宝物
「あの人でなし王子!!私が囲まれることくらい分かっていたはずなのに酷すぎると思いませんか!?名前を出すならその前に一言くらい断れっての!!」
ぷりぷり怒る私にアリス姫はくすくすと笑った。
「ミリが取り囲まれたら助けるようにわたくしに言ったのはオルフェ様ですわ」
「えぇ!?アリス姫にまでそんな危ないことを!?」
ネイカは聞いていられずに口を挟んだ。
「ミリ、ここはまだお城の中なのよ?騒ぎすぎ」
「う…」
私は我に返るとしおしおとなった。
隣にはユセもいるというのにやってしまった…。
「あの、アリス姫…」
「庭園は…」
「え?」
アリス姫は廊下の窓から見えるレミレス家を見つめていた。
「レミレス家の庭園は、美しいままなのかしら」
私はすぐにこくこく頷いた。
「はい!!とても素敵でしたよ!!」
外を見つめるアリス姫の顔はとても穏やかだ。
私は直感的に昨日の話し合いは上手くいったのだと悟った。
「行きましょうアリス姫!!」
「え…」
「庭園へ!!」
アリス姫は少し迷ったが思った通り頷いてくれた。
私たちは早速城を出るとレミレス家の庭園に戻ってきた。
アリス姫は躊躇いながらもゆっくり緑の園へと足を踏み入れた。
幼い頃から大切にしていた特別な空間が静かにアリス姫を迎え入れる。
昔クロアと一緒に植えたネモフィラの花は、今年も見事な青空の絨毯を敷いていた。
アリス姫は一番奥まで歩き終えると、邪魔にならないように少し後ろを歩いていた私を振り返った。
「…ミリ」
「はい」
「ありがとう」
アリス姫は心を込めて礼をした。
きっと、一人ではここに来る勇気が中々出なかっただろう。
もしここも何かが変わってしまっていたらと思うと恐ろしかったのだ。
「ありがとう、ミリ」
何度も礼を言うアリス姫に、私の方がばたばたと手を振った。
「い、いえ!!お礼を言うのは私の方ですし!!さっきも助けてくれてありがとうございました!!」
「ふふ…」
アリス姫は私の手を取った。
「ミリのおかげでクロアとも話しがついたわ」
「えと…じゃあ…」
アリス姫は小さく頷いた。
や、やった!!
やっぱりうまくいったんだ!!
私の顔がぱっと明るくなるとアリス姫も微笑んだ。
アリス姫は自分のつけていた華奢なネックレスを外すと私の手の中に入れた。
「ミリ、これを貰ってくれないかしら」
「え…??」
「ごめんなさい。時間があればもう少し用意したのですが…。ニヴタンディを出てもどうかわたくしを忘れないで」
私は手にしたネックレスを握りしめた。
「も…勿論です!!えと、私も何か…何か渡すもの…」
探しても装飾品なんていつも身につけないからない。
「あ、そうだ」
私はネイカが結ってくれた髪から翡翠の飾りがついた髪留めを外した。
「こ、こんな物しかないけど…」
アリス姫は嬉しそうに髪留めを受け取った。
「ありがとう」
「こここ、こちらこそ!!」
あぁ、友情。
なんて友情!!
美しい!!
素晴らしい!!
それから私たちは庭を散歩しながらたわいないお喋りを楽しんだ。
後ろで見ていたネイカはほぅと吐息をこぼした。
「アリス姫って、本当に素敵だわ」
ユセは相槌を打った。
「そうですね。オルフェ様の正妻候補でしたのにニヴタンディに戻られたのはとても残念です」
「そういえばどうして王子は側室たちを国に返す旅をしているの?」
ユセは目を見張った。
「君はスアリザの事件のことを知らないのですか?」
「詳しくは知らないわ」
「そうですか…」
ユセは辺りを見回してから声を潜めた。
「色々あったのですが、側室解放になった直接の原因はオルフェ様の側室が一人後宮で殺害されるという事件が起きたからです」
「…後宮で!?」
「はい。その他にも不穏な空気があって、オルフェ様は半ば追放される形で残りの姫送りを命じられました」
「え…」
ネイカは思ったよりきな臭い話に眉を寄せた。
「待って。それってまさか容疑者に王子が上がったってこと?」
「正確には容疑がかかったのは王子が匿ったフィスタンブレアというドラゴンを連れたアルゼラの少年なのですが…」
ネイカは思わず息を飲んだ。
思い出したのはミリの呼び寄せたドラゴンだ。
それにフィスタンブレアという名にも覚えがある。
確かクロアがミリを指差して言った名だ。
ユセはネイカの様子に反応した。
「君はもしかして何かを知っているのですか?」
「え…」
「どんな些細なことでもいいので、知っているなら教えてくれませんか!?」
ユセは勢い込んだ自分にはっとすると俯いた。
「す、すみません。実はフィスタンブレアは…フィズは途中まで僕たちと一緒に旅に参加していたのですが、気が付けばいなくなってしまって…」
「行方不明なんですか?」
「彼の側にいた者の話によると魔物の傷を負い清める為に一時離れているとのことなんですけど…」
フィズのそばにいた者。
いや、ミリのそばにいた者。
ネイカはレイだと直感的にピンときた。
ユセは力なく首を横に振った。
「それにしても戻ってくるのが遅すぎるし、他の者に聞いても手がかりさえ掴めなくて。彼は僕の恩人でもあるので心配で心配で…」
「ユセ…」
ネイカは迷った。
恐らく間違いなくフィスタンブレアはミリだ。
何でそんな逆クロアみたいな少年の変装をしていたのかは分からないが、その時ヘマをやらかしたに違いない。
ユセは悪い人ではなさそうだが、レイが嘘を突き通しているのなら下手なことは言えない。
ここはやはり素知らぬふりをすることにした。
「ごめんなさい。ドラゴンをペットにしていると聞いて驚いてしまっただけで、その人のことは全く知らないの」
「…そうですか」
ユセは残念そうに肩を落とした。
ネイカはユセから少し離れると奥でアリス姫ときゃっきゃしている私を覗き込んだ。
「殺人容疑者って…。何やってるのよ、ばかミリ」
ネイカはため息をつくとしばらく頭を悩ませていた。
明日にはニヴタンディを出発する。
私はアリス姫と離れるのが惜しくて堪らなかった。
昼も過ぎてくると、あまりにもしょげかえる私にアリス姫は今夜は城に泊まるよう提案してくれた。
「い、いいんですか!?」
「勿論ですわ。よろしければわたくしの部屋に泊まってください」
「う、嬉しい!!」
私は二つ返事で頷いた。
こうなると急いでここの当主に挨拶せねばならない。
荷物だって片付けなければ!!
私は一度アリス姫と別れると早速屋敷にもどった。
当主は話を聞くと非常に残念そうに名残を惜しんでくれた。
「それは残念だ。今夜はお別れパーティを開こうと話していたところなのです」
「勝手言ってすみません」
「いや。あのアリス姫に出来た友だちというのでしたらこちらも嬉しい限りです。どうぞ最後の一日はお城で楽しんで来てください」
「はい。ありがとうございます。一週間お世話になりました」
「こんなに可愛らしい姫君ならいつでも大歓迎です」
私は精一杯の愛想笑いをしながら当主と別れた。
なんていうか、こういう対応も大分出来るようになってきたよな。
偉いぞ私。
そういうわけで、私はユセとネイカの手を借りてせっせと部屋の荷物を片付けた。
「ユセも大変ね。ミリにこんな事まで手伝わされるなんて」
「いえ。お役に立てるのなら嬉しいです」
「どこまでいい人なのよ」
ネイカの言う通り、ユセは護衛中一つも嫌な顔をしなかった。
それどころか常に私に気を使い良くしようと努めてくれる。
これが本物の紳士ってやつなのかな。
用意を終わらせると私たちはすぐにまた城に向かった。
だが流石に正面玄関をくぐる時には一瞬躊躇いが生じる。
「ロレンツォとかフリンナ姫とか、いない?」
ネイカは怯える私をユセに預けて先に中に入った。
「大丈夫みたいよ。今のうち」
「う、うん」
私はユセの背に隠れながら扉をくぐった。
アリス姫から話は通っていたようで、今回はあっさりと中へ通される。
ユセは素直に私に背を貸しながらも首を傾げた。
「ロレンツォって、あの貴族騎士のロレンツォ様ですか?」
「あ…」
しまった。
つい名前を出してしまった。
当然ながらユセは私を振り返りながら聞いてきた。
「ロレンツォ様がどうかなさったのですか?」
「え、いや、あの…」
何とか濁そうとする私にユセは心配そうに言った。
「ミリさま、出来れば僕には隠し事などせずに全て話してください。それともやはり僕では信用に値しませんか?」
「えっ!?」
私はぶんぶんと首を横に振った。
「そ、そうじゃないの!!ほら、あの、ロレンツォ…様のことだって、私がへまして少し怒らせちゃっただけなの!!」
「そうなのですか?」
「うん!!ユセに知られたら恥ずかしかっただけ!!」
ネイカは余りにも嘘をつくのが下手な私に頭を抱えたくなった。
案の定ユセはまだ納得のいかない顔をしている。
ここは任せていられないと判断すると前に出た。
「ユセ。ミリを心配してくれてありがとう。とても心強いわ」
ネイカはユセを見上げるとにっこりと笑った。
「でもね、女には知られたくないことの一つや二つはあるものなの。何でも根掘り葉掘り聞くのは流石のミリも困るんじゃないかしら」
ユセは真っ赤になった。
「す、すみません。そんなつもりは…」
「分かってるわ。でもそこまでユセが気を揉まなくても、ミリにはちゃんとオルフェ王子がついてるから大丈夫よ」
私は慌ててネイカを諌めた。
「ネイカ、ユセは私を心配してくれただけだから…」
「だから分かってるってば。ほら、行きましょう」
ネイカはすました顔で前を歩いた。
「ご、ごめんねユセ」
「いえ。僕が軽率なことを言いました」
ユセはアリス姫の部屋まで私を送り届けるときっちりと頭を下げた。
「それでは僕はここで失礼します。ミリさまをアリス姫の部屋へ送り届けたことはオルフェ様にお伝えしておきます」
「ありがとう、ユセ」
「いえ…」
ユセは少し躊躇った後はにかみながら言った。
「また、僕でよければいつでも声をかけてください。護衛なら喜んで引き受けます」
「はい。その時はよろしくお願いします」
私は感謝を込めて微笑みを浮かべた。
ユセの姿が見えなくなるまで見送った後、ネイカも遠慮して離れた。
私はアリス姫の部屋そっとノックした。
アリス姫はすぐに扉を開くと中へ招いてくれた。
「お待ちしておりましたわ」
「アリス姫!」
私はにこにこと上機嫌で部屋へと入った。
そこから過ごした半日は、今までにないくらい楽しい夜だった。
その時間はまるで宝物。
長い時間かけて一緒に入ったお風呂も、部屋に運んでもらい食べた夕食も、用意してもらったベッドをそっちのけでアリス姫の寝床で二人で潜ったことも。
全てが楽しくて、私はただただ幸せだった。
…母さん。
私、母さんがずっと心配していた友だちをやっと作れたよ。
しかも自慢できるくらい素敵な友だちなんだよ。
温かな布団で丸くなりながら、私は心の中で長々と母さんに報告をしていた。




