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北方徴募兵団 ~使い潰される最前線で数字を見ても英雄にはなれなかった~  作者: 社畜太郎


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第十九話 地下水路

 雨だった。


 ラーゴスの空を灰色の雲が覆い、北風が石畳を濡らしていた。


 北東区画では、今日も炊き出しと集会が行われていた。


 広場には人が集まる。


 痩せた労働者。


 疲れた母親。


 物乞いの子供。


 そして、その中心で声を上げる男たち。


「王都は北方を見捨てた!」


「物価高騰は中央の搾取だ!」


「我々の生活を守れ!」


 歓声が上がる。


 以前なら警邏隊が傍観していてもよい程度の規模だった。


 だが今は違う。


 炊き出しがある。


 パンが配られる。


 温かいスープがある。


 腹を空かせた人間は、集会へ来る。


 集まってくる群衆は看過できない人数になってきていた。


 ガルクが列へ紛れ込み、パンを受け取って戻ってきた。


「味は普通だな」


「感想はそこですか」


 セリスが呆れた声を出した。


「重要だろ。腐ったもん食わせてるわけじゃねえってことだ」


 ガルクはスープを飲みながら続ける。


「話も聞いてきた。“北方の民を守る会”と”北方互助会”が動いている。組織の中心は商業ギルド系の下受けだとよ。炊き出しの金は商人連中から集めてるらしい」


「商業ギルド、ですか」


「ああ。しかも最近急に羽振りが良くなったんだとよ」


 レインは黙って広場を見ていた。


 炊き出しを受け取る住民たちの顔。


 警邏隊を見る目。


 以前より明らかに刺々しい。


「民衆を味方にするのか」とレインが言った。


「何?」


「何もしない軍と食事を与える組織、どちらが味方なのだろうな」


 ガルクが鼻を鳴らした。


「そりゃ腹減ってる時にパン渡されたらな」


 セリスは視線を細めた。


「問題は、その資金源です」


「地下水路か…」


 ガルクが眉をしかめる。


「地下水路に何があるんだよ、ただの汚水だまりだろう」


―――

 レインはこの前のロイの話を思い出す。


「この街には地下水路が走っているのは知ってるな?」


「北方では冬になると表面に出ている水路は凍って使い物になりませんからね」


 地下水路。


 街が作られたときにできた排水路網。


 今では半分以上が放置され、地図も曖昧になっている。


「じゃあそこを管理している組織は?」


「普通に考えれば地方領主でしょう」


 ロイは頷き、言葉を続ける。


「地方領主様が地下水路を管理するために、商業ギルドに業務を委託し、商業ギルドはそのインフラで金を稼いでやがる」


「その地下水路が何か?」


「地下水路に最近出るんだってよ」


「何が?」


 ロイは声を小さく、耳元でつぶやく。


「子供の幽霊だ」


「子供の幽霊?アンデット系の魔物ですか?」


「だと思うだろう。だけどよく考えてみろ、街に、しかも商業系が管轄している地下水路にアンデット系の魔物が出ていれば、インフラで金を取ってる商業ギルドから討伐依頼は出ているとは思わないか?」


「……確かに。変だな」


「まあ情報としては噂だが、噂になるってことは何かあるんだろう」


「このことはドクには?」


 ロイは厄介だと言わんばかりに鼻を鳴らし、続ける。


「調査依頼も無い状態で冒険者ギルドは、商業ギルド管轄地区は不可侵領域だ」


―――


「可能性はあります」


 レインは頷いた。


 最近、北東区画周辺で流通する酒と煙草の量が減っている。


 だが正規商会の記録と合わない。


 ならば別の流通路がある。


 地下水路。あり得るかもしれない。


 ガルクが顔をしかめた。


「本気で潜るのか?」


「確認は必要だ」


「臭ぇぞ、あそこ」


「知っています」


 北方第七駐屯地にも崩れかけた地下水路はあった。


 腐臭と湿気の匂いは覚えている。


 ——


 レインたちは地下水路へ入った。


 湿った石壁。


 濁った水。


 カンテラの火が揺れる。


 セリスが後ろから言った。


「本来なら、こういう調査は増援を待つべきです」


「時間を与えると痕跡が消える可能性がある」


「それでも危険です」


 珍しく声が強かった。


「組織的犯罪の可能性があります。密売組織なら尚更です。警邏隊だけで踏み込む規模ではありません。中央へ増援要請を出すべきです」


 レインは足を止めなかった。


「今、中央へ報告しても返答に時間がかかる」


「ですが——」


「その間にさらに状況が悪化する」


 セリスが黙った。


 前を歩くガルクが低く言った。


「……誰かいる」


 水路の奥。


 小さな影が動いた。


 レインが灯りを向ける。


 痩せた少女だった。


 十歳ほど。


 裸足。


 腕には縄の痕。


 少女は光を見た瞬間、怯えたように後ずさった。


「待て」


 レインが静かに言う。


 少女は逃げようとして、水路の縁で転んだ。


 ガルクが舌打ちする。


「おいおい……」


 少女は震えていた。


「来ないで……!」


「警邏隊だ」


「うそ……!」


 反応が早すぎた。


 もしかすると、警邏を名乗る相手に追われた経験がある。


 レインは近づき膝をついた。


「名前は」


 少女は答えなかった。


 だが目だけが、恐怖で揺れていた。


 セリスが周囲を見回す。


「……ここ、最近まで人がいた形跡があります」


 毛布。


 箱に詰まった酒の木箱、煙草の吸殻。


 そして鉄枷。


 ガルクの顔が険しくなった。


「奴隷商か」


 少女が震える声を絞り出した。


「逃げてきたの……」


 空気が止まった。


 レインは静かに聞いた。


「どこから」


「知らない……ずっと暗くて……」


 まともな受け答えも難しい。


 長期間閉じ込められていたのかもしれなかった。


 セリスが低い声で言った。


「やはり増援を呼ぶべきです」


「……ああ」


 レインは頷いた。


 ここまでは想定より深い。


 不正流通だけではない。


 人身売買まで絡んでいる。


 その時だった。


 水路の入口側から足音が響いた。


 息を切らしていたロイだった。


「レイン!」


「何だ」


「ドグから伝言だ」


 ロイが唾を飲み込んだ。


「北区担当の情報収集をしていた新人冒険者が一人、行方不明になったんだとよ」


 沈黙が落ちた。


 ガルクが舌打ちした。


「最悪だな……」


 セリスの顔色が変わる。


「いつからです」


「本来なら昨日の夜の任務を、朝報告し報酬を受け取るはずが帰ってきていないらしい」


 レインは少女を見た。


 縄の痕。


 地下水路。


 消えた冒険者。


 全部が一本の線で繋がり始めていた。


 そして、その線の先には。


 闇が待っていた。

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