揺れるミリ
町へ出ても、私の目には全くなにも映らなかった。
何をさせてもただふらふらと歩く私に流石にネイカが心配した。
「ミリ…?ミリちょっと大丈夫??」
「…。え?」
「しっかりしてよ。さっきからおかしいわよ?目の前に街頭あるよ?」
「へ?」
私はネイカに引っ張られてよろよろと道の端へと寄った。
私の少し後ろではレイが冷たい眼差しでそれを眺めていた
「…ミリに何かしたんですか、王子」
「まだ何もしてないぞ」
「前々から思っていたのですが、もしかして本当にミリはまだ乙女なのですか」
「手は出してない」
「側室でありながら?」
「出だしに黒魔女だと聞いたからな」
「貴方がそんなことで怖気付く玉ですか」
王子は素知らぬ顔をした。
「まぁ無理やり体を奪うよりミリと遊ぶほうが楽しかったしな」
「それなのに今夜はその遊びを終わらせるつもりで?」
「鋭いな」
「あのバカの呆けようを見ていれば想像はつきます」
レイはため息をこぼした。
「あれに本気になるなと、俺ははっきり言ったつもりですが?」
「怒るな。心配せずとも見境はなくしていないさ。ミントリオに着けば…ミリはパッセロへ返す」
「…。ミリはイザベラ姫じゃないんですよ?」
「そうだな」
「パッセロへ行けと言っても納得するはずがありません」
「させるさ。あれは誰がどう見てもイザベラ姫だからな。パッセロにさえ渡れば生活に困る事はない」
「王子」
オルフェ王子は何でもない事のように町を眺めている。
レイはぐっと何かに耐えるように拳を握ったが、息を吐くと顔を上げた。
「相変わらず酷い人ですね。そのつもりでいるのに今日ミリを部屋へ呼ぶなんて」
「…そうだな」
「ミリが、愛しいですか」
「…」
王子は黙ったままふらふらと前を歩くイザベラ姫を見つめた。
答えはしなかったが、その目は雄弁に語っている。
レイは困ったように頭を振ったが意外にも笑みを浮かべた。
「アレの他に貴方にそんな人が出来たのならば、喜ばしい気もします」
「…」
「今夜だけは見て見ぬ振りをします。くれぐれも今後に影響は出さないでください」
王子はふっと笑みをこぼした。
「相変わらず厳しいな、レイ」
「当たり前です」
「お前は、出会った頃のままだな」
「…」
レイはふいと顔をそらした。
「やめてください。思い出話をするのはまだ早い」
「そうだな」
二人は話を切り上げると、いい加減怪我でもしそうな足取りの姫君に手を貸しに行った。
ーーーーーーー
夕日も姿を消した頃。
私は更に挙動不審になっていた。
何をどう過ごしたかなんて記憶が全くない。
ご飯は何を食べたかなんて覚えてすらない。
ただ、今夜は王子と同じ部屋だと聞いたネイカはせっせと私を磨き上げていた。
貸し切った綺麗な湯殿で長い髪を入念に洗い、つめ先までチェックする。
その様子は何だか嬉しそうだった。
「ミリ、ミリ」
「…はぃ?」
「今日はついに王子とひとつになるんでしょ!?」
ずばりと聞かれて私の頭はまた真っ白になった。
「え、…えと、いや、そんなはずは…」
「やっぱりそうなのね!?もう、王子やるじゃない!!ミリ、良かったわね!!」
「いや、ちっとも何が良いのか分からないんだけど…」
「どうして?だってこれでミリは悪魔の花嫁にならなくてもいいじゃない!!」
え…。
ネイカに言われて私は我に返った。
…そうだ。
そういえばそんなことになったらどうなるんだっけ?
王子が悪魔に呪い殺されちゃったりしたら洒落になんないんだけど。
私は香油を選ぶネイカを止めた。
「…ないな」
「え?」
「やっぱり、ないわ。私、王子にきっぱり断わってくる」
「えぇ!?」
そうだ。
そうだ、そうだよ。
大体、雰囲気に流されてたけど王子は私を好きだなんてことは一言も言ってない。
それに私だって王子が好きかなんて分からない。
こんな状態なのに体の関係だけ先にもっちゃうのって、やっぱり良くないと思う。
論理的に。
人間だし。
うん。
論理的に。
私は上着を羽織ると湯殿を飛び出し王子の部屋へ走った。
勢いのまま扉を開くと中にいたレイが厳しい顔で注意した。
「もっと上品に帰ってこれないのか」
「れ、レイ!!王子は!?」
「奥の部屋でもうとっくにお待ちだ」
「う…」
レイは手にしていた明日の服を壁にかけると部屋を出ようとした。
私は咄嗟にレイの腕を掴んだ。
「行かないでレイ!!」
「俺がいても邪魔なだけだろうが」
「ち、違うの!!今日は、だから…!!」
「馬鹿言ってないでさっさと行け」
レイは素気無く私の手を振り切るとさっさと部屋を出てしまった。
しんと静まり返った空気が重い。
私は恐る恐る奥の部屋へ足を運んだ。
「あの…王子?」
そっと覗くと重そうな書物を手にした王子がゆったりと大きなソファで寛いでいるのが見えた。
「…なんで、笑ってるんですか」
「ここならミリの声は丸聞こえだ。レイを引き止めてどうする」
「だ、だって…」
王子は本をテーブルに置くと私に手を差し伸べた。
「ミリ」
私の心臓は大きな音を立てた。
ち、違う!!
断るんだから!!
「王子!!ははは、話があります!!」
「分かった」
あっさり言われて私は拍子抜けした。
が、勿論王子に引き下がる気はなかった。
オルフェ王子は立ち上がると今にも逃げ出しそうな私を抱えて寝台へ運んだ。
「お、王子!!」
「話ならここでどれだけでも聞いてやる」
「わ、わたしは!!断りに来たんです!!」
王子は私の耳にキスをした。
「うひゃ!?」
「それで?」
「ち、ちょっと!!ちゃんと聞かないと王子がどうなっても知らないですよ!?」
王子は低く笑うと押し倒した私のナイトドレスの紐をするりと外した。
「ま、待ってくださいってば!!そんなことしたら痛い目見ますよ!?」
「ミリの嫌がり方は随分過激だな」
「これが媚態に見えます!?ちょっ、は、話を聞けーっ!!」
必死で王子の体を押しのけるが、王子は容赦なく体重をかけてくる。
こ、こんなの動かせるわけないだろうが!!
「ミリ、少し落ち着け。ちゃんと聞いてやるから」
「じゃ、じゃあおりてくださ…」
王子は噛みつくように私にキスをした。
それはさっきのとはまた全く違う、息を奪うような長いキス。
私の呼吸が本格的に乱れると、やっと王子は少し離れた。
酸素を求めて荒い呼吸を繰り返す私にもう一度軽くキスをするとぺろりと舐める。
そこまでしてから余裕で言った。
「…で、話は?」
「は、はぁ、はぁ…。おに…」
「もう終わりなら続けるぞ」
「まっ、は、はぁ…」
息が苦しい。
心臓が壊れそうなほどうるさい。
…だめだ。
早く王子のペースをどうにか崩さないと。
とにかく話を聞いてもらわなきゃ。
私は自分の中の魔力に意識を集中させ始めた。




