第十話 配属
卒業式は簡素だった。
広間に候補生が並ぶ。
教官が成績を読み上げる。
配属先が告げられる。
それだけだ。
だが壁際に立つ候補生たちの顔は、一様に緊張していた。
この場所で、これからの数年が決まる。
——
最初に呼ばれたのはセルジュだった。
「セルジュ・ハーランド。総合成績一位。近衛騎兵団第一師団へ配属」
貴族候補生たちから拍手が上がった。
近衛騎兵団。
王都防衛の中核。
貴族士官にとって最高峰の一つだ。
セルジュは静かに礼をした。
いつもの余裕ではなく、どこか引き締まった顔だった。
配属辞令を受け取り、壇上から列へ戻るセルジュがレインの前で足を止めた。
周囲では配属を祝う声が飛び交っている。だがセルジュはそちらを見なかった。
「図上演習の件、考え続けている」
「そうですか」
「補給線を見ていたつもりだった。だが俺は、前線が押している間、前しか見えていなかった」
セルジュは静かに続けた。
「総合演習で情報を共有したのも、全体を見るとはどういうことかを、体で学んだからだ」
レインは黙って聞いていた。
「お前は次、中央軍か」
「まだ発表されていません」
「成績からすれば中央のはずだ」セルジュは言った。「俺は近衛へ行く。お前が中央へ行くなら、いずれまた当たる」
「そうなれば」
「好敵手だ」
セルジュの声に、珍しく力が入った。
「図上演習の借りは戦場で返す。そういう意味だ」
レインは少し考えた。
「借りとは思っていませんが」
「俺が決める」
それだけ言って、セルジュは歩いた。
——
「クレイン・アルヴィス。総合成績三位。中央軍騎兵師団第二連隊へ配属」
アルヴィス家の次男も、相応の配属だった。
淡々と礼をして、辞令を受け取った。
——
「エルト・ファーレン。南方軍騎兵師団第三連隊へ配属」
エルトの隣で、貴族候補生の数人がざわめいた。
「南方軍? 近衛でも中央でもないのか」
「ファーレン男爵家にしては……」
エルトは表情を変えなかった。
辞令を受け取り、壇上から離れながら、ダンの隣を通った。
「南方か」とダンが小声で言った。
「中央の次にいい所、上から二番目です」とエルトは静かに答えた。「落ちこぼれでも、貴族ですから」
最後の言葉が、少し寂しそうだった。
——
「ダン・クルーゾ。西方軍重歩兵師団第一連隊へ配属」
「よし」
ダンは小さく、だが確かな声で言った。
壇上へむかう際、ダンはレインを見た。
「お前はどこだだろうな」
「さあ。まだ呼ばれない」
「きっと平民の誉れを見せてくれるんだろうな」
ダンは小さく笑った。
——
最後に呼ばれた。
「レイン・アルヴァード。北方、ラーゴス市警邏隊へ配属」
一瞬。
広間の空気が止まった。
次の瞬間、小さなどよめきが広がる。
「……北方の警邏隊?」
「士官学校主席級だぞ」
「あり得ない」
「中央軍じゃないのか」
困惑だった。
嘲笑ではない。
誰の目にも、不自然だった。
ダンが真っ先に振り返った。
「……レイン」
レインは黙っていた。
北方。
第七駐屯地ではない。
ラーゴス。
北方最大級の都市。
——
式が終わった後、老士官がレインを呼んだ。
他の候補生が広間を出ていく中、二人だけが残った。
「言っておくことがある」
老士官は静かに言った。
「聞かせてください」
「この配属は、成績で決まったものではない」
レインは老士官を見た。
「政治だ」と老士官は続けた。「糸を引くのは、いつでも力を持つ者だ。お前の配属に、横から手が入った」
「……王権派貴族主義の方々ですか」
「セルジュを慕う一派だ。平民が上位で卒業するのが気に入らなかったのだろう。あるいは、近くに置きたくなかったか」
レインは少し黙った。
「セルジュ自身は」
「関係していない」と老士官は言った。「あれは正面からしか戦わない男だ。差金を使う性格ではない」
広間に沈黙が落ちた。
「王都の軍は、優秀な人間を中央へ集めたがる」
老士官は静かに言った。
「だが同時に、“都合の悪い優秀さ”を遠ざけたがる者もいる」
レインは黙って聞いていた。
「怒っていないのか」
「怒っても配属は変わりません」
「そういうことを聞いているんじゃない」
レインは少し考えた。
「北方第七駐屯地にいた頃も、理不尽なことばかりでした。補給が来ない。壁が崩れる。兵士が過労で倒れる。怒る前に、次を考えていました」
老士官はしばらくレインを見ていた。
「それで消耗していなかったか」
「慣れていました」
「慣れたふりをするだけだ、と言った男がいなかったか」
レインは少し驚いた。
「バルドのことを知っているんですか」
「お前の評価書を作るにあたって、第七駐屯地に問い合わせた」老士官は静かに言った。「古参兵に、よく面倒を見られたそうだな」
レインは答えなかった。
老士官は窓の外を見た。
「北方へ行け」
「はい」
「ラーゴスは北方の要衝だ。警邏とはいえ、見えるものがある。駐屯地とは違う形で、現場を見ることができる」
「政治で飛ばされた先でも、仕事はあると」
「そういうことだ」
老士官は静かに続けた。
「場所は選べない。だがそこで何をするかは、お前が決める」
老士官は背を向けた。
「北方で現場を見てこい。お前が次に立つ場所は、そこから見えてくる」
——
広間を出ると、廊下の窓際にセルジュが立っていた。
祝いの輪から離れて、一人で外を見ていた。
レインの足音に気づき、振り返った。
「北方の警邏隊だと聞いた」
その声に、いつもの平静さがなかった。
「はい」
「成績で決まったわけではないな」
固い声だった。
断言だった。
問いではない。
「老士官にそう聞きました」
セルジュは黙ったまま、窓の外を見た。
「俺の名前、家柄が関係しているのか」
「直接は聞いていません」
「だがそういうことだろう」
レインは答えなかった。
セルジュは黙って石畳を見た。
しばらく何も言わなかった。
「……すまない」
「貴方は関係していないでしょう」
「俺が関係していなくても」セルジュは静かに言った。「俺の名前が使われた。それは同じことだ」
広間の外から笑い声が聞こえた。
レインは少し考えてから言った。
「北方で見たことは、いつか伝えます」
「ああ」
「その代わり、一つだけ言わせてください」
セルジュが顔を上げた。
「中央で、現場を知らない軍人にはならないでください」
沈黙が落ちた。
「図上演習で地図盤の補給線を見ていた目で、王都から現場を見ていてください。そうでなければ、貴方が前線に立てと命じた兵士が、どこで死ぬか分からないまま命令を出すことになります」
セルジュはしばらくレインを見ていた。
「……お前は俺に説教をしているのか」
「そうです」
セルジュは少し笑った。
初めて見る笑い方だった。
余裕でも嘲りでもない。
ただの、笑いだった。
「北方から戻ったら、続きを聞かせろ」
「その時は聞いてください」
二人は別れた。
——
校舎の外で、ダンが待っていた。
エルトもいた。
「北方の警邏か」とダンが言った。
「ああ」
「納得してるのか」
「してない」とレインは言った。「でも行く」
ダンは少し笑った。
「そういうやつだよな、お前」
ダンは手を伸ばした。
鍛冶屋の息子の太い手だ。
レインは握った。
「西方で死ぬなよ」
「北方で死ぬなよ」
エルトが静かに言った。
「南方から、たまに連絡します」
「頼む」
「北方でのご武運を」
三人は別れた。
レインは一人、王都の石畳を歩いた。
北へ向かう街道の入口まで来て、立ち止まる。
振り返ると、白亜の校舎がある。
前を向くと、北の空がある。
灰色の雲。
冬の匂い。
見知った空だった。
理不尽だと思う気持ちは、ある。
だが怒りより先に、頭が動いていた。
ラーゴスで何が見える。
北方の主要都市の警邏は、何を知っている。
現場から見れば、何が分かる。
冷たい風が吹いた。
王都の風ではない。
北方の風だった。
レインは少しだけ目を細める。
懐の中で、父の革手袋が軋んだ。
まだ途中だ。




