不満があるなら勝手にしろ
都心より離れた集落は真夜中ということもあり静まり返っていた。
レイは一番大きな家に交渉し、何とか一階の二部屋だけ借りることとなった。
すぐに話し合いになるかと思いきや、レイはとっくに気を失っていた私をベッドに横たえながら意外なことを言い出した。
「俺はまだ行かなければならない場所がある。ミリにも休息は必要だ。話は帰ってきてから聞く」
ファッセは勝手に仕切るレイに憤慨した。
「俺がお前に従う義理はないぞ、小僧」
レイは軽侮の眼差しで睨み返した。
「それを言うならば俺がお前に手を貸す義理はない」
「なに…!?」
「不満があるなら勝手にしろ」
レイはさっさと身を翻すと本当に出て行ってしまった。
残されたファッセがわなわなと拳を震わせていると、ネイカが隣で大あくびをした。
「はぁ、疲れた。私隣の部屋使うから、えーと、ファッセ?だっけ、貴方はミリとここ使ってよね」
「はっ…!?魔払いの続きはどうした!?」
「今日は私ももう疲れたもの。続きは明日で問題ないわ」
ネイカもレイに続いてさっさと部屋を出る。
残されたファッセはやり場のない怒りを抱えながらどさりとソファに腰掛けた。
「…どいつもこいつも、不遜な奴ばかりだ!!」
王宮にいた頃は自分の周りにはこんな無礼な者は誰一人いなかった。
イザベラ姫にも大概腹が立ったが、レイとネイカは比べ物にならない。
ファッセはしばらくイライラと足を鳴らしていたが、ふと目の前で眠るイザベラ姫に目を向けた。
「…黒魔女、か」
こうして見るとただの少女だ。
ファッセの脳裏には魔払いの光景が浮かんだ。
耳に残るのはイザベラ姫が運命に負けるなと叫んだ言葉。
「あの時はイザベラ姫の方がよほどまともだったな」
ネイカに啖呵を切って飛び出した後、子どものように泣きじゃくったイザベラ姫はとても世に恐ろしい黒魔女に見えなかった。
ファッセは唸りながら腕を組むと、一度心を落ち着ける為に瞑想にふけった。
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サクラに根こそぎ魔力を持っていかれた私は二日も眠り続けた。
ずっと暗い闇に意識を落としていたが、妙に寒気を感じると身じろぎをした。
「…い、さむい」
「ミリ。ミリ起きろ」
揺り起こす手を握ると、それは思ったよりも小さな手だった。
「ミリ、これを飲め」
「…ん、レイ?」
ぼやける視界に瞬きを繰り返すと、整った顔立ちと理知的な瞳が見えてきた。
「…レイって、ぜったいにかっこよくなるよね」
「バカなこと言ってないで起きろ。低体温で死にたいか」
「へ…?」
レイは私の体を起こすと温かい生姜湯の入ったカップを片手に持った。
「飲めるか?」
「う…」
私は吐き気に口元を押さえた。
「ゆっくりでいい。ちゃんと飲め」
レイは一度カップを近くのテーブルに置くとスプーンで一口分すくった。
それを少し冷ましてからもう一度私の口元へもってくる。
私は何とか気力を振り絞ってそれに口をつけた。
少し体が温まってくるとほっと力が抜けた。
「レイ、ありがと。自分で飲めそう」
レイは小瓶に入った蜂蜜を足してから私にカップを渡してくれた。
すっかりそれを飲み干すと、逆に今度はお腹がすいてきた。
レイは予想していたようで部屋を出るとすぐに野菜の煮込みが入った皿を持って戻ってきた。
「消化のいい物を頼んだ。がっつかずにゆっくり食べるんだ」
「はぁい」
私は大人しく返事をすると言われた通りゆっくりと煮込みを食べた。
やたらうまい。
「レイ…サクラは?」
「…」
「レイ…?」
答えないレイに不安になる。
レイはしばらく何かを考えた後、私のベッドに腰掛けた。
「ミリ」
「…はい」
「これ以上サクラに魔力を吸われるのは危険だ」
「え…」
私は嫌な予感に身を乗り出した。
「それって、もうサクラに触ることすらできなくなるってこと!?」
「そうは言っていない。サクラは既に自然界からも魔力を調達し始めているようだしな。ただ…」
「やだやだ!!やだ!!だってまだあの子には私が必要で!!私がそばにいてあげないと!!」
「ミリ」
「やだよそんなの!!」
「落ち着けミリ」
レイは私の両肩をがしりと掴んだ。
弾みで手にした皿からスプーンが落ちる。
レイは興奮する私を押さえつけるくらい手に力をこめた。
「今すぐ離れろとは言っていない。ただ、ミリに魔力をコントロールする力が必要だ」
「こ、コントロール?」
「それが出来さえすればサクラに無駄に魔力を垂れ流すこともなくなるはずだ」
私は肩から力を抜くと間抜けな顔でレイを見上げた。
「そんなこと、できるの?」
「出来る」
「…どうやって?」
レイは私から手を離すと立ち上がった。
それからすたすたと扉に近付くとがちゃりと開いた。
「あ!!」
「…っと」
聞き耳を立てていたのか、扉に寄りかかっていたネイカとファッセが体勢を崩しながらなだれ込んできた。
私は二人を見てやっとここがベルモンティアであることを思い出した。
「ネイカ…。あ、私…、私たちどうなったんだっけ!?」
えーと、えーと、確か神殿から逃げ出してどこか草原の上にいて…。
あ、そうだ。
レイを呼んでどこか落ち着ける場所まで行こうとか言ってた気がする。
それがここなのか!?
「話はこの二人から大体聞いた。どこまでが本当のことを言っているのかは知らんがな」
ネイカは不機嫌そうにレイを睨んだ。
「何よ、私が嘘をついてるとでも!?」
レイは横目でネイカを見たがすぐに私に向き直った。
「さっき試させてもらったが、この女はちゃんと魔力を自分で操っていた。ただの厄介なお荷物かと思ったがこの際だ。ミリ、こいつにコントロールの仕方を教われ」
へ…?
ネイカに?
ネイカはぷいとそっぽを向いた。
「私、嫌だからね」
「う…」
私だって嫌だい。
レイは腕を組むと、歩み寄れそうもない私とネイカに冷たく言った。
「…そうか。それならば今すぐお前は神殿に叩き返してやる。それからミリは今ここで心の中でサクラに別れを告げるんだな」
「なっ…」
「レイ!!」
「うるさい。お前らも不満があるなら勝手にしろ」
レイにぴしゃりと返されぐぅの音も出ない。
私もネイカもわなわなしていたが、やがて先にネイカが折れた。
「わ、分かったわよ。…そのかわり、ちゃんとベルモンティアの外に連れて行ってよね」
レイはすぐに頷いた。
そしてぐるりと私に視線を送る。
その目はあいも変わらず恐ろしい。
「ミリ」
「…分かりました」
何せレイと私は師弟関係。
ビシバシ容赦無くしごく鬼師匠に勝てるはずもございませぬ。
私はあっさり降伏した。
気まずそうにしていたファッセはぶっきらぼうに口を開いた。
「簡単に言うが、本気でこの女を連れて行くつもりなのか?下手をすればオルフェ様は白聖女誘拐の大罪をかぶせられるぞ」
「問題ない」
妙にきっぱり言い切るレイに私たちは揃って目を丸くした。
問題ないって…本当にだろうか。
私はそばを離れようとしたレイの服を咄嗟に握った。
「レイ…」
レイは冷たい顔をしていたが、私と目が合うと面倒そうに吐息をこぼした。
「…一昨日、その女の姉と接触した」
「ピアさんと?ってことは神殿に行ったの?」
「詳しい状況は言えないがその時大概の話も聞いた」
レイはネイカを顎でしゃくった。
「ずっと日陰者扱いしていたこの女を、神殿は大っぴらに騒ぎ探すことは出来ない。裏では血相変えて探していたようだがな」
ネイカは俯いたが、レイは見ないふりをした。
「神殿にとってこいつに消えられるのはまずいが、最悪の事態ではない。何故なら既にこいつらの一族は他の手で魔払いできる方法を得ているからだ。時間はかかるが成果も出ていると聞いた。後はこいつの姉さえ神殿にいれば表向きは特に問題はないだろう」
そういえばピアさんもそんなこと言っていたような…。
でもさ。
その扱いはさすがにネイカが可哀想じゃないか?
それを口にしようとしたが、レイは不敵に笑った。
「哀れむことはない。こいつはそれを逆に利用して難なく神殿を飛び出たんだからな。その機をずっと狙っていたというのだから呆れたしたたかさだ」
「レイ!!」
思わず声を上げたが、その時俯いていたネイカが顔を上げた。
「…呆れたのはこっちだわ」
ネイカはにんまりと笑っていた。
「姉さんってばお喋りなんだから」
私は目が点になった。
な、なんという強さ…。
「ま、そんなわけでベルモンティアさえ出ちゃえば何も問題ないわけ。だからよろしくね。しょうがないから魔力の使い方くらい教えてあげるわよ」
「はぁ…」
私はもう生返事しか出来ない。
ファッセはなんともいえない顔でただ私たちを見ている。
そうこうして、私たちはオルフェ王子たちと再び合流する為に翌日に集落を出発した。




