表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
北方徴募兵団 ~使い潰される最前線で数字を見ても英雄にはなれなかった~  作者: 社畜太郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/21

第十話 配属

 卒業式は簡素だった。


 広間に候補生が並ぶ。


 教官が成績を読み上げる。


 配属先が告げられる。


 それだけだ。


 だが壁際に立つ候補生たちの顔は、一様に緊張していた。


 この場所で、これからの数年が決まる。


 ——


 最初に呼ばれたのはセルジュだった。


「セルジュ・ハーランド。総合成績一位。近衛騎兵団第一師団へ配属」


 貴族候補生たちから拍手が上がった。


 近衛騎兵団。


 王都防衛の中核。


 貴族士官にとって最高峰の一つだ。


 セルジュは静かに礼をした。


 いつもの余裕ではなく、どこか引き締まった顔だった。


 配属辞令を受け取り、壇上から列へ戻るセルジュがレインの前で足を止めた。


 周囲では配属を祝う声が飛び交っている。だがセルジュはそちらを見なかった。


「図上演習の件、考え続けている」


「そうですか」


「補給線を見ていたつもりだった。だが俺は、前線が押している間、前しか見えていなかった」


 セルジュは静かに続けた。


「総合演習で情報を共有したのも、全体を見るとはどういうことかを、体で学んだからだ」


 レインは黙って聞いていた。


「お前は次、中央軍か」


「まだ発表されていません」


「成績からすれば中央のはずだ」セルジュは言った。「俺は近衛へ行く。お前が中央へ行くなら、いずれまた当たる」


「そうなれば」


「好敵手だ」


 セルジュの声に、珍しく力が入った。


「図上演習の借りは戦場で返す。そういう意味だ」


 レインは少し考えた。


「借りとは思っていませんが」


「俺が決める」


 それだけ言って、セルジュは歩いた。


 ——


「クレイン・アルヴィス。総合成績三位。中央軍騎兵師団第二連隊へ配属」


 アルヴィス家の次男も、相応の配属だった。


 淡々と礼をして、辞令を受け取った。


 ——


「エルト・ファーレン。南方軍騎兵師団第三連隊へ配属」


 エルトの隣で、貴族候補生の数人がざわめいた。


「南方軍? 近衛でも中央でもないのか」


「ファーレン男爵家にしては……」


 エルトは表情を変えなかった。


 辞令を受け取り、壇上から離れながら、ダンの隣を通った。


「南方か」とダンが小声で言った。


「中央の次にいい所、上から二番目です」とエルトは静かに答えた。「落ちこぼれでも、貴族ですから」


 最後の言葉が、少し寂しそうだった。


 ——


「ダン・クルーゾ。西方軍重歩兵師団第一連隊へ配属」


「よし」


 ダンは小さく、だが確かな声で言った。


 壇上へむかう際、ダンはレインを見た。


「お前はどこだだろうな」


「さあ。まだ呼ばれない」


「きっと平民の誉れを見せてくれるんだろうな」


 ダンは小さく笑った。


 ——


 最後に呼ばれた。


「レイン・アルヴァード。北方、ラーゴス市警邏隊へ配属」


 一瞬。


 広間の空気が止まった。


 次の瞬間、小さなどよめきが広がる。


「……北方の警邏隊?」


「士官学校主席級だぞ」


「あり得ない」


「中央軍じゃないのか」


 困惑だった。


 嘲笑ではない。


 誰の目にも、不自然だった。


 ダンが真っ先に振り返った。


「……レイン」


 レインは黙っていた。


 北方。


 第七駐屯地ではない。


 ラーゴス。


 北方最大級の都市。


 ——


 式が終わった後、老士官がレインを呼んだ。


 他の候補生が広間を出ていく中、二人だけが残った。


「言っておくことがある」


 老士官は静かに言った。


「聞かせてください」


「この配属は、成績で決まったものではない」


 レインは老士官を見た。


「政治だ」と老士官は続けた。「糸を引くのは、いつでも力を持つ者だ。お前の配属に、横から手が入った」


「……王権派貴族主義の方々ですか」


「セルジュを慕う一派だ。平民が上位で卒業するのが気に入らなかったのだろう。あるいは、近くに置きたくなかったか」


 レインは少し黙った。


「セルジュ自身は」


「関係していない」と老士官は言った。「あれは正面からしか戦わない男だ。差金を使う性格ではない」


 広間に沈黙が落ちた。


「王都の軍は、優秀な人間を中央へ集めたがる」


 老士官は静かに言った。


「だが同時に、“都合の悪い優秀さ”を遠ざけたがる者もいる」


 レインは黙って聞いていた。


「怒っていないのか」


「怒っても配属は変わりません」


「そういうことを聞いているんじゃない」


 レインは少し考えた。


「北方第七駐屯地にいた頃も、理不尽なことばかりでした。補給が来ない。壁が崩れる。兵士が過労で倒れる。怒る前に、次を考えていました」


 老士官はしばらくレインを見ていた。


「それで消耗していなかったか」


「慣れていました」


「慣れたふりをするだけだ、と言った男がいなかったか」


 レインは少し驚いた。


「バルドのことを知っているんですか」


「お前の評価書を作るにあたって、第七駐屯地に問い合わせた」老士官は静かに言った。「古参兵に、よく面倒を見られたそうだな」


 レインは答えなかった。


 老士官は窓の外を見た。


「北方へ行け」


「はい」


「ラーゴスは北方の要衝だ。警邏とはいえ、見えるものがある。駐屯地とは違う形で、現場を見ることができる」


「政治で飛ばされた先でも、仕事はあると」


「そういうことだ」


 老士官は静かに続けた。


「場所は選べない。だがそこで何をするかは、お前が決める」


 老士官は背を向けた。


「北方で現場を見てこい。お前が次に立つ場所は、そこから見えてくる」


 ——


 広間を出ると、廊下の窓際にセルジュが立っていた。


 祝いの輪から離れて、一人で外を見ていた。


 レインの足音に気づき、振り返った。


「北方の警邏隊だと聞いた」


 その声に、いつもの平静さがなかった。


「はい」


「成績で決まったわけではないな」


 固い声だった。


 断言だった。


 問いではない。


「老士官にそう聞きました」


 セルジュは黙ったまま、窓の外を見た。


「俺の名前、家柄が関係しているのか」


「直接は聞いていません」


「だがそういうことだろう」


 レインは答えなかった。


 セルジュは黙って石畳を見た。


 しばらく何も言わなかった。


「……すまない」


「貴方は関係していないでしょう」


「俺が関係していなくても」セルジュは静かに言った。「俺の名前が使われた。それは同じことだ」


 広間の外から笑い声が聞こえた。


 レインは少し考えてから言った。


「北方で見たことは、いつか伝えます」


「ああ」


「その代わり、一つだけ言わせてください」


 セルジュが顔を上げた。


「中央で、現場を知らない軍人にはならないでください」


 沈黙が落ちた。


「図上演習で地図盤の補給線を見ていた目で、王都から現場を見ていてください。そうでなければ、貴方が前線に立てと命じた兵士が、どこで死ぬか分からないまま命令を出すことになります」


 セルジュはしばらくレインを見ていた。


「……お前は俺に説教をしているのか」


「そうです」


 セルジュは少し笑った。


 初めて見る笑い方だった。


 余裕でも嘲りでもない。


 ただの、笑いだった。


「北方から戻ったら、続きを聞かせろ」


「その時は聞いてください」


 二人は別れた。


 ——


 校舎の外で、ダンが待っていた。


 エルトもいた。


「北方の警邏か」とダンが言った。


「ああ」


「納得してるのか」


「してない」とレインは言った。「でも行く」


 ダンは少し笑った。


「そういうやつだよな、お前」


 ダンは手を伸ばした。


 鍛冶屋の息子の太い手だ。


 レインは握った。


「西方で死ぬなよ」


「北方で死ぬなよ」


 エルトが静かに言った。


「南方から、たまに連絡します」


「頼む」


「北方でのご武運を」


 三人は別れた。


 レインは一人、王都の石畳を歩いた。


 北へ向かう街道の入口まで来て、立ち止まる。


 振り返ると、白亜の校舎がある。


 前を向くと、北の空がある。


 灰色の雲。


 冬の匂い。


 見知った空だった。


 理不尽だと思う気持ちは、ある。


 だが怒りより先に、頭が動いていた。


 ラーゴスで何が見える。


 北方の主要都市の警邏は、何を知っている。


 現場から見れば、何が分かる。


 冷たい風が吹いた。


 王都の風ではない。


 北方の風だった。


 レインは少しだけ目を細める。


 懐の中で、父の革手袋が軋んだ。


 まだ途中だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ