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北方徴募兵団 ~使い潰される最前線で数字を見ても英雄にはなれなかった~  作者: 社畜太郎


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第十三話 冒険者ギルド

 数日後。


 レインはガルクに連れられ、ラーゴス冒険者ギルドを訪れていた。


 ラーゴス冒険者ギルドは、北方らしい無骨な建物だった。


 厚い石壁。


 煤けた梁。


 昼間だというのに酒の匂いが残っている。


 入口には依頼札が並び、朝から冒険者たちが騒いでいる。


 ガルクに連れられて中へ入ると、何人かの冒険者がこちらを見た。


「おいガルク、また新人連れてきたのか」


「今回は役人だぞ」


「役人?」


 周囲の視線が集まる。


 ガルクは親指でレインを示した。


「おい、また厄介事か?」


「違ぇよ」ガルクが笑う。「新しく来た警邏隊の士官だ。しかも北方育ちだぞ」


 その言葉だけで、空気が少し変わった。


 北方育ち。


 この土地では、それだけで通じるものがある。


 寒さ。


 魔物。


 補給不足。


 冬を越える苦しさ。


 言葉にしなくても共有できる感覚だった。


 「ほら、行くぞ」


 ガルクが奥へ歩く。


 二階の部屋へ通された。


 中には五十代ほどの男が座っていた。


 白髪混じり。


 分厚い腕。


 年老いてはいるが、現役の熊のような威圧感がある。


 机には大量の書類が積まれていた。


 奥の机に座っていた大柄な男が顔を上げた。


「ギルドマスターのドグだ」とガルクが言った。


 レインは軽く礼をした。


「レイン・アルヴァードです。ラーゴスの警邏隊に配属されました」


「士官学校上がりか」


「はい」


「北方へは飛ばされてきた顔してるな」


 レインは少し眉をひそめ、ドグ見た。


 ドグは鼻を鳴らした。


「その顔は何人も見てきた。中央で使いにくい奴ほど北へ来る」


 ガルクが笑った。


「当たりだな」


「笑い事じゃねぇ」


 そう言いながらも、ドグの目には面白がる色があった。


「で、第七駐屯地出身だって?」


「はい」


「知っているんですか」


「昔、何度か関わった。冬になると、あそこは駐屯地だけじゃ回らなくなる。冒険者にも討伐依頼が来るんだ」


 ガルクが酒瓶を勝手に持ち上げる。


「北方の前線だろ? よく生き残れたな」


 何気ない言葉だった。


 ドグが腕を組む。


「よく生き残ったな。あそこは魔物より先に人間が壊れる」


「運が良かったです」


「運だけで残れる場所じゃねぇよ」


 ドグはレインを見た。


「どうやって生き延びた」


 レインは少し考えた。


「……一人では無理でした」


「ほう?」


「バルドという古参兵に、生き方を教わりました」


 ドグの表情が止まった。


「今、誰の名前を言った?」


「バルドです」


 空気が変わった。


 ガルクが首を傾げる。


「知り合いか?」


 ドグは答えなかった。


 じっとレインを見ている。


「背が高くて、無骨な人です。片目に古傷があって——」


「……生きてやがったのか、あの馬鹿」


 低い声だった。


 ドグは深く息を吐いた。


「元々、北方じゃ名の知れた冒険者だった」


「冒険者?」


「ああ。無茶をするくせに、生還率だけは異様に高い。仲間を死なせねぇ男だった」


 ドグは苦い顔をした。


「だが、ある時から冒険者ギルドから消えた」


「何があったんですか」


 ドグが答えようとした時、扉が開いた。


 その時だった。


 扉が開いた。


「お茶、お持ちしました」


 若い女が木盆を持って入ってきた。


 栗色の髪を後ろで束ねた、落ち着いた雰囲気の受付嬢だった。


 年齢は二十代前半ほど。


 彼女は中に入ってこようとし——動きを止めた。


「……バルド?」


 声が震えていた。


 ドグが舌打ちする。


「おい、ミレナ」


 ミレナと呼ばれた受付嬢は、レインを見ていた。


「今……バルドって……」


 レインは戸惑った。


「はい。第七駐屯地で世話になった古参兵ですが」


 木盆が小さく揺れる。


 茶器が音を立てた。


 ミレナの顔色が変わっていた。


「生きてるんですか……?」


 レインは答える前に、ドグを見た。


 ドグは苦い顔をしていた。


「……言ってなかったか」


「何をですか」


 ドグは頭を掻いた。


「そいつはバルドの娘だ」


 沈黙が落ちた。


 ミレナは俯いたまま、強く唇を噛んでいた。


「父は……十年以上前に死んだって聞かされてました」


 レインは言葉を失った。


 第七駐屯地で、バルドは自分の過去をほとんど話さなかった。


 レインは答えに迷った。


「少なくとも、自分が北方を出る時は生きていました」


 ミレナの表情が揺れる。


 安心とも、困惑ともつかない顔だった。


 ドグが低く言った。


「死んだことになってた方が都合が良かったんだろうさ」


「どういう意味ですか」


 ドグはしばらく黙った。


 それから諦めたように言った。


「商人の手首を切り落とした」


 ギルドの空気が静まった。


「……は?」


 ガルクが間の抜けた声を出す。


「十年以上前だ。北方で違法奴隷取引をやってた商人がいた。証拠は出ねぇ。だが捕まえた子供が何人も消えてた」


 ドグは苦い顔をした。


「バルドはその商人を半殺しにして、右手首を落とした」


 レインは黙って聞いていた。


「本来なら処刑でもおかしくなかった。だが北方は人手不足だ。腕の立つ冒険者を殺す余裕もない。だから軍へ回された」


「第七駐屯地へ」


「ああ。懲罰人事だ」


 ミレナが俯いた。


「……母は、父は罪人になったと」


 ドグは答えなかった。


「私は、父に捨てられたんだと思ってました」


 静かな声だった。


 レインの脳裏に、第七駐屯地のバルドが浮かぶ。


 何も言わず黙々と任務にあたっていた顔。


 無愛想な顔。


 それでも倒れた兵士を黙って運んでいた背中。


 ——慣れた奴は壊れている。


 ——使い切って死ね。


 あの男は、一度壊れていたのかもしれない。


 ミレナは少し俯いたまま、小さく言った。


「……生きてるんですね」


「はい」


 それだけしか、レインには言えなかった。

――――


 話が一段落すると、ドグが机を指で叩いた。


「で、本題だ」


 ドグはレインを見た。


「冒険者ギルドにも、少し警邏の仕事を回してほしい」


「警邏の仕事を?」


「ああ。魔物討伐や遺跡探索だけが冒険者の仕事じゃねぇ」


 ドグは周囲を顎で一階の受付を示した。


 ギルドの受付には、若い冒険者だけではなく、年配の者も多かった。


 片足を引きずる男。


 古傷だらけの女。


 装備の古い新人たち。


「北方で長くやると、前線に出られなくなる奴が増える。新人は実力不足、年寄りは体が持たねぇ」


「だから警邏の補助を?」


「荷運び、巡回、行方不明者の捜索、夜間見回り。そういう仕事なら食っていける奴もいる」


 レインは少し考えた。


 第七駐屯地でも似たようなことはあった。


 戦えなくなった兵士は雑務へ回される。


 だが雑務にも意味はある。


 人間は、役割を失うと壊れる。


「上に掛け合ってみます」


 ドグが片眉を上げた。


「即答するのか」


「現場の負担軽減にもなります。警邏隊だけでは北東区画まで手が回っていません」


「……現場を見てから話す奴か」


 ドグが苦く笑った。


「士官学校上がりにしちゃ珍しいな」


 ガルクが肩を叩いてくる。


「だから連れてきたんだよ」


 ——


 ギルドを出る頃には、外は夕暮れだった。


 北方の空は暗くなるのが早い。


 石畳を歩き始めた時だった。


「……待ってください」


 後ろから声がした。


 振り返ると、ミレナが立っていた。


 昼間の受付服のまま、息を切らしている。


「どうしました」


 ミレナは少し周囲を見た。


 人通りを気にしているようだった。


「少しだけ……話を」


 レインは足を止めた。


 ミレナは俯き気味に口を開く。


「父のことです」


 その声は小さい。


「表向きには、私は関係ないことにしたいんです」


 レインは黙って聞いていた。


「父は犯罪者です。商人を襲って、軍へ送られた。ギルドでも、街でも、そういう扱いです」


 ミレナは手を握りしめた。


「だから今さら娘面をするのは、おかしいって分かっています」


「……」


「でも」


 そこで声が少し震えた。


「生きているなら、迎えに行きたいんです」


 レインは静かにミレナを見た。


「母は亡くなりました。父の話をすることもなく」


 夕暮れの風が吹く。


「本当に違法奴隷取引を止めようとしていたなら……証拠があれば、父は戻って来れるはずです」


 必死だった。


 表情を抑えようとしているのに、声だけが抑えきれていない。


「お願いします」


 ミレナが頭を下げた。


「第七駐屯地を調べてください。父のことを」


 その時だった。


「随分と面倒な話を抱え込みましたね」


 静かな女の声が割って入った。


 レインが振り返る。


 そこには、副官のセリスが立っていた。


 夕暮れの石畳の上で、静かな目をこちらへ向けている。


 いつからいたのか分からない。


 ミレナが慌てて顔を上げた。


「ち、違うんです、これは——」


「警邏隊士官へ個人的依頼」


 セリスは淡々と言った。


「内容は元犯罪者の身辺調査。規則上はかなり危ういですね」


 ミレナの顔色が変わる。


 レインはセリスを見た。


「聞いていたのか」


「途中からです」


 セリスはミレナへ視線を向けた。


「ですが、一つだけ確認を」


「……何でしょう」


「あなたは、“父親を助けたい”のですか」


 ミレナは答えに詰まった。


 セリスは静かに続ける。


「それとも、“父親が悪人ではなかった証拠”が欲しいのですか」


 夕暮れの空気が静まる。


 ミレナはしばらく俯いていた。


 やがて小さく言った。


「……両方です」


 セリスは何も言わなかった。


 ただ静かにミレナを見ていた

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