいいな」
「ねー!!オレの親友の帽子屋もここ通ってんだー」
「そんな話しちゃっていいのかな……?」
栄だけが少しだけプライバシーに配慮しているが、話している当人はまるで気にしていないようだった。
「後何話せばいいかな?あとは〜〜」
「好きなものとかは普通に本人から聞くぞ」
「えっ……!オレは今から何を話せばいい!?」
そんな中、栄があくびをする。
つまらないのではなく、この世界から元の世界に意識が戻る時の合図だ。
「時間みたいだ。三月うさぎ、ありがとう。色々聞けた」
アリスは栄と手を繋ぎ引っ張るように立ち上がる。
「残念ー、また来てね?」
「ああ。次はお前の話をしよう」
「!!うん、そうしようね!」
彼に別れを告げ、部屋から出る。すれば栄の身体から力が抜けていき壁にもたれかかるように座り込んでしまう。
「じゃあ……アリスちゃん、次は白うさぎさんについて調べられることは……がんばってみるね」
「ありがとう、栄。頼んだ」
その言葉が限界だったようで、完全に彼女の意識がなくなる。
アリスは彼女を運び、寝かせる。
夕食。風呂。それらを終え、あとは寝るだけだったが、寝る前に夜風でも当たろうかとアリスは気分転換にバルコニーへ出た。
城の頂上であるバルコニーは広く、見晴らしがいい。
だがそこに、一人の人物がいた。
白うさぎだった。
気配に気づいた彼もまたこちらへ振り返る。
「やあ、昼間ぶり」
「お前も気分転換か」
「ん、そんなところ」
白うさぎはアリスから空へと視線を再び移す。
暗い真っ青へ染まった空には無数の星が煌めき、プラネタリウムにでもいるかのような気持ちになる。一点の満月が二人を見下ろし、都会の現実で生きていれば見る機会がないだろう景色を楽しませてくれた。
「綺麗だな」
「ね。現実じゃこんな風にならないのに」
現実、というワードにアリスは彼を見た。
「なあ、白うさぎは帰りたいんだったか」
「元の世界に?あは、そりゃ帰りたいよ。前にも言った通りね。こんな空が見れるのはいいことだけど、早いところ帰らなくちゃ」
「できれば早く帰りたいのか?」
「そうだね。現実でどんな時間が流れてるか、こっちとの差はわからないけど。時間が勿体無いでしょ」
時間を気にするところは原作の『不思議の国のアリス』の白うさぎらしい。
「死んでるか生きてるかもわからない。生きてたらいいなって思うのは当然でしょ」
「わからないのは少し嫌か。まあ、私もできることなら早めに帰りたいな」
「だよね」
柔らかな風が吹き、彼の髪がふわりと巻き上げられる。
夜を背にする彼の一瞬一瞬が綺麗だった。
「お前って本当に綺麗だな」
思わず声に出た感想に、彼は首を傾げ、くすりと笑った。
「何、口説いてるの」
「違う。かなりの美人だと思ってな」
「まあね。よく売れるよ」
「売れる?」
「褒められるってことだよ」
口説いているつもりはなかったが、そう聞こえてもおかしくはなかった。とはいえそう捉えられても問題も大してない。
「現実に帰りたいけどねー……方法もわかんないしさ、三月もいるから、簡単には帰れないね」
「三月うさぎは帰りたくないと言ってるもんな。逆だ」
「双子って意見も合うと思われがちなんだけど別にそんなことないんだよね。僕たちの場合」
「私はてっきり、双子は内面も似てるものだと思っていた」
「あはは。ちがうよ」
彼は笑っている。
だが、アリスにはずっと違和感を覚えさせていた。
心の底から笑ってくれているような気がしない。帰りたい、という言葉のことも信じきれない。どこかで引っかかるものがあり、距離を感じてしまう。
「……白うさぎ」
「なぁに」
「これからも私と仲良くしてくれるか?」
「……え」
白うさぎは一瞬片目を細めさせた。
「私は、お前のことをもっと知りたい。前に忠告されたが、それでも私はお前に触れたい」
過去に、目の前の彼自身に言われた言葉。
『アリス。警告してあげるけど、この世界の住民はだいたいどこかおかしいよ。自分が大変な目に遭うだけだし、あまり深入りしない方がいいと思うんだ」』
『……僕たち兄弟のことは放っておいてほしいってこと』
そんな白うさぎの声。意志。
それとはまるで反する言葉に、白うさぎは下を向き声をあげて笑った。
「……あははっ!キミ、ほんと勇気あるね!尊敬しちゃうよ!勇者さまみたい」
「お前にこれだけ距離を取られてるのに踏み込んでくること?」
「やだなあ距離なんてとってないよ。考えすぎだよアリス」
明らかな嘘だが、そんなことどうでもいいようにひとしきり笑うと目元を拭い顔を上げた。
「あー面白い。いいよ、仲良くしよう?だって僕達すでに友達でしょう。今更だよ」
「そうだったのか。てっきりもっと嫌がられるかと思った」
「僕はアリスのこと好きだよ?キミがどうかは知らないけど」
「別に嫌いじゃないぞ」
そこまで聞くと、彼は柵から室内の方へ向かって歩き出す。アリスに背を向けて、ひらひらと手を振った。
「いい気分転換になったよ。じゃあね」
「ああ、おやすみ」
「おやすみなさい」
彼がいなくなった後もアリスはしばらく星を見つめ、静かな夜の中で思考を整理する。
白うさぎは間違いなく自分に距離をとっている。こちらが詰め寄れば必ず引き下がり、一定のラインを超えてしまわないようにしている。愛想こそいいが、弟と比べ作り笑いであることは顕著だ。
帰りたい、という言葉が本当なのか。嘘なのか。どういう意味なのかも確かめたい。
そもそも彼は、どうしてこの世界にいるのだろうか。
他殺か、自殺か。生きているのか死んでいるのか。
栄が何かしらの情報を手に入れてくれることを信じる他にない。
そこまでを考え、アリスも踵を返した。
▼
朝を迎え、スコーンにクロテッドクリーム、いちごジャムを塗りたくるアリスの隣にはチェシャ猫が座っていた。
「つけすぎなんじゃないの〜?」
「いいだろ別に。クリームとジャムは多ければ多いほど強いんだ」
「強いって何?」
美味しいの間違いじゃないの、と訂正する声を横に頬張れば甘ったるい味が口内に広がる。溢れたクリームが皿の上に落ちた。
「あ……アリス!お、おはようございます」
そう会釈したのはハートの女王だ。即座に状況を理解して紙ナプキンを渡してくれる。
「まだ口の横にジャムついてるぜ」
手元を拭うアリスの口元は代わりにチェシャ猫が拭く。
ハートの女王も焼きたてのパンを出し、食卓につく。アリスはとっくに朝食は食べ終える寸前だった。
「眠りネズミもたまには食事の時間くればいいのにな」
「あーあいつ常に引きこもってるから無理な話さ」
眠りネズミは基本的に家から出てこない。全員揃っての食事というのは出来そうになかった。
スコーンを食べ終え、アリスはひと足先に食卓を抜ける。
「ごちそうさまでした。それじゃ」
「あ!はい!また……」
ハートの女王が手を小さく振り、チェシャ猫はニヤニヤと笑いながら手をひらひらとさせた。
とはいえ、今日何をするかは決まっていない。
「……あ」
そういえば、昨日白うさぎが読んでいた本はどうなっただろうか。せっかくなら自分も読んでみたい。
それか、一緒に別々の本を読むのもいいだろう。
どのみち図書室で本を借りるのが良さそうだと判断し、アリスは図書室へと向かう。
城の中の図書室は、日本の現実ではそうそう見ないヨーロッパらしい造りになっていた。縦に長く積まれた本に、彫りの施された本棚。天井の広い空間。
不思議の国の中でも一種の落ち着ける場所。
そこへアリスが踏み入れた時、一人の姿が目に入った。
「……?」
そこにいたのは白うさぎだった。
横顔が白髪に覆われ、表情が読めない。
その手元には何かを持っている。
……本ではない。紙のようなもの。
なんだあれ。とアリスが目を凝らしてみれば、遠くからでも正体がわかるような見た目をしていた。
真っ赤な封筒。赤一色のそれは、既に封が開けられ中身を白うさぎが確認しているところのようだった。
「白うさぎ」
そう声をかけた途端、彼が大きく肩を震わせた。
犯罪現場でも見られたかのように焦った表情を浮かべ咄嗟にアリスの方を振り向く。その拍子に手に持っていたそれを後ろ手に隠したのが見えた。
「……おはよう。偶然だねアリス!」
「今、何か隠したよな」
「何の話?知らないよ」
彼はアリスと大した会話も交わさないまま、アリスの横を通り過ぎて図書室を出ていく。
本来、いつものアリスであれば引き留めていたところだった。しかし。
「……あいつもあんな顔するんだ」
声をかけられた時の白うさぎの顔が、あまりにも焦燥に駆られていたものだから無遠慮に踏み込むことができなかった。
アリスは彼のいた本棚を見てみる。怪しいものは特に隠されている様子もなかった。
「あ」
一個。白うさぎが昨日読んでいた本が仕舞われていた。よく見れば作者順で並べられた本は、この本もあるべき位置に収まっているようだった。
「どうせだから借りるか……」
アリスは得意ではないミステリものの本を手に取り、自室へ戻った。
昼3時。
読み進めた本に栞を挟んで閉じる。
「そろそろおやつの時間だ……」
食いしん坊なアリスはダイニングの方へと向かうが先客は誰もいなかった。
既に用意されてあるいちごのタルトに紅茶。アリスは席につき、一人で黙々と食べ続けた。
ひとしきり食べた後、本を読みに帰ろうと立ち上がる。
瞬間、立ち眩みがした。
「……?」
床そのものが歪んだかのような錯覚。脳がガンガンと痛み、上体が倒れそうになるのを足だけで踏ん張る。
食べたものを吐き出しそうになり、口元を抑えた。
げほ、と咳が出る。
「は」
立ち眩み。
今度は現実を受け入れられないような、脳を直接殴られたようなショックを受ける。
抑えた両の手のひらに血が付着している。気づいた時には口元から血がこぼれていた。
それを自覚した途端、内臓が熱く燃やされるような感覚を覚える。
「……っ、だ、だれか!」
ダイニングから必死に覚束ない足で進む。大広間まで行ったところで膝から崩れ、倒れてしまう。
口から出る血が点々と床を汚していく。
足掻けば足掻くほど、スカートに血が付着する。内臓が縮こまる。
意識が遠のいていき、視界がぼやけていく。
終わるのか?まさか、ここで。
死ぬのか?
目前に迫る死の気配へ、身体が拒否反応を起こす。
意識を手離してはいけない。ドンドンと拳で床を叩く。誰かに気づいてもらうため、自身の意識を保つため。
その時、誰かが叫んだ。
「アリス!??」
一際大きな声をあげたのは、ハートの女王だ。
彼は咄嗟にこちらへ駆け寄り、しゃがみ込むとアリスの状態を確認する。
「誰か!!!!」
「えーどうしたの女王サマー!!……えっ」
騒ぎに駆けつけた三月うさぎの動揺が聞こえる。
「三月さん!薬ください!!何かありませんか!?」
「な、ななな何かってなに!?」
「血が出てます!病気……毒とかかもしれません!薬全般いけるなら解毒薬とか、出せませんか!?」
「出せるけど!!」
「出せるなら出してください!!」
三月うさぎは慌ててポケットの内側を出し、薬瓶を取り出す。それから、これだと声をあげて液体の入った瓶を現した。
「これ!!これだと思う!!」
「ありがとうございます!」
瓶の中の液体をアリスの口内へ流し込む。苦味が口に広がる。内臓はまだ暴れるように痛い。
だが、薬を飲んで数秒後、それが徐々に収まっていく。
これが不思議の国の薬の効力かと驚く。三月うさぎがいなければ危なかったし、ハートの女王が見つけてくれなければ彼も来てはくれなかっただろう。
死ぬような思いをして、まだ心臓がバクバクと花火を打ち上げるように鳴っている。
息も絶え絶えで、声が出せない。
「アリス!大丈夫ですか!?意識、しっかりしてください!なんでこんなことに……」
「本当になんでこんなことになってんの!?」
三月うさぎが殆どパニック状態だが、それを宥められる状態でもない。
ハートの女王は大きな手でアリスの手を、力強く、引き留めるように握っていた。
「……大丈夫だ……どうにか……」
「!!アリス……!よかった……」
ハートの女王が張っていた糸が切れたようにいつも通り泣き出す。
飲んで数秒だというのに、痛みは薄れていた。身体は嘘のように元に戻り命の危機が去る。
「二人とも、ありがとう……死ぬかと……」
彼ら二人が何かを言おうとした。
その時、時計の針が時を刻むような、固い音が耳に届いた。
「……え」
そう呟いたのは二人のうちどちらだったか。
三月うさぎとハートの女王はアリスを見て呆然としていた。
「え……?ど、どうしたんですかそれ……?血、血出てますよ……!?」
「怪我したの!?」
「は?」
3人で顔を見合わせ、互いに困惑の色を見せる。
「……急に何の話してる?」
「それはこっちのセリフだよ!どうしたのこれ!?」
「怪我ならあの……手当、手当しないと……!!」
さっきのことがまるで無かったことかのように二人が会話する。
おかしい。違和感しかない。
「私はさっきまで……え?」
「あれ?オレも変だよ、さっきまで2階にいたのになんでここにいんの?」
「あ?」
「え?」
「私は……二人に助けられて……?」
二人が顔を合わせ状況を読み込めないといった表情をしている。
二人の記憶がすっぽりと抜けているかのようになっている。
「……は?」
どういうことだ。
そんな時、声がかかる。
「どうしたの?キミたち。アリスは座り込んじゃって」
白うさぎだ。彼は微笑みを浮かべながらこちらへ歩いてくる。
「血が出てるじゃん。怪我?それなら女王サマが手当てしてさ、三月、僕と掃除しようよ」
「白うさぎ!おかしいんだ!これも怪我じゃなくて」
「怪我でしょう?」
声をかぶせられる。
「あの……アリス、えっと、落ち着ける部屋、いきましょう、ね」
「あ、ああ……」
ハートの女王に連れられるようにして、アリスが立ち上がった時。白うさぎは歩みを進めすれ違う際に囁くように笑った。
「怪我。気をつけてね、アリス」
その微笑みの奥に、底知れぬ悪意を感じとる。
カチ。カチ。時計の針が進む音。時の刻まれる音だけが、脳内に何度も響いていた。




