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北方徴募兵団 ~使い潰される最前線で数字を見ても英雄にはなれなかった~  作者: 社畜太郎


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第十二話 北東区画

 ラーゴス着任から三日後。


 レインは北東区画の視察へ出ていた。


 同行するのは副官のセリスだけだ。


 冬の風が石畳を吹き抜ける。


 空は灰色だった。


「北東区画は、元々は労働者街です」


 セリスが歩きながら言う。


「鉱夫、荷運び、解体業者。ですが近年は失業者と流民が増えました。今は貧民街に近いですね」


「治安は」


「窃盗と暴力沙汰が中心です。殺しは少ないですが」


「理由は」


「死体は金を生みませんから」


 淡々とした声だった。


 区画の奥へ進むにつれ、建物の傷みが目立ち始める。


 割れた壁。


 板で塞がれた窓。


 痩せた人間たち。


 北方第七駐屯地の周囲と、よく似た空気だった。


 その時、小さな影がレインへ近づいてきた。


 七歳ほどの子供だった。


 服は擦り切れ、頬は痩けている。


「おにーさん……」


 小さな声。


 痩せた子供が近づいてきた。


 服はぼろぼろで、頬が痩けている。


「パン……ください」


 レインは足を止めた。


 懐へ手を入れる。


 だが。


「やめてください」


 セリスが静かに言った。


 レインが見る。


「一人へ与えれば、次も来ます。明日も来ます。ずっと与え続けられるなら意味はあります。でも、そうではないでしょう」


 子供は黙ってレインを見ていた。


 セリスは続ける。


「今だけの施しは、生きるための力を奪うこともあります」


 冷たい言葉に聞こえた。


 だが声音は硬くない。


 むしろ迷いを押し殺しているようだった。


 レインはゆっくり手を下ろした。


「……悪い」


 子供は何も言わず、別の通行人へ向かっていった。


 しばらく沈黙が続く。


「嫌われますよ」


 セリスが言った。


「そうかもしれない」


「優しく見える人ほど、こういう時に嫌われます」


 レインは答えなかった。


 北方では、全員を助けることはできなかった。


 食糧も。


 毛布も。


 薬も。


 足りない。


 だから選ぶ。


 その結果、救えない人間が出る。


 第七駐屯地で何度も見た光景だった。


 ——


 夕方。


 二人が本通りへ戻った時だった。


 レインの視線が、一人の男を捉えた。


 薄汚れた外套。


 だが歩き方に疲弊がない。


 靴も、この区画では妙に質が良かった。


 男は周囲を気にするように視線を動かし、そのまま細い路地へ消える。


 レインは目を細めた。


「……今の男」


「さあ」


 セリスは軽く肩を竦めた。


「たまたま通った商人では?」


「貧民街にか」


「近道くらいするでしょう」


 返答は自然だった。


 だが少しだけ早かった。


 レインは路地を見た。


 暗く、奥は見えない。


 追うべきか迷ったが、証拠は何もない。


「記録だけしておきます」


「それが良いと思います」


 セリスは静かに頷いた。


 ——


 視察を終え、中央通りへ戻った頃だった。


「お、王都士官殿」


 聞き覚えのある声が飛んだ。


 振り返ると、大柄な男が片手を上げていた。


 毛皮の外套。


 背中の大剣。


 冒険者のガルクだった。


「また会いましたね」


「北は狭いんだよ」


 ガルクは笑った。


「どうだ、王都士官様は。街は好きになれそうか?」


「まだ分かりません」


「真面目な返事だな」


 ガルクは豪快に笑った。


「まあいい。せっかくだ、飲んでけ」


「今からですか」


「北方の人間は、とりあえず酒場で話すもんだろ」


「そんな決まりは知りませんが」


「今知れ。ほら、そこの姉ちゃんも行くぞ」


 半ば強引に、レインは酒場へ連れて行かれた。


 古い木造の店だった。


 酒と肉の匂い。


 冒険者たちの笑い声。


 騒がしい空気だった。


 席へ着くなり、ガルクが酒を煽る。


「で、王都士官殿はどこの出だ?」


「北方辺境です」


「やっぱりか」


 ガルクが頷く。


「空気で分かる。王都育ちとは歩き方が違う」


「ガルクも北方だと言っていましたね」


「ああ。東側の山沿いだ。冬になると狼型魔物が村まで降りてくる」


「似たような場所です」


「だろうな!」


 ガルクは嬉しそうに笑った。


「北の人間は大体、飯と冬と魔物の話で盛り上がれる」


 そのまま話は長くなった。


 冬営の苦労。


 凍った保存肉の切り方。


 北方で酒を飲む時は、まず身体を温めてから飲まないと腹を壊すこと。


 王都の貴族には絶対分からない話ばかりだった。


 セリスは横で静かに酒を飲んでいた。


「でさ」とガルクが言った。


「今度、冒険者ギルドに顔出してくれねえか」


「ギルドに?」


「警邏隊と冒険者は揉めることも多いが、北じゃ繋がりが必要だ。魔物絡みは特にな」


 ガルクは酒杯を揺らした。


「それに、現場見るタイプの隊長なら歓迎される」


 レインは少し考えた。


「……時間が合えば」


「それでいい」


 ガルクは満足そうに笑った。


 その横で、セリスだけが静かに二人を見ていた。


 感情の読めない目だった。

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