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ミリのシンデレラストーリー   作者: ゆいき
イザベラ姫の災難
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本気の誘い

ミントリオまでは二日はかかるということなので、私たちはその間にあるそれなりに広いが国の半分は山岳地帯のレパオという国で一泊することになった。


「のどかな国ですねぇ」


見える景色は山頂に雪をかぶった山ばかりだ。


「そうだな。…ここは一国というより山の合間にあるいくつかの町が協定を結び互いの自治を認め合いながら成立している」

「へぇ。じゃあ王様はいないんですか?」

「その通りだ。その代わり民間で選ばれた国の代表者は存在する」

「え!?自分たちで選ぶんですか!?」


私は心底驚いた。


「じゃあ身分ってのはどうなるんですか?」

「元々こういう国では明確な身分なんてものはない。厳しい環境下では皆手を取り合って生き抜かねば果ててしまうからな」

「そう…なんだ。そんな国もあるんだ…」


私はみんなが平等というファンタジーのような世界を想像してみた。


「何だかそれっていいですね」

「いいことばかりでもないさ。強国に立ち入られた時に対抗する王族がいないとたちまち飲み込まれてしまう。現にこの国はニヴタンディから独立しきれてはいない」

「え、そうなんですか?」

「まぁあまり価値を見出されていない為か殆ど野放し状態みたいだがな」

「国に事情有りですねぇ」


私が言うと王子は笑みを浮かべた。


「ミリは良い意味で女らしくないな」

「悪かったですね」

「良い意味だと言った。普通ならこんな話より今流行りの詩だとか、観劇の話の方が女は喜ぶ」

「はぁ…。でも私はそういった眩しいものに縁がなかったので。大体そういうのって色恋沙汰が多いですし」


そりゃ沢山本は読んでたから全く知らないわけじゃない。

興味がないとは言わないが、そこまで感銘を受けることも無かった。


「まぁ、私には一生関係ないことなので」


何気なく言ったが、王子は途端に黙り込んでしまった。

ずっと続いていた会話がなくなるとやたら馬の足音が耳に入る。

王子はそのまま私を支える手に少しだけ力を込めると、近くまで迫った町へと入って行った。


町はそこそこ栄えていた。

大貴族の屋敷みたいな豪邸はないが、観光客用に整えられた施設があちこちにきちんと用意されている。

王子は列を止めるとすぐに指示を飛ばした。

姫たちが不備なく過ごせるように既に手配は済ませている。

行列はほどなくして解散された。


残ったのは王子と私。

それからレイとネイカ。

そして五人の貴族騎士。

まずい。

行列がなくなった方がなんだか恐いじゃないか。

私が不安そうにしていると王子が馬を進めながら言った。


「今日は俺がそばにいる。心配せずとも手を出させたりはしないさ」

「う…はい」


その言葉通り、王子は私を連れたまま国の代表者へ挨拶をしに行った。

確かにそばにいてくれるがこれはこれで気まずい思いだった。

だってこんな時に王子の隣にいたら何だか正妻みたいじゃないか。

王子は一体何を考えているのやら。


代表から町の説明をあらかた受けた後は今夜の宿へと案内された。

町の中でも最高ランクの宿泊施設だけあって、外観も美しく中も贅をつくした作りだ。

レイとネイカは王子の部屋を確認してからすぐにどこかへ行った。

貴族騎士たちも自分の部屋へと散ったので、私はここでやっと解放された気分になった。

とりあえず王子の部屋へ一緒に入ると大きく伸びをする。


「はあぁ、疲れた」

「しばらく休め。すぐにレイも戻る」

「レイどこへ行ったんですか?」

「おそらくこの近辺の視察だ。身を落ち着ける場所が安全とは限らないからな」

「そ、そうですか」


何だか物騒だな。

こんなに平和な町なのにそこまで警戒する必要あるのかな。

私は窓から外を覗いて見た。

遠くには厳しくも美しい、雪山が並んでいる。

私は着込んだ羽織ものを一枚脱ぐと手に持った。


「あの。そういえば私は今日どこに泊まればいいんですかね」


身の落ち着きどころが知りたくて聞いたが、とっくに軽装になった王子は平然と言った。


「ミリはこの部屋だ」

「へ!?」

「俺の側室にこの国の姫は一人もいない。お前が同じ部屋でも問題はないだろ」

「は!?」


いやいやいや!!

問題はそこじゃないぞ!!


「あのですね…」

「今日はどこへ出掛けたい?」

「へ?」

「またお忍びで町の奥まで行くか?一国の王子という肩書きならいくらでも贅沢な思いはさせてやれるがミリはそれを好まないだろう?」

「いや、ちょっ…」

「ミリ」


王子は焦る私に手を伸ばした。

長い黒髪を何度か撫でると私の肩にかける。

その仕草が何だか愛おしげで、私は硬直した。


「お前は何が欲しい?」

「…え?」

「俺はお前に何をやれる?」

「…」


…意味がわからない。

意味がわからないぞ。

王子は一体何を言ってるんだ?

…。

違うな。

何が言いたいんだ?

何も答えられないでいると王子は私を引き寄せた。


「出来ることなら何でもしてやる。…だから」


私を覗き込む綺麗な瞳は優しく細められた。


「今夜は俺のそばにいろ」


…。

…。

…。

……は?


「お、王子、からかわないでください!!」


私は真っ赤になって抗議したが、王子は怒る私の頬をそっと指でなぞった。


「俺は本気だ」

「はぇ!?」

「前も言った。本気でミリが欲しい」

「嘘嘘嘘!!絶対嘘!!」


王子は流石にむっと眉を寄せた。


「こんな時に嘘を言ってどうする」

「だって!!王子はこのイザベラの体が欲しくなっただけですって!!それならば今夜は別の側室の誰かに相手をしてもらってください!!同じくらい魅力的ですよ!?」


叫びながらも何だか胸がぎゅっと痛む。

それが何故なのかは知りたくもないし気付きたくもない。

王子は頑なに拒否をする私を黙って見下ろした。

そのままいつもみたいに呆れられて終わりかと思ったが、私をくるりと後ろ向きにすると背中から抱きしめた。


「これで顔は関係ないな」

「へ…?」

「いいからこのまま聞け」


耳元で王子の声が囁く。

私は早くも腰砕けになりかけたが抱きしめる王子の腕がそれを許さない。


「ミリ」

「な、なな、なんですか…」

「俺は昔から、人を信じることが出来ない」

「え…」


思わぬ話に私はきょとんとした。


「王子…?」


王子はゆっくりと話した。


「だがそのお陰で王宮暮らしにもそれなりに適応してきた」

「…」

「良い顔で寄ってくる者ほど俺を値踏みし、甘い汁をいかに吸えるかしか頭にない。

それならばと俺はそれを踏まえた上で期待通りの対応をしてきた。蜜を与えておけばいざという時に役に立ってくれるからな」


私は言葉を失った。

おおらかに見えた王子の裏側が、ここまで暗く荒んでいるとは思わなかったからだ。

オルフェ王子は一度言葉を切ると吐息をこぼした。

それから私をもう一度抱きしめ直した。


「人など皆同じだ」

「…」

「だが、ミリは違う」


どれだけ蜜を与えようとしても喜ばない。

何度も欲しいものはないかと尋ねても、返ってくるものはたわいない返事ばかりだ。

大切にしているのは母との思い出だけで、何故何も欲しがらないのかずっと不思議に思っていた。

…黒魔女の運命を知るまでは。


王子は私を離すとゆっくりと振り返らせた。

居たたまれなくなった私は顔を伏せたが、王子の手は私の顔を上げさせた。


「ミリ、お前の運命は俺とそう変わらないのかもしれない」

「え…」

「運命に前向きなお前の強さは、俺の救いだ」


どういう意味かと思ったが、私の思考は一気に吹っ飛んだ。

王子が唇が触れ合う手前まで私を引き寄せたからだ。


躊躇われた僅かな時間。

振りほどくには充分な猶予だったが、私は何故か動けなかった。

やがて落とされたのは前とは全く違う優しい口付け。


熱い。

体が…熱い。

なに、これ。

頭の芯が痺れて溶けそう。


「んっ…んん」


思わず声が出ると王子は私を離した。

悪戯っぽく笑うと黒髪を撫でる。


「続きは夜にしよう」

「…」

「ミリ?」

「…ぬ…」

「ん?」

「し、…ぬ」


私は腰が砕けてその場にへたり込んだ。


「お…王子…」

「なんだ」

「わたし、…おそらく、その場で死んでしまうので、無理です…」


王子は目を見張ると楽しそうに笑い出した。

立てない私をひょいと抱え上げると今度は瞼に軽く口付けた。


「分かった。じゃあ死んでしまわないように気をつける」

「いやだから、私はお断りを申し上げたんですが…」

「今日は断らせない」

「う…」


何故だ。

何故かいつものように断固拒否ができない。

で、でもダメダメ!!

これはイザベラ姫の体なんだから!!


「やっぱり駄目です。人の体を勝手に傷つける事は出来ません」

「その体、本当に元に戻る保証はあるのか?」

「えっ!?」

「いつ戻るかどうかも分からないものを守り続けても仕方がないだろう?」


私は間抜けのように目を丸くした。


…も、戻らないなんて、考えたこともなかった。

ぽかんと王子を見ていると扉がノックされた。


「失礼します」


入ってきたのはレイとネイカだ。

レイは真っ赤な顔で王子に抱かれている私を綺麗に無視して膝を折った。


「オルフェ様、この周辺は特に危険はありません」

「そうか」

「町に出るのでしたら支度をいたしますが」

「一息入れてからでいい」

「かしこまりました。すぐにお茶の用意をします」


レイはネイカにも指示を出してきぱきとお茶の支度を始めた。


私はソファに降ろされたものの、結局今夜はどうすればいいのかが分からずにずっと赤い顔のまま絨毯を見続けていた。

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