第三十二話 繋がり
南区倉庫街の昼下がり、昼だというのに妙な静けさだったた。
リーネが先頭で道を示す。
煙草を咥えたまま、気怠そうに歩いている。
「こっち」
振り返りもせず言う。
レイン達は後を追った。
セリス。
ヴァルカ。
そしてレイン。
「本当にここなのか」
レインが聞く。
「知らない」
リーネは即答した。
「ただ怪しい」
「根拠は」
「酒場の話と自分達で見た事実だよ」
セリスが呆れたように息を吐く。
リーネは肩を竦めた。
「こういう場所で生きてきたんだよ。怪しい場所ぐらい分かる」
それ以上は誰も聞かなかった。
窓は板で塞がれている。
壁も黒ずんでいた。
だが。
古くなった扉なのにドアノブだけは人が触っているのか鈍く光っている。
レインは足元を見る。
新しい轍。
踏み固められた泥。
最近まで人が出入りしていた痕跡。
「使われているな」
「でしょ」
リーネが笑う。
「昼間は静かだけどね」
レインは扉へ近付いた。
鍵は壊されている。
押す。
重い音を立てて扉が開いた。
中は暗い。
埃臭い。
だが放置された倉庫の臭いではない。
人が生活していた空気が残っている。
「調べるぞ」
レインが言った。
三人が頷く。
しばらくして。
「……こっち」
リーネの声が響いた。
帳場だった。
机。
棚。
書類箱。
撤収した形跡が残っている。
レインが近付く。
書類の大半は燃やされていた。
だが。
全てではなかった。
棚の奥。
押し込まれた帳簿が残っていた。
リーネが引き抜く。
埃が舞う。
そして。
動きが止まった。
「どうした」
レインが聞く。
リーネは帳簿を見つめていた。
表紙には古い商会印。
その下。
かすれた文字。
――北辰交易商会。
しばらく。
誰も喋らなかった。
やがてリーネが小さく言う。
「思い出した」
「何をだ」
リーネは帳簿から目を離さない。
「荷車」
短い言葉だった。
「私が北へ運ばれた時」
空気が止まる。
ヴァルカの耳が僅かに動いた。
セリスも黙る。
「木箱に焼印があった」
リーネは淡々と言った。
「たぶん同じ名前」
それ以上は語らなかった。
だが十分だった。
レインは帳簿を受け取る。
ページを捲る。
輸送記録。
保管記録。
物資管理。
一見すると何の問題もない。
「貸してください」
セリスが手を伸ばした。
帳簿を受け取る。
黙って読み始める。
数分。
誰も声を掛けない。
やがて。
「……妙ですね」
セリスが呟いた。
「何がだ」
「表向きは善良な商会です」
帳簿を開く。
孤児保護。
冬季炊き出し。
就労支援。
職業斡旋。
どれも問題ない。
むしろ評判が良くなりそうな活動ばかりだった。
ヴァルカが欠伸をする。
「普通じゃない?」
「表向きは」
セリスが答える。
さらにページを捲る。
「保護孤児三十二名」
次の記録。
「二十九名」
さらに次。
「二十六名」
レインの目が細くなる。
「減っているな」
「はい」
セリスは頷いた。
「ですが退所記録がありません」
「死んだのか」
「死亡記録もありません」
沈黙。
リーネが煙草を指先で回した。
「じゃあ消えたってこと?」
「その可能性が高いです」
セリスはさらに別の帳簿を開く。
「こちらも不自然です」
「何だ」
「食料の量です」
数字を指差す。
「記録上の人数では消費しきれません」
レインは帳簿を見る。
「帳簿に載っていない人間がいる」
「おそらく」
セリスは静かに答えた。
その時だった。
「静かに」
ヴァルカが呟いた。
全員が止まる。
狼耳がぴくりと動く。
「何だ」
「臭い」
鼻をひくつかせる。
「下から」
全員が床を見る。
何もない。
ただの木床だ。
ヴァルカはしゃがみ込んだ。
指先で床を叩く。
コン。
鈍い音。
コン。
今度は違う。
空洞の響き。
「ここ」
レインも膝をつく。
板を調べる。
僅かな継ぎ目。
隠し扉だった。
力を込める。
板が持ち上がる。
その下。
地下へ続く階段が現れた。
冷たい空気が吹き上がる。
「最悪」
ヴァルカが顔をしかめた。
「嫌な臭いしかしない」
◇
地下施設は広かった。
寝床。
机。
保管棚。
長期間使われていた痕跡がある。
だが。
今は空だった。
人の姿はない。
あるのは撤収の跡だけ。
さらに奥へ進む。
やがて。
レインは足を止めた。
壁だった。
石壁に何かが刻まれている。
いや。
削られている。
誰かが消そうとした跡。
だが完全ではなかった。
かろうじて残った紋章。
北辰交易商会。
そして。
その上から後に刻まれた別の印。
北方互助会。
誰も喋らなかった。
沈黙だけが落ちる。
別組織ではない。
同じ組織だ。
名前を変えただけ。
十年前から。
ずっと。
レインは壁を見つめたまま言った。
「繋がったな」
セリスも頷く。
「はい」
リーネは煙草に火を付けた。
火種が暗闇に揺れる。
「嫌な話だね」
誰も否定しなかった。
◇
その夜。
暗い部屋。
一人の男が窓際に立っていた。
右腕は肘から先が無い。
古い傷だった。
部下が報告書を差し出す。
「南区の倉庫が見つかりました」
男は受け取らない。
窓の外を見ている。
「地下施設も露見しています」
沈黙。
やがて。
男が小さく呟いた。
「十年か」
部下は顔を上げる。
「辿り着いたか」
「何に、でしょう」
男はゆっくりと振り返った。
その目には怒りも焦りもない。
ただ。
古い記憶だけがあった。
「十年前の事件にだ」
部下は黙る。
男は再び窓の外を見る。
北風が吹いていた。
その横顔に感情は無い。
ただ、過去だけがそこにあった。
「急げ」
男が言う。
「まだ終わっていない」
北風が窓を揺らした。
まるで忘れられていた傷跡が、再び疼き始めたかのように。




