さよならニヴタンディ
ニヴタンディ最後の日。
アリス姫の部屋にはオルフェ王子が直々に私を迎えに来た。
「ミリ、支度は済んでいるのか?」
「オルフェ王子!」
アリス姫と最後の別れを惜しんでいた私は元気に振り返った。
「はい!!行けます!!」
「随分元気だな。立ち直ったようでなによりだ」
「友情パワーです!!」
「分かった分かった」
王子は私の首元にあるアリス姫のネックレスにすぐに気付いた。
「いいものを貰ったな」
「はい!!」
「俺が飾り物を送ると言った時には随分渋い顔をされた覚えがあるが?」
「当たり前です。下心のあるプレゼントなんて御免こうむります。私は真心がいいんです」
王子は面白そうに笑うと私の頬にキスをした。
「分かった。では次こそ受け取ってもらおう」
「んなっ!!王子!!そうだ、私まだ王子には怒ってたんですからね!!」
「そう怒るな」
「じゃあ怒らせないでください!!」
アリス姫は私たちのやりとりを見て楽しそうに笑った。
「オルフェ様はミリといる時はそんな自然なお顔をされるのですね」
王子は肩をすくめた。
「アリス姫も。見たこともないほどいい笑顔だぞ」
「まぁ…本当ですか?」
アリス姫は自分の頬に手を触れた。
それから私に向き直ると王子がしたのと反対側の頬にキスをした。
「ミリ、どうかご無事で。…オルフェ様も」
「アリス姫…」
私は満面の笑みで頷いた。
「必ずまた遊びに来ます」
「必ずよ?」
「はい!!」
私とアリス姫は最後に固く握手を交わした。
私とオルフェ王子はアリス姫の部屋を出ると城の外に向かって歩いた。
「ミリ。そろそろ気持ちを切り替えないとあまりへらへらしていてはまた姫君たちから反感を買うぞ」
「よく言いますよ。火に油を注いだのは王子のくせに」
「仕方がないだろう。あれ以上都合のいい口実はなかったからな」
「つ、都合のいいとか…本人目の前にして言います普通?」
ふんだふんだ。
この腹黒王子めっ。
王子は肩を怒らせる私にふっと笑ったが、その顔はすぐに引き締められた。
外に出ると既に何台もの馬車が並び、出発準備を終えた姫たちが待機していた。
それに加え、来た時と同じようにずらりとニヴタンディの衛兵が並んでいる。
オルフェ王子は黒馬を受け取ると私を先に乗せた。
それから見送りに出ていたニヴタンディ王と型通りの挨拶を交わし馬に跨った。
「オルフェ殿」
王はオルフェ王子を見上げながら口元に笑みを浮かべた。
「ことが落ち着けばすぐにアリスを迎えに来なさい。貴殿は見かけによらず非常に扱いにくい男であったがその気骨は気に入っている」
王子も不敵な笑みを浮かべた。
「ありがとうございます」
返事をすると王子は出発の合図を送った。
私と王子を先頭に、列が音を立てて動き出す。
すぐそばにロレンツォ、ソラン、リヤ・カリド、ファッセ、カウレイが私たちを取り囲むように馬を寄せていた。
はたから見れば王子を護衛するように取り囲んでいるのだろうが、ちっとも守られている気がしない。
私は特にロレンツォとカウレイだけは絶対に目が合わないように顔をそらした。
何か言われたりするんじゃないかとハラハラしたが、予想に反して旅は穏やかに再開した。
相変わらず賑やかな町が通り過ぎて行く。
アリス姫と回った道に出ると自然と笑みが浮かんだ。
さよならニヴタンディ。
またいつか絶対来るからね。
最後に景色を堪能しながら揺られていると、こっちに手を振る人がいるのが見えた。
「あ…」
私は身を乗り出した。
「クロアさん!!」
クロアは懸命に手を振りながら声を上げていた。
「イザベラ姫!!オルフェ様!!ありがとうございました!!」
「クロアさん!!頑張ってくださいね!!」
「はい!!また、いつでもお待ちしております!!」
私は大きく手を振り返した。
王子は私が落ちないように体を支えている。
私はクロアが見えなくなるまで手を振ると、体を捻って王子を見上げた。
「そういえばまだお礼言ってませんでした」
「ん?」
「王子は約束通りちゃんと二人の間を取り持ってくれたんですよね」
「…まぁ、そうだな」
「ありがとうございました」
軽く頭を下げると王子は微笑した。
「随分素直だな」
「お礼くらい言えますよ」
「ミリ、何か困ったことがあればあの二人を頼れ」
「へ?」
「心配せずともアリス姫にも話はつけてある」
…何それ。
私は思い切り不満顔になった。
「やめてください。それじゃまるでこの先何かあるみたいじゃないですか」
「…」
「王子?」
オルフェ王子は穏やかな顔で前を見据えた。
「そうだな」
「え…」
「だがそれは誰でも同じだろう?特にこんな旅をしていればな」
「それは…そうですけど」
私はなんだかはぐらかされた気がして考え込んだ。
町外れに出ると王子は流れる景色を眺めた。
「あれが何か知ってるか?」
「え?」
私は顔を上げた。
左前を見ると森のように木々が密集している先に高い塔が聳え立っている。
「あれはヘイアンダの塔だ。ニヴタンディでも有名な勝利の塔」
「あ、アリス姫から聞いたかも。大昔に大国が攻めて来た時に全ての指揮をあの塔からしたって」
「その通りだ」
「意外とシンプルな石の塔なんですねぇ」
王子はその他にも目に付いた建物や文化遺産などを教えてくれた。
この時は何も思わなかったが、後から考えるともしかしてこれはニヴタンディに迷わず戻って来られるようにとの配慮だったのかもしれない。
行列は順調に進み、昼過ぎには都心の外れロタム町まで辿り着いた。
ここで待っていたのはセスハ騎士団の面々だ。
団長はオルフェ王子の元に来ると跪いた。
「お待ちしておりました」
答えたのは何故かリヤ・カリドだ。
「隊列は組んであるな?この後しばらくは町の移動が続く。お前らは最後尾につけ」
「はっ」
団長は微塵も逆らわずに言う通りにした。
やっぱり何だか感じ悪いぞこのヤドカリ。
大体この人より団長の方が騎士団の中では上なんでしょうに偉そうに指図なんかしてさ。
っていうか王子より普通に前に出たよな今。
私は悶々としていたが王子は気にもとめずに再び出発の合図を出した。
行列が進み始めると王子のそばに一頭の馬が駆け寄った。
「あ、レイ!」
乗っていたのは従者姿のレイだ。
後ろにはネイカを乗せている。
イザベラ姫の正式な侍女になったからとレイが許可を出してくれたのだ。
本来ならレイの前に乗るところをわざわざ後ろに乗っているなんてネイカらしい。
それにしても、二人が戻ってきたということは…。
私は空を見上げた。
「サクラ!!」
空には悠々と行列の上を飛ぶサクラの影が見えた。
「ちゃんと一週間したら戻って来たんだね」
私が言うとレイは銀の笛を胸元に直した。
「だからサクラはミリよりよほど賢いと言っただろ」
「う…。でもサクラは…!!」
「静かに。あまり大声で言うな」
おっとそうだ。
イザベラ姫がドラゴンと関係あると知れるのはまずい。
そう思った時、私はハッとした。
脳裏に浮かんだのはベルモンティアでの神殿脱出後だ。
そういえばファッセには知られてるじゃないか。
私がサクラを呼び寄せたことを。
今更ながらにだらだらと汗をかく。
いやそれどころか私が黒魔女だってことも!!
これって結構致命的なことなんじゃないか!?
だって貴族騎士のファッセに知られたってことは当然ソランやロレンツォだって…!?
パカパカと音を立てて黒馬は舗装された道をゆっくりと歩く。
透き通るような空を凝視していた私はぶるぶると首を振った。
いや。
知られてない。
少なくともロレンツォとカウレイは私のことをイザベラ姫の偽物としか思っていなかったはずだ。
ファッセは…本当に誰にも言わずに黙っていてくれてるんだ。
そう気付くとほっと肩から力が抜けた。
いや、でも安心はできないぞ。
奴は味方ではない。
状況が変われば黙ってはいないはずだもんな。
むむむと唸っているとコンと頭を小突かれた。
「何一人百面相をしてる」
「はっ。王子…」
「ぼんやりしてたら落ちるぞ」
王子は片手で私を引き寄せるように力を込めた。
う…。
何だか気のせいか最近王子の私への距離が近い気がする。
利用したくせになんなんだ一体…。
私は複雑に揺れる心をまるっと無視してのどかに過ぎる景色に出来るだけ意識を集中した。




