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北方徴募兵団 ~使い潰される最前線で数字を見ても英雄にはなれなかった~  作者: 社畜太郎


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第二十四話 泥濘の牙

 広場は地獄になっていた。


 石畳が割れ、地下水路の鉄格子が吹き飛ぶ。


 黒い泥水が噴き上がり、その中から灰色の影が這い出してくる。


 裂けた口。


 黄色い牙。


 腐臭。


 ゴブリンだった。


「――魔物だァァァ!!」


 悲鳴が広場を裂いた。


 群衆が一斉に崩れる。


 怒号と泣き声が混ざり合い、炊き出しの鍋が倒れた。


 冷たい石畳に熱い粥がぶち撒けられる。


 セリスは即座に少女を背中へ庇った。


「下がって!」


 最初の一匹が飛びかかる。


 だがセリスは丸腰だった。


 非番用の灰色の外套だけ。


 剣は軍本部だ。


「ッ……!」


 咄嗟に近くの木箱を蹴り飛ばす。


 木片が砕け、ゴブリンの顔へぶつかった。


 僅かに怯む。


 その横で――。


「ひ、ひぃっ……!」


 互助会の若い護衛が地面へへたり込んでいた。


 腰が抜けている。


 股間から液体が石畳へ広がっていた。


 剣を握ったまま、震えている。


「た、助け……」


 ゴブリンがそいつへ向きを変えた。


 セリスは迷わなかった。


 駆ける。


 護衛の腕から剣をひったくる。


「借りるぞ!」


「えっ――」


 直後。


 ゴブリンが飛びかかってくる。


 セリスは踏み込み、その喉へ剣を叩き込んだ。


 鈍い感触。


 灰色の血が飛ぶ。


 魔物が痙攣しながら崩れ落ちた。


 だが終わらない。


 地下水路から次々と影が現れる。


「まだまだ来るぞ!!」


 ロイが怒鳴った。


 ガルクは倒した私兵崩れが落としていった棍棒を拾い上げる。


「チッ、向こうは数が多ぇ!…こっちは腰抜けばっかりかよ」


 広場では完全に混乱が始まっていた。


 老人が転ぶ。


 母親が子供を抱えて泣く。


 人が人を押し潰しかける。


 このままでは魔物より先に圧死者が出る。


 セリスは怒鳴った。


「落ち着いて!!」


 だが誰も聞かない。


 恐怖で耳が塞がっている。


 その時。


 一匹のゴブリンが泣いている少女へ飛びかかった。


「きゃああ!!」


 セリスが駆ける。


 間に合わない。


 だが。


 横から飛んできた木椀がゴブリンの顔面へ直撃した。


「こっち見ろ化け物!」


 リーネだった。


 煙草を投げ捨て、石を掴んでいる。


 ゴブリンが唸り声を上げ、リーネへ向きを変えた。


「馬鹿ッ!!」


 セリスが叫ぶ。


 だがその隙に、少女は母親へ抱き寄せられた。


 ガルクが横から棍棒を振り抜く。


 ゴブリンの頭が潰れた。


「肝っ玉だけは一人前だな」


「うるさいね!」


 さらに地下水路から数匹が這い出る。


 ロイが舌打ちした。


「クソッ、広場が詰まる!」


 狭い北区では、人が滞留すれば逃げ場がなくなる。


 ロイは周囲を見回し、怒鳴った。


「リーネ!!」


「はぁ!?」


「北区の裏路地わかるな!?」


「当たり前でしょ!」


「だったら避難民を流せ!! 広場通すな!!」


 リーネが一瞬だけ黙る。


 だがすぐ、顔をしかめた。


「……チッ、面倒なの押し付けやがって!」


 彼女は木箱へ飛び乗る。


「ガキ連れてる奴はこっち!!」


「細い路地通るよ!! 走れ!!」


 その声は妙に通った。


 北区の人間の声だった。


 住民たちが反応する。


 さらにロイはミアを見る。


「お前もだ!!」


「え……」


「”表の顔の”北方互助会がやってる浮浪児どもの隠れ場所知ってんだろ!?」


 ミアの顔が強張る。


 だが泣いている子供たちを見て、唇を噛んだ。


「……わ、分かった!」


 ミアは子供たちの手を掴む。


「こっち!!」


「お姉ちゃんが誰にも見つからない場所に連れて行ってあげる!!」


 浮浪児たちが動き始めた。


 北区の子供たちは、北区の逃げ道を知っていた。


 その間にも、セリスは前へ出る。


「ガルクさん! 地下水路から出てくるゴブリンよりも先ずは広場に散ったゴブリンを!」


「言われなくてもやる!」


 ガルクが棍棒を振り回す。


 一匹の顎を砕く。


 ロイは倒れていた槍を拾い、別の一匹を突き飛ばした。


「セリス! 後ろ!」


 振り向く。


 ゴブリンが二匹。


 セリスは剣を構えた。


 荒い。


 借り物の剣だ。


 軍支給の細剣より重い。


 だが退かない。


「来なさい……!」


 ゴブリンが飛びかかる。


 セリスは半歩ずれて斬る。


 一匹の腕が飛ぶ。


 もう一匹が突っ込む。


 肩へ衝撃。


 爪が外套を裂いた。


「ッ……!」


 セリスは至近距離から肘打ちを叩き込み、喉へ剣を突き立てる。


 温い血が腕へ飛び散った。


 呼吸が荒れる。


 怖かった。


 本当は。


 けどここには、泣いている子供がいる。


 震えている人がいる。


 自分と同じ顔をした人間がいる。


 私の立場は何?


 こんな魔物に奪われるぐらいの価値しか無かったの?


 違う。


 セリスは叫んだ。


「北区の人達を優先して逃がしてください!!」


「動ける人は怪我人を支えて!」


「押し合わないで!!」


 その声は、混乱の中でも不思議と響いた。


 軍人の声だった。


 そして少しずつ、人の流れが変わり始める。


 リーネが路地へ誘導する。


 ミアが子供を連れて走る。


 ロイが人波を捌く。


 ガルクが前線を押し返す。


 広場はまだ地獄だった。


 決定的な勝ち筋は見えていない。


 だがまだ戦える。

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