三月うさぎ√第3話「螺旋」
意識が突然覚醒する。
アリスは飛び上がるように上半身を起こした。冷や汗が背や額に滲んで、気持ちが悪い。まるで悪夢でも見た直後のように心拍数が乱れていた。
確認すればそこは自身の部屋だった。丁寧に朝のスコーンまで用意されている。
だが、昨夜の記憶がよぎる。軽くショックを受けているのか動揺しつつも頭を抑える。確か、昨夜、白うさぎといたところを三月うさぎに突然襲われ……麻酔銃を撃たれた挙句に薬を飲まされたのだ。
理解ができない。
被害者にしてあげる、などと言っていた覚えはある。
しかしチェシャ猫が他殺とは限らない。むしろ、状況だけ見れば自ら命を絶った……と思うのが普通だ。彼の性格自体が普通に当てはまるかどうか、という点は抜きにした場合。
だが、他殺だと決めつけた挙句、架空の犯人を作り出し自分達が被害者として疑惑から逸れるよう仕向けるなど三月うさぎの行動はどうかしている。
寄り添いたいのに、勝手に駆け出されるような感覚だ。
三月うさぎに会うべくスコーンを無視し部屋を飛び出す。すると扉が何かに当たり、痛みを訴える声がした。
「いたいっスね〜……起きました?」
帽子屋だ。
「うわああ!!お前!」
「ウワッ落ち着いて」
「落ち着いていられるか!」
忘れてなどいない。帽子屋も三月うさぎのことを止めることなく後ろで見ていたこと。なんなら、バットまで持っていた。
「三月チャンにアリスの様子見といて欲しいって言われたからここにいたんスけど……心配してましたよ〜」
「心配も何もあいつがやったんだろ」
「それはそうなんスけど」
煮え切らない返事ばかりする男だ。
「なあ、なんで止めなかった?」
「そりゃ彼のすることっスよ。止めないっスね。最悪手伝うつもりでしたけどすんなりいったので……」
「はあ……?だから、なんであいつを許してるんだ?」
少し返事に困ったように、もだもだと答えを探す。そうしてやっと見つけた言葉で返された。
「あの子に言われたことは聞いてあげないとなんか、可哀想じゃないスか。俺だけはあの子の味方であってあげたいな〜みたいな……?」
「で、甘やかしてるのか?」
「そっスね……。だって知ってます?あの子現実でも上手くいかないことばっかで、この世界でくらい幸せに過ごして欲しいんスよ。だからあの子の言うことは聞いてあげたくて……」
それが彼なりの親愛だとかに当てはまるらしい。
「はあ。……私は怒るからな、あいつのこと。止めるなよ」
「え〜……あんま怒ってあげないでほしいスけど、沢山薬飲んじゃうんで」
怒った方が悪い、みたいな空気感になることが少し想像つく。アリスはため息をついた。
「あーもういい、三月うさぎはどこだ。知ってるか」
「森の方に行ってるッスよ。毒きのこ食べまくりたいとかで」
「またか!!」
アリスは感謝だけ軽く述べて走り出した。
「行っちゃったァ……」
ぽつんと残された帽子屋はやることを終えたように伸びをした。
花畑を超えて森へ踏み込む。木々を掻き分けて姿を探す。相変わらず人工物みたいな鮮やかさを保つ葉が邪魔に思えて、手で払いのける。
落ちた赤くて小さい実を踏めばぐしゃりと果汁が土に染み込んでいく。
しばらく探した先に、彼の背中はあった。
茶色くて荒れた髪の毛。オレンジを基調とした服の裾が広げられたまま汚れることもお構いなしに座り込んでいた。
キノコを無心で貪っているようでこちらに気づいていない。
アリスは彼の姿を見かけた瞬間、足に力を入れ走り出す。
「え?」
三月うさぎが音のした方へ振り向く。
それと同時に、彼の顔へ拳が入った。
普段なら届かない位置にあるが、今ばかりは屈んでいたのが敗因だ。三月うさぎは状況が理解できないように衝撃のままに後ろへ倒れ込んで、アリスを見上げた。
「え?え?え?あ、ありす!?」
「すまない。1発殴らせてもらった」
三月うさぎは殴られた頬を抑え、被害者の顔をすることも忘れ本気で動揺しているようだった。
「どうやらお前を叱ってくれる人間がいないようでな。気持ちを晴らすためにも殴った。これで公平だな?」
「な、なん!?なんで!?なんで殴ったの!?痛い……!!」
「さあ?なんでだろうな?私もなんでお前にあんなことされたのかわからないな」
「説明したよ!?」
「私も今ある程度の理由を説明したが?」
「わかんないって!」
「物事にはやっていいことと悪いことがあるだろう。昨日のはダメだ。私は怒っている」
三月うさぎは目をクラクラとさせ、食べている途中だったキノコを何度も千切りながら話した。
「ご、ごめん。怒らないで……。オレはね!アリスに仲間になって欲しかったの、薬を飲めばハッピーだしオレのことももっとわかってくれて……可哀想にもなれるから」
「はあ、つまり私に被害者になってほしくてあんなことをした、と?」
「そう!被害者同士仲良くできる!可哀想なら疑われないんだ、だから大丈夫!」
「その理論でいくと昨日のお前は完全に加害者だが?」
「え?違うよ。違うちがう。全然ちがう」
彼の中では理屈が通っているらしい。首を横に振って本気で否定している。
「急に殴るなんて酷いよ……!痛い!アリスがそんなことするなんて……」
「私も加害者にならせてもらった。一旦これでお互い対等ということにしないか?」
「わかんないってその理論!」
三月うさぎは耳を下げ、殴られた頬を撫でながら悲しげな顔をしていた。
「女王サマにも集団で何かに襲われたーって説明しようと思ったけど昨日結局会わなかったし……これから説明しないと……」
「話をややこしくするだけだからやめた方がいいぞ」
「それと兄さんはね!アリスと一緒で部屋から出てこなかったから多分ぐっすりなんだと思う」
「それ本当に寝てるか?」
「起きてたらオレに会いにきてくれるよ!」
兄に対しての自信が果てなく湧いて出てきているのは何故なのか。心配ではないのかとアリスは問いかけようとしたが、三月うさぎが再びキノコを口にしようとしたから止める方に集中した。
キノコは毒々しい色をしており、明らかに食用ではない。
「……なあ、そういうのやめたらどうだ?」
「そういうのって?」
「薬を大量摂取したり、こんなキノコを食べたりすること」
えー!なんて大きな声が飛んでくるだろう。そう覚悟したのに、三月うさぎはやけに静かだった。
「んー、やだ。やめないよ?」
「急にやめるのはむしろ危険だが、徐々に減らしていくとか。そもそもどうしてそんなことするんだ」
「キラキラして、フワッとして、気持ちがいいからだよ。アリスもわからない?」
「……昨日のは不可抗力だろう」
「わかってほしかったよ。オレ。わかってもらえると思ってるよ」
三月うさぎは親指を前歯の裏側へ差し込み、軽く噛むようにした。
「余計なこと考えずに済んで、幸せな気持ちになるのにみんな心配するんだ。薬に依存してるオレはすごく可哀想で、体調を崩せばもっと心配してくれる!幸せがずっとぐるぐると回るんだ」
親指を強く噛んで口角を上げる。
「それがステキなことだとわかって!」
「それは、その場しのぎでしかない」
「今が幸せなのになんでダメなの?」
「将来的にいいことないだろ……!呆れられるたびに他の人間に頼り続けるかもしれないけど、それじゃずっとお前は成長できないし、身体が壊れる!」
「じゃあその時に死ねばいい」
「は」
三月うさぎは本気だった。焦点の合わない目はこちらを捉え、兄のような圧を持つ態度に変わった。
アリスは、彼へ踏み込んだことで静かに理解してしまった。
この人は、未来なんて最初から考えてないんだ。だからこの世界から戻りたくないと言っている。今を浪費するような生き方をしている。
「どうせ人は死ぬんだから、人生楽しい方がよくない?別に長生きもしたくないし、今が良ければ全部いいじゃん!」
「でも、でもその生き方をしてたら本当に、いつか一人になってしまうぞ。出来た友達も同じ生き方の人しかいなくなる。なあ、やっぱやめないか?」
「オレを心配してくれてる!あは!でもその心配はなんかあんまり嬉しくない?どうしよっか!でもやめないよ」
本気で簡単に死んでしまいそうな彼を見ていると、薄暗い感情や嫌な想像が駆け巡ってしまう。介護疲れしている兄を思い出し、彼へまた理解が深まる。
三月うさぎは喋り続けた。
「オレね、病気なの。可哀想だから、虐待の被害者だから、家庭環境がダメだから?普通の人じゃなく、おかしくなっちゃったんだって」
「だから病院だよ、病院、そしたら薬がもらえるようになって。症状を盛れば盛るほど的外れな薬がめっちゃ処方されてさ、それを一気に飲んだら本当に楽しくって!」
「でも充分理由があるからね!仕方ないんだよ!オレは可哀想だからそんなこともしちゃうんだ。それで吐いたり病院に搬送されればまた病室!お医者さんがかかってくれる!」
「病院に通ってからずっと幸せなんだ!薬があると、ずっとそれを繰り返せるから」
「……お前、それはお前を心配してくれる人のことを考えて無さすぎるだろ。あと、病院側のことも……」
「そうかな?でも仕方なくない?オレはすごく可哀想なんだから」
アリスは唾を飲み込み、言葉をそのまま飲み込んでしまおうかと思った。
けれど、口にした。
「お前、そもそも家庭環境が悪いっていうのも嘘じゃないのか?」
「え?」
「悪い、白うさぎから聞いた。だからお前がどこまで本当のことを言ってるのか、何の被害者なのかわからないんだ」
三月うさぎはぱくぱくと口を動かし、目を丸くしていた。
「え、それ兄さんが言ったの?」
「ああ……」
「そんなわけないよ、だって、え?兄さん」
口元に指をやり、彼は少し困ったように眉を歪めた。
「虐待されてたのは本当だし……兄さんも受けてた……」
「え?」
「だって、だって、兄さんいつも怒鳴られてばっかりで……オレが"上手に"通報したから兄さんは助かってるはずだよ?」
「そんなこと一言も……」
「うちの親、父さんいなくて、母さんだけで二人育ててくれて……でもすごく、すごく、ヒステリックで、心がおかしくなっちゃってる人だった。それは本当だよ!だから、だから大人に助けを求めるなんてあたりまえのことだよ!?嘘じゃない!」
少しずつ、少しずつ声が荒れていく。
「母さん、誰にもバレないようにやってたんだよ!だから誰もオレのこと心配してくれなくて!殴ってくるような人でもなかったから傷もなかった!」
「一日二食は用意してくれた、けど、兄さんにばかり構ってオレのこと放っておくなんてひどいよね!?」
「だから人に助けてって言うのも当然だよ?!嘘じゃない!ねえ!?可哀想でしょ!?そうだよね!?」
三月うさぎはアリスへ飛びかかり、その身体を強く抱きしめる。親愛のハグ、というよりは捕まえているようだった。
「オレが可哀想な被害者だって、アリスならわかってくれるよね?アリスならそうだよ、ねえ!?」
「く、苦しい、待て、おい、嘘かと疑って悪かったから!」
「ね!そうだよね、わかってくれた!よかった!」
力が抜けていき、やっと普通のハグへと変わった。
「オレ、アリスのことちょー好き!」
そう言って頭を押し付けてくる。試しに撫でてみれば求めていたかのように笑った。
「薬もさ、ふわふわってするけど、アリスのことぎゅってしてると薬みたいに幸せな気持ちになる。これも脳内物質?」
「オキシトシン。スキンシップで出るやつな」
「詳しいねー!」
記憶喪失ながらにある記憶を手繰り寄せた結果がこれだ。彼の依存体質を治すには他の脳内物質でどうにかするのも手かもしれない。
「わかった。抱きしめたい時は好きにしてくれていいから、薬を減らせ」
「究極の2択を迫られた?」
「ああ」
さっきまであんなに喚いていたというのに、あっという間にこんな柔らかくなってしまった彼の態度にアリスはペースを持っていかれていた。躁鬱、なんて単語も過ってしまうが彼の指す病気とは一体なんなのだろうか。
「……そうだ、森まで来たんだ。眠りネズミにも挨拶をしておきたいんだった」
自分の住処から絶対に出てこない眠りネズミには、自分から会いにいくしか手段がなかった。チェシャ猫のことについても何か知らないか、どう思っているのか、彼にも聞かなければならない。
「それならオレも一緒に行く!オレも行くよ!」
「そうか、好きにすればいい」
「じゃあ早速!こっちだよ!」
三月うさぎは低木の間をガサガサと潜り抜けていく。もっとマシな道を通らないのかと思いつつアリスは後ろをついて行った。
すると道のショートカットになったのか、すぐに眠りネズミの住処へと着く。
ティーポットのような小屋。その扉の先は穴になっていて、地下の洞窟へ繋がっている。
何度目かの浮遊感。アリスはクッションめがけて落下し、三月うさぎも後を追う。
「眠りネズミ。お邪魔するぞ」
光る花が咲き乱れる幻想的な洞窟を進めば、ふわふわの椅子がある。いつも彼が座っている場所だ。
相変わらず今日も眠っているのか反応がない。
「眠りネズミ」
アリスが歩み寄り、椅子を回転させた。
椅子から、手を離す。
足が退けられ、後ろにいた三月うさぎが小さく声を上げたのが聞こえた。
その椅子は布が赤い血を吸って乾ききっていた。背もたれに頼って座っているのは眠りネズミ。その首元はグロテスクに汚れ、手のひらには包丁が収まっていた。
「あ……?ぁ……」
三月うさぎが後退りをして壁にぶつかった。
アリスは口元を抑え、目の前の死体へ鳴らされる脳内の警告をどうにか無視して冷静に立っていた。
眠りネズミが、死んだ。
また、自殺?それとも他殺?今度こそわからない。検死ができる人もいなければ、自殺する理由さえも想像がつかない。
だが、机にいくつもの錠剤が散らばっているのを見つけ、三月うさぎの方を見る。
「これは?」
「わ、わかんな、あ、あ!!オレ、眠りネズミにも前に薬あげたことある……それ、それ!?」
「誰にでも配ってるな……」
頭が痛くなりそうだ。なんなんだ、これは。
「とにかく他の人にも言わないと……!おい、行くぞ!」
「わか、わかった」
何度も頷き、梯子を上がる。
走る。
城に戻らないといけない。
その道中の湖のふちに、何かがあった。
また、人が浮かんでいる。
悲鳴が聞こえる。
「あ……あ!!」
アリスと三月うさぎは湖に駆け寄り、その身体を引きずり上げる。
芋虫だった。
既に死んでいた。湖のせいで更に冷えて、氷のようだった。
周辺には薬がこれ見よがしに散らばっている。
「な、なんで、なんで?なにこれ?アリス?」
「わからん、落ち着け、一旦深呼吸しよう……」
「できない、全然できない」
これ以上遺体を直視することもできなかった。三月うさぎはふらふらとした足取りでどこかへ行こうとするものだから、アリスもそれについていく。
「それ、自殺だと思うっスよ」
そう言いながらその場に現れたのは帽子屋だった。
顔色や表情は髪で隠れていてよく見えない。
「あのさ、もしかしたらって噂が流れてて。チェシャ猫サンの遺書にあった帰る方法って……その」
「……なんだ」
「自分で死ぬことなんじゃないかと」
帽子屋は帽子を被り直しつつ忠告するように言った。
「あーだから薬飲んで楽〜な気持ちなら死への抵抗感も薄れますし!そういうことなんじゃね?的な……的な!みんなそれで死んでるんじゃって」
「は、はあ……?!」
「なので、お二人も薬キメていい具合に死んだ方がいいかも!でも三月は帰りたくないし……それならまあいいのかも……?とにかく、オレはいい感じのタイミングで行くんで!」
「え!?ちょ、ちょっと待ってよ!?オレを置いていくの!?」
「それはほら!そっちも追ってくればいいし!えーと……まあ!」
彼は顔を逸らす。
「オレも色々調べたりはするんで……!!そっちも頑張ってほしいなって……!」
帽子屋はそのまま走って逃げるように去ってしまう。
自慢の身体能力で追いかけられないか、と提案しようとしたが三月うさぎはその場にうずくまって呻き声をあげるだけになってしまった。
「う〜〜ああ〜〜!な、なんで〜〜!?」
「三月……」
そういえば誰からその噂を聞いたのか、聞き損なってしまった。だが様子を見るに帽子屋もすぐに死んでしまうだろう。
日が暮れていく。急速に空が暗くなって、尖った星がいくつも浮かぶ。
「やだ、やだ、城もどろうアリス、オレだめだもう」
「わかった、わかったから、手繋いで帰ろう」
城へ戻る。人の気配がない。だけど眠るしかない。夜ご飯になりそうなものを適当に取って、自室へ向かおうとしたところで三月うさぎに手を引かれる。
「オレ、アリスの部屋の前で寝てていい……?!」
「ギリギリ理性が残ってそうな申し出だな……」
「本当は一緒に寝たいけどさあ!」
そう言う彼は自室の前へ素直に歩いてくる。
アリスは扉を開け、三月うさぎを見上げた。
「別に部屋の中でもいい。寝るなら勝手にしろ」
「エ!?いいの!?大丈夫なの!?」
「私がいいと言っているんだが。寝巻きに着替えるからその間にお前も着替えとけ」
「は、は〜い……」
アリスが部屋の中で寝巻きに着替え、扉を開けると寝巻きの三月うさぎが立っていた。丁寧に布団や枕まで連れてきている。
「じゃあ、あとは好きにしてくれ」
「え、うん、おやすみ……?」
アリスがベッドに横になり布団を被す。三月うさぎはベッドにもたれかかるようにして座って寝るようだった。
カチカチ、と時計の音がする。しばらくの時間が経つ。
しかしあんなことがあったからか、まるで眠れる気配がなかった。ずっと心臓が痛い。目を瞑るとまぶたの裏に、死体の数々が浮かんで剥がれない。
アリスは起き上がり眉間を抑える。
「……まだ起きてる?」
「起きてる」
三月うさぎもまだ眠れていないようだった。おそらく同じ気持ちなのだろう。
「オレのせいで寝れてないんじゃないよね」
「違うよ。考えることが多いだけだ」
「よかった」
三月うさぎは薬に手を伸ばす。
「これ、睡眠薬。ふつうの」
薬を飲むな、と言われた本人なりに態度を示しているのかもしれない。
「アリスも飲む?」
「……飲む。一錠だけ」
手のひらに一錠の薬が転がされる。
こんな人物に渡される薬をまんまと信用していいのか。疑問はあるが、不思議とこの薬が睡眠薬だということは信じられた。今の彼は嘘をつくような状態でもないだろう。
三月うさぎは薬を何錠か飲むと、薄く笑った。蝋燭に照らされる顔、普段の笑顔とは違う疲れ切った笑顔は見るにも耐えず、今にも同情しそうになる。
「じゃあ、改めておやすみなさーい」
「三月うさぎ」
「どうしたの?」
「一緒に寝よう」
「え?」
細めていた目を急に大きく丸くした。
「え!?」
「そんなに驚くか」
「いいの!?オレ、怖くて、寝れなくて、それは嬉しいけど」
腕を掴んで引き、ベッドへ膝をつかせる。
「こうすることでお前が少しでも落ち着くなら、いくらでも一緒に寝よう」
「違う意味で緊張するけど……??」
「そうか、やめるか」
「やめない!」
布団の中に潜る彼の身体にアリスは頭を預ける。
「スキンシップを増やすことでお前にいい効果があるといいんだが」
「アリスの期待してることが起きるかはわかんないけどさ……」
アリスは試しに、三月うさぎの頭を撫でてみた。
「これは、寝かしつけてくれてるの?」
「ああ」
三月うさぎは珍しく手綱を握られたように、狂った調子のままに困った顔をする。けれど、どこか安心したように頬を緩めた。
「アリスはあったかくて、フワフワしてるね。ちっちゃい……ぬいぐるみみたい」
「お前は男だな。固い」
「その感覚はあるんだ……」
三月うさぎは子守唄のような小さなか細い声でつぶやく。
「懐かしいな。昔はお母さんと、兄さんとこうやって一緒に寝てたの思い出しちゃった」
「病室はベッドが広く感じちゃったな」
「あたたかくて、うれしい」
「……そうか」
意識がだんだんと遠のいていく。
薬が効いてきたのか、彼がいるからなのかはわからない。
危機に侵された環境で、どうにか睡眠をとる。そうしてまた朝を迎えるのだ。
「懐かしい」
「……ねえアリス。まだ起きてる?」
「アリス」
「オレ、前、キミに会ったことがある気がする」
「……気のせいかな」
その言葉は独り言として終わり、進み続ける時間に溶けて行った。




