もめる人たち
レイの手引きは完璧だった。
一体いつの間に用意したのか、私とネイカはまず新しい服に着替えさせられた。
私はイザベラ用のちゃんとした黒いドレスで、ネイカは羊飼いの様な少年服だ。
ネイカは何かと不満そうだったがとりあえずベルモンティアを出るのが先だと思ったのか大人しくしている。
レイはちゃんと馬車を手配しており、私たちを乗せると自分は御者台に上がり次の国に向かうために休みなしで町を次々と通り抜けた。
そこそこの速度で連続移動するレイに、隣に座り込んでいたファッセは忠告をした。
「そんな無茶な走りでは女子供はもたんぞ」
「休む暇はない。王子は既に今朝エネックに到着し、俺たちが着くまで時間を稼いでくださっている」
「エネック?」
「隣の国へ入る関所のある町だ。夜までに合流出来なければ置いてけぼりをくらう」
「それならば明日の出発になるのでは?」
「悠長に明日発てば消えたイザベラ姫がオルフェ様の元に戻ったと神殿に伝わってしまう恐れがある」
「…なるほど」
ファッセは納得して深く頷いた。
イザベラ姫はネイカと同じタイミングで姿を消した。
ということは二人は一緒にいると神殿側も思っているはずだ。
イザベラ姫が王子の元に帰ったと聞けばきっと飛んで来るだろう。
「だがオルフェ王子にこちらの事態は伝わっていないだろう?そうすぐに動けるのか?」
「問題ない。後は俺たちが着くだけだ」
「…」
ファッセは有能すぎる少年をさすがに不審に思った。
はっきり言って自分ですらここまで先回りをし、計画的にことを運ぶ自信はない。
「…ケイド・フラットとは、やはり皆お前の様に優秀なのか」
賞賛の響きなど欠片もない皮肉な物言いに、レイは口の端を上げただけで応えた。
ファッセは舌打ちをすると忌々しげに体を揺すった。
「この汚らわしき影の一族め。いつかお前らなどすっきりと排除してやるからな。それが国のためだ」
威嚇したつもりだが、レイはやっぱり反応せずにただ馬に鞭をふるった。
一方、馬車の中でも私とネイカが少々揉めていた。
「だから、こうだって言ってるでしょ?ミリって頭悪いの?」
ネイカは自分の杖をくるりと回した。
「ほら、この魔力の流れ。こんなの寝てても見えるじゃない」
私は目を凝らしたがさっぱりネイカが何をしているのかが分からない。
「なんで黒魔女のくせに見えないかな」
「う…だってまだ契約前なんだもん」
「あぁ、まだ一人前じゃなかったのね。通りで…」
散々馬鹿にされるが、私は一応大人しく聞いていた。
なにせこれはサクラと一緒にいるために必要な教えなのだから、反発ばかりしていてもしかたがない。
「…ところで、魔払いのアフターケアっていうのはいつまでやらないといけないの?」
すっかり元に戻った左手を撫でながら言うと、ネイカは杖を縦に持ち替えた。
「もういいんじゃない?」
「へ?」
「っていうか、最初からミリにはアフターケアなんていらなかったのかもね。必要ならその体は動かないはずだもん」
な…なんだと!?
やたら体は普通に動くし妙に癒されてる感ないしおかしいとは思ってたんだ!!
結局はネイカが私にくっついてくるための方便だったのか!!
ぐぬぬと一人でなっていると、ネイカがにやにやしながら言った。
「ねぇ、さっさと黒魔女の契約ってのしちゃえば魔力くらいコントロール出来るんじゃないの?」
私は一拍した後ぶんぶんと首を横に振った。
「無理無理無理無理!!」
「どうして?」
「契約はそんな簡単な話じゃないんだって!!」
「ふぅん?」
すっかり逃げ腰になっていると、ネイカが面白そうに声を潜めた。
「…黒魔女の契約って、たしか悪魔の妻になるんだよね。そんなに嫌がるってことは誰か好きな人でもいるわけ?ミリを迎えに来てたっていう王子様?」
「ぶっ!!」
「あ、やっぱり!?まぁ、ミリはそれだけ可愛いしねぇ」
含みのある言い方に、私は黙ってられなくなった。
「あのね、前もそんなこと言ってたけど違うから。今はこんな姫な姿してるけど、本当の私は陰気、地味、不気味、の軽快な闇三拍子が踊る立派な日陰者だったんだから」
「…どういうこと?」
「詳しくは言えないけどこれは実は別人の姿で、いつかは元に戻るし妬まれても損な気しかしないってこと!!」
語尾荒く言い切ると、ぽかんとしていたネイカが瞬きをしながら見上げてきた。
それから席をわざわざ移動すると私の隣に腰掛けた。
「それ、本当?」
「ほんと」
「じゃあミリは本当に昔石投げられたの?」
「ほんと」
すんなり信じてくれるとは思っていなかったが、ネイカはまじまじと私を見上げると意外にも笑顔を見せた。
「ねぇ、私ミリのこと嫌いだったけど今少し好きになったわ」
「…そりゃ、どーも」
なんだか嬉しくないぞ。
悶々とする私をよそに、やたら機嫌の良くなったネイカははしゃぎながら腕を組んできた。
「ねぇじゃあさ、じゃあミリは今悲劇の待ち受ける恋をしてるのね!?」
「…してない」
「相手は王子様だしね!!」
「違うってばさ」
「隠さなくてもいいじゃない!」
…。
面倒臭いなこいつ。
しかし離れたくても今は離れられない。
下手に敵視されてるよりはいいけどこれはこれで厄介な。
私は馬車が止まるまでネイカの質問攻めにひたすら耐えていた。
馬車は夕日が眩しく輝き出したと同時に目的の町、エネックに入った。
レイは一度だけ小休憩を入れるとまたすぐに取り替えた馬をてきぱきと馬車につないでいる。
私は凝り固まった体を伸ばした。
「はぁ、流石に疲れた…」
「もう少しだ。言っておくがオルフェ様と合流したらすぐにまた出発だからな」
レイは懐から小さな犬笛を取り出すと空に向けて吹いた。
人間には聞き取れない音が空に響くと、どこからともなくサクラが現れた。
「あ、サクラ!!」
私は思わず手を伸ばしたがレイがそれを制した。
「サクラ、こっちだ」
私を見つけこっちに向かっていたサクラは旋回するとレイの腕に止まった。
レイはサクラをひと撫ですると足に何かを括り付けた。
「オルフェ様の所までだ。それが済めば今夜は近くの森で休んでていい。行けっ」
サクラはひと声鳴くとばさりと羽を広げ飛び立った。
そのスムーズなやりとりに私は目を丸くした。
「めちゃくちゃ躾けられてる…」
「お前よりよっぽど賢いぞ」
「ぐ…」
レイはサクラが見えなくなると御者台に上がろうとしたが、その肩をファッセが掴んだ。
「おい…。今のはどういう事だ?イザベラ姫だけでなくお前まであのドラゴンを操れるのか?」
レイは鼻を鳴らした。
「それがどうした」
「なに…!?」
ファッセはまだ噛み付こうとしたが、私は慌ててその間に割って入った。
「ほ、ほら!!そんなことより時間ないって!!置いていかれたら大変なんでしょう!?」
「…」
「ほら、レイも!!オルフェ王子待たせる気!?」
レイは横目で私を見たがふいと背を向け御者台に上がった。
ファッセはその背中をしばらく睨んだが、難しい顔をしたまま今度は馬車の中に入った。
ネイカは羨ましそうにサクラの去った空を見上げた。
「いいなぁ。私もドラゴン欲しい」
「でもサクラは旅の終着点でちゃんと自然に返すよ」
「そうなの?勿体ない。いらないなら私が貰うのに」
私とネイカが話しながら馬車に乗ると先にどっかりと座り込んでいたファッセが睨んできた。
「馬鹿が。人間ごときにドラゴンを飼い慣らせるわけがない」
ネイカは腰掛けるとすぐに反論した。
「だって現にミリが飼ってるじゃない!!」
「それが異常だと言ってるんだ。いくら子どもとはいえドラゴンは本来なら人になど懐きはしない」
「そんなの分かんないでしょ!?」
「懐くのならばどんな手を使ってでも支配して下僕にするのが人間というものだ。未だにそれが叶わぬのが動かぬ証拠だ」
「じゃあ私が試してあげるわよ!!」
「ふっ、これだから子どもは…」
「何ですって!?」
二人はまた何やかんやと言い争いを始めた。
ファッセも十も年下の女の子にそんな真面目に突っかかんなくてもいいのに。
私は二人の喧嘩をぼんやり聞きながら窓の外を見た。
サクラ…。
もっと自由に会いたいな。
いちいち身動きしにくいこの体が嫌だ。
早く元の姿に戻れれば私もまた自由になれるのに。
考え始めるとネガティブ思考は止まらなくなってきた。
私はそっと塞ぎ込むと体を縮めて目を閉じた。




