2 現役は200年前に卒業している
バカンスする人は、ただの旅行か現地に溶け込むかに分かれます。(期間もまちまち)
次の日にオレは上司に休日願いを申請し、受理された。とてつもない多幸感につつまれて感動していると、デスクに10cmくらいの厚さの辞書のような物をドサドサと二冊置かれる。
「コレ、何ですか?」
訝しみながらパラパラと読んでみると、文字がギッシリと書いてあった。
何なんだ。殆どは文章だが、写真も有り、いやにかっこが多い。……これは。
「それは下界に降りる為のマニュアルね、適正と一般常識のテストが有るから頑張って。85点以上取れないと行けないよ」
思わず、ぎょっとして上司を見る。休暇が受理されたのに!?
「ソレ、聞いてないんですが……」
「バカンスに行った事の有る人にしか、一々言わないからなぁ。下界に行って馴染めないと、天界に戻す事になるから気を付けてね。下界を混乱させる訳にいかないから」
言いたい事は分かるが、気持ちが上がっていたのに、落とされた気分である。このぶ厚い過去問を見て勉強しろと言うのか。現役学生でなくなって、200年以上経ってるぞ。
仕事のマニュアルより厚いではないか。
パラパラと拾い読みしてみると、文明レベル、天界との言語の違い、金銭の基本など。果ては主要都市のマナーなどが有る。刑法などが軽くしか載っていないのは、その都市や年代によるから自分で調べろという事だろう。
上司は「頑張ってね~」と言い残し足取り軽く去っていく。
オレは手元の問題集に視線を落とす。
「この問題集で85点以上かぁ」
バカンスとは銘打っているが、或る程度の地上での常識が求められる、選ばれし者が行くもののようだ。
「今まで行ってた先輩は、コレをこなしてたんだよな」
バカンスに数度行っている先輩も居るので、その度にこの勉強をし直しているという事になる。人間の生は短いから、刑法も変わりやすいし、すぐに国が起こったり滅んだりする。それに対応してるとか神か。いや、ただの天使だけど。
臨機応変に対応せよ、というのがひしひしと伝わってくる。寧ろ、頭が固いヤツは価値観の変化についていけないという事だろうか。人間は入れ替わるサイクルが短い。その変化にどんどんアップデートして行けと言う事である。
上司の口ぶりだと、失敗した奴もいるのだろう。
「うーーーん」
休憩室で唸っていると、同僚がひょっこり入って来て、声を掛けてくる。
「よっ、バカンス受理された? って、あー……それ、過去問と現在の知識の試験でしょ。人間界は時間感覚おかしくなるから、ぼんやりしてると置いてけぼりになるよ、気を付けなよ?」
「なるほど……」
確かに、オレが休憩室の地上の様子を モニターで見ているだけでも、文明が前進したり後退したりする。
同僚は自販機にコインを入れ、ボタンを押すと缶を取り出す。何と取り出したのはみかんゼリージュースで、缶をしこたま振り、プルトップを開けたかと思うと、ずずっと吸い込んでる。その肺活量に感心する。
「あと、絶対翼を出さない事! コレ、絶対に連れ戻される事例だから! 始末書で済まないから!!」
お、おぅ。
まあ、早々翼を出す事なんて無いだろうが。自分は普段出している事の方が少ないので、よっぽどの事が無い限りは大丈夫だろう。椅子に座る時もスポーツする時も、翼は邪魔なのだ。普段は収納してある。その点では心配あるまい。
「とにかく、過去問見て、今年度版のまとめを見とけば大丈夫だよ。この歳じゃ勉強も久しぶりだけど、何とかなるぜ!」
同僚は手で親指を立ってて「グッ」とやっているが、あれは地上で言う、グッドサインらしい。地上での流行りが天界に持ち込まれる事も、しばしば有る。
「地上に降りると、最初は色々と戸惑うが、早く順応しろよー」
それを聞くと、オレは若干不安になった。
添付されたリーフレットを見ると、自分が最初に降ろされる場所について書かれている。やや規模の大きな街である。人口が多い方が、旅人に扮して人間を観察して紛れ込みやすい。
まるで犯罪者のような手口だが、事実なのだから仕方がない。
その街の生活費で一か月を渡されるが、後は自分で生活せよと書いてある。
その中で、お勧め職業アンケートと言う物を見つけた。
先達が地上に実際降りてみて職業体験を元に数値化した物だ。
・職業備考欄
パン屋……★★
武器屋……★★
雑貨屋……★★★
料理人……★★★
ウェイター……★★
詩人……★★★★
狩人……★★★
教師……★★★
神官……★★★★
「うーん、何を選べばいいんだ?」
その中に、良い物を見つけた。
…………これだ。




