第二十五話 牙を持つ群れ
広場は既に戦場になっていた。
石畳には灰色の血が飛び散り、倒れた屋台が燃えている。
泣き声。
怒号。
悲鳴。
そして。
地下水路から這い出る魔物の唸り声。
「右だ!!」
ロイが怒鳴る。
直後、ゴブリンが母親へ飛びかかった。
だが横から棍棒が叩き込まれる。
頭蓋が潰れ、灰色の肉片が飛び散った。
ガルクだった。
「ボサッとしてんじゃねぇ!!」
ガルクは周囲の私兵崩れへ怒鳴る。
だが北方互助会の護衛達は腰が引けていた。
武器を持っていても動けない。
恐怖で足が止まっている。
「ば、化け物だぞ……!」
「勝てるわけ……!」
その瞬間。
ガルクが一人の胸ぐらを掴み上げた。
「テメェら、互助会から金もらってんだろうが!!」
男が震える。
「だったら金の分だけ仕事しろ!!」
怒声が飛ぶ。
「ガキと女見捨てて逃げるなら最初から傭兵名乗んなクソ野郎!!」
広場が一瞬静まった。
私兵崩れ達の顔が歪む。
誇りなんて立派なものじゃない。
だが。
その言葉は刺さった。
一人が震えながら剣を握る。
「……クソッ」
別の男が槍を拾う。
「やるしかねぇだろ……!」
次の瞬間。
ゴブリンが突っ込んできた。
今度は逃げなかった。
槍が腹を貫く。
剣が振り下ろされる。
悲鳴混じりでも、抵抗が始まった。
「逃げてもどうせ、行くとこなんかねえんだよ!」
少しずつ私兵たちも動き始めていた。
「そのまま押し返せ!!」
セリスが叫ぶ。
借り物の剣を握り、前へ出る。
非番用の灰色の外套は血と泥で汚れていた。
呼吸は荒い。
だが目は死んでいない。
「前へ出すぎないで!」
「怪我人を下げながら後退してください!」
彼女は広場全体を見ていた。
戦線。
避難民。
逃走路。
崩れかけた人の流れ。
軍人としての頭が回っている。
「ロイさん!」
「なんだ!」
「このままでは押し切られる!」
セリスがゴブリンを斬り払いながら叫ぶ。
「冒険者ギルドと警邏隊本部へ!」
「応援を!」
ロイが舌打ちする。
「お前らだけで持つのか!?」
「持たせます!!」
セリスは即答した。
「だから呼んできてください!」
その目を見て、ロイは笑う。
「……無茶苦茶言いやがる」
だが次の瞬間には駆け出していた。
「死ぬんじゃねぇぞ!!」
ロイが広場から消える。
その間にも戦いは続いていた。
ゴブリンが路地から飛び出す。
私兵崩れが斬る。
別の一匹が噛みつく。
男が絶叫する。
ガルクがその首を棍棒で叩き潰した。
「隊列組め!!」
「一人で突っ込むな!!」
いつの間にか、広場に“抵抗線”ができ始めていた。
瓦礫。
倒れた屋台。
荷車。
それらを盾代わりにしながら、人間側が押し返し始める。
セリスは息を吐いた。
まだ耐えられる。
そう思った瞬間だった。
――ゴゴ……。
地下水路の奥。
黒い泥水が揺れる。
広場の空気が変わった。
ゴブリン達が一斉に後ろへ下がる。
道を開けた。
まるで兵士が上官を迎えるみたいに。
「……なんだ?」
私兵の一人が呟く。
次の瞬間。
“そいつ”は現れた。
普通のゴブリンより一回り大きい。
灰黒色の皮膚。
胸に走る古傷。
そして。
片手には、巨大な錆びた大鉈。
石畳を擦りながら歩くたび、ギギギ……と耳障りな音が響いた。
セリスの眉が寄る。
「……何ですか、あれは」
ゴブリン。
だが違う。
空気が違った。
獣じゃない。
“知性を持った目”だった。
その瞬間。
ガルクの顔から笑みが消えた。
「……おいおい」
棍棒を握る手に力が入る。
ロイのいない広場で、その声だけが低く響いた。
「なんで都市の地下にこんなモンがいる」
セリスが横目で見る。
「知っているんですか」
「あぁ」
ガルクは吐き捨てた。
「ゴブリンサージェントだ」
「サージェント……?」
「群れをまとめる上位種だ」
ガルクが舌打ちする。
「普通のゴブリンはただ暴れるだけだ」
「だが、あれが混ざると話が変わる」
直後。
ゴブリンサージェントが、大鉈を持ち上げた。
ギャアアアアアッ!!
咆哮。
その瞬間。
ゴブリン達が一斉に動きを変えた。
左右へ展開。
人間の側面へ回り込む。
逃げ遅れた人間から優先して襲い始める。
セリスの背筋が凍った。
「……統率している?」
「だから厄介なんだよ!!」
ガルクが前へ飛び出す。
「セリス!! あいつは俺が抑える!!」
「待っ――」
遅かった。
ガルクが棍棒を振り抜く。
サージェントが大鉈で受け止めた。
轟音。
石畳が砕ける。
「ッ……!」
ガルクの顔が歪む。
重い。
普通のゴブリンとは力が違う。
だが。
「来いよ化け物!!」
ガルクは笑った。
棍棒を振り上げる。
サージェントも咆哮を返す。
二体の激突で、左翼の戦線が崩れた。
「まずい……!」
セリスが振り向く。
空いた横合いから、ゴブリン達が雪崩れ込んできていた。
「止め――」
間に合わない。
一匹が飛びかかる。
セリスが剣を振る。
だが別方向からもう二匹。
完全に包囲される。
セリスの目が見開かれた。
その瞬間。
――銀閃。
一筋の剣光が走った。
ゴブリンの首が宙を舞う。
さらに一閃。
もう一匹の胴が断ち切られた。
血飛沫。
静寂。
セリスの前へ、一人の男が立つ。
黒い外套。
冷えた目。
抜き放たれた軍刀。
レインだった。
「遅くなった」




