ミリのおしおき
さ、三十人…。
三十人ってこんなにいるの…?
ずらりと目の前に並んだ人数に、一度落ち着いた私の体はまた震え始めた。
あのね、世間的には最強ドラゴンを連れた神秘のアルゼラの民かもしれないけどね。
元を辿ればか弱い姫君で、もっと辿ればひ弱い引きこもり女なんですよ。
なにこれ。
私ってば大犯罪でも犯して死刑にかけられるんですかね。
「フィズ、ぼやぼやするな!!」
レイの喝に意識が飛びかけていた私は我に返った。
「れ、レイぃ…」
「さっさと構えろ、来るぞ!!」
レイが言うと同時に、じりじりと距離を詰めてきていた騎士団の者たちが雄叫びとともに一斉に走ってきた。
「うっ、うひゃあはぁあ!!」
完全に腰が引けた私を置いて、レイとユセは前に飛び出した。
「お、置いていかないでぇ!!」
へっぴり腰で呼んでも二人とも止まるはずもない。
私は思わず目を閉じた。
一瞬で叩き伏せられて終わると誰もが予想していたが、交わる剣の音は引っ切り無しにまだ響いている。
恐る恐る瞼を上げると、奮闘する二人の姿が目に入った。
「うわわわ…」
ユセも想像以上に強いが、何よりレイの強さは尋常ではなかった。
その足元には既に何本もの剣が転がっている。
剣を叩き落とされた者たちは何が起きたのか理解できずにまだ呆然と立ち尽くしていた。
「す、すごい…」
ぽかんと見入っていると、レイを手強しと見た者たちがこっちにも流れてきた。
「えっ、ちょっ…」
「お前になど負けてたまるか!!」
「や、やだ、レイ!!」
私の声にレイがすぐに反応した。
「これは朝の稽古と同じだ!!死ぬ気でやれ!!」
「け、稽古…」
私は短剣を握る手に力を込めた。
躱すだけ、そう躱すだけだ。
相手をよく見て太刀筋は、目で追いすぎない…。
まず私めがけて走ってきたのは、見覚えのあるつぶれ団子だった。
団子は歪んだ笑みで大きく剣を振りかぶった。
「覚悟!!」
「うわわわ!!」
私は反射的に団子剣を短剣で受け止めると横に流した。
「このっ!!」
「ひぁええぇぇ!!」
今度は下から斬りつけてくる。
こ、こいつ本気で私を殺す気なんじゃないか!?
私は繰り出される太刀筋を一つ一つ必死で躱し続けた。
そうこうしているうちに、ふとあることに気付いた。
この団子…レイより断然遅い。
振りは大きいが何だか隙だらけじゃないか。
さすがにこちらから攻撃なんて出来ないが、これなら躱せる。
まともに組み合おうともせず、かといって攻撃が決まらない団子は次第に苛立ち始めた。
「貴様!!男ならかかってこんか!!」
「え、嫌ですよ」
すかさず言ってやると団子は真っ赤になって怒った。
へへんだ、更に我を忘れた攻撃なんて当たりませんからね!
調子に乗っていると、横から別のいかつい青年がいきなり斬り込んできた。
「うわっとと!!ちょっ、それ卑怯!!」
「貴様らが決めたルールだ!!文句言うなよ!!」
「やだ、危ない危ないってば!!」
騎士相手に2対1。
それでも私の腕は何とか二倍に増えた太刀筋を躱し続けていた。
も、もうだめ。
これは限界なんてすぐにくるに決まってる。
私は膝に力を込めると初めて自分から前に出た。
団子たちが一瞬ひるんだ隙に短剣で相手を押し返す。
僅かに出来た間に、私は空に向かって指笛を吹いた。
ピィーと高らかな音と共に、羽音が空から舞い降りる。
「サクラ!!こっち!!」
言いつけ通り呼ぶまで空で待機していたサクラは私の周りをくるりと旋回すると団子たちに向かって炎を吹いた。
「おわっ、ひ、火!?」
「ど、ドラゴンだ!!」
サクラに気を取られた二人の剣を、私の短剣が鋭く叩き落とす。
「あ…!?」
「き、貴様!!」
「剣を落とされたら負けでしょ!!さっさと出て行きなさい!!」
団子は顔をどす黒くしながら睨んできたが、周りには騎士団の目がある。
剣を拾うともう一人の青年と広場の隅にすごすごと歩いて行った。
周りはサクラが吐いた炎に驚愕していた。
分かっていたつもりだが、本当に本物のドラゴンなのだと改めて認識したのだろう。
つぶれ団子の敗退を見ていきり立った団子仲間が、三人連れ立ってこっちへ走ってきた。
「そんなドラゴンごとき、叩き斬ってやる!!」
「いい気になるなよ!!」
私は新手に狼狽えた。
さっき二人で手一杯だったのに、三人もどうしろって!?
…うん。
逃げる。
「サクラ、おいで!!」
私は男たちに背を向けるとすたこらと広場を逃げ惑った。
何だかあちこちからブーイングが聞こえているけど知るもんか。
体の傷なんて手足のマメだけで充分だわっ。
しかし広場と言えども逃げられるスペースは限られている。
それにこんな目立つ動きをしていたらそりゃ他の人たちにも気付かれるよな。
ユセを狙っていた青年が数人、近付いてきた私に標的を定め直した。
前から三人、後ろからも三人。
…。
お、終わった。
私は絶望的な思いで足を止めた。
もう構える気力さえない。
母さんごめんね。
大事に育ててもらったこの体、傷モノにしちゃうみたい。
あ、今はイザベラの体だっ…
「この大事な体に、傷なんてつけさせるものか」
へ…?
い、今自分の口が勝手に喋った…。
異変はそれだけでは終わらない。
今度は私の体が勝手に動き始めた。
短剣を捨てるとその辺に転がっていた長剣を拾い、迫り来る相手を鋭く見据える。
私は地面を蹴るとまずは目の前の三人に自ら斬りかかっていた。
ちょっ、待て待て待て待て!!
長剣なんて扱ったこともないって!!
心の叫びとは裏腹に、私は周りが息を呑むほど一瞬で三人の剣を叩き落としていた。
そして休む間も無く反対側に高く跳躍すると、追いかけてきた三人の間に鋭く斬り込みこちらもあっという間に剣を叩き落とした。
私はすらりと立ち上がると凍るような目でふっと笑い叩き伏せた者たちを見下ろしていた。
と、その顔はあっという間に搔き消え、ぽかんとした私に戻った。
「…へ、へ?何…??今一体…何が起こったの??」
自分で自分が分からずにただ呆然としていると、レイがこっちに走ってきた。
「フィズ!!」
「れ、レイ…」
「これ、お前がやったのか…?」
「わ、分かんないけど…なんかそうみたい…」
レイは私の手元を見た。
「…長剣」
「うはっ、こ、こわっ」
私は慌てて剣を放り投げた。
レイは呼吸を整えながら怖い顔で私を見上げてきた。
「…お前」
「な、なに?」
レイは何か言いたそうな顔をしていたが、その時後ろでわっと歓声が上がった。
つられてそっちを見ると、ユセが最後の一人を降参させたところだった。
「お、終わったの…?」
「そうみたいだな」
私はほっとすると同時に腰がくだけそうになった。
レイは私を支えながら厳しく言った。
「まだしゃんと立ってろ」
「そ、そんなこと言ったって体が勝手になるんだもん…」
ユセは息を弾ませながら走ってきた。
「フィズ、無事でしたか…」
「な、何とか…」
力ない笑顔で答えていると、真っ赤な顔をしたヒューロッド卿がこっちへ来た。
レイはきっちり背筋を伸ばすと一歩前に出た。
「特訓とやらは終わりですね。私たちはこれで失礼します」
「ま、待て!!これで終わらせるものか!!」
ヒューロッド卿の後ろから四人のくそガキどもが意気込んで言った。
「そうだそうだ!!まだだれも血を流してないじゃないか!!」
「殺せ!!っていうかお前らが死ね!!」
「刺せよ!!誰か剣で串刺しにしろ!!」
ひどい罵声に周りは眉をひそめたが、誰一人として咎める者がいない。
さっきまで腰が引けていた私は段々腹が立ってきた。
…どうして、これを野放しにするかね?
今死ねって言いましたよ?
五歳ぽっちりのこのガキどもが。
子ども達は尚も調子に乗って口汚く喚いている。
私の中で、何かがすっと冷えた。
私は無表情でスタスタと子どもたちに近付いた。
舐めた顔で見上げてくる一人を鷲掴みにすると、お尻が前になるように脇の下に抱え上げて固定する。
「な、何をする!!」
「知らないの?悪いこと言う子は、世間ではこうされるのよ」
次の瞬間、その子の尻が盛大にパンパン音を立てた。
「うぎゃあぁ!!痛い!!」
「痛い?これしきで?」
その子を放り投げると青くなったまま固まっている子どもたちを次々と捕まえては、私は思い切りお尻を叩いてやった。
「死ね?殺せ?あんたたち、その言葉がどれ程悪いか分かってんの?」
「や、やめろ無礼者!!」
私はくわっと目を開くとぶちりと切れた何かと共に叫んでいた。
「うるさいわ!!命の重みを知るために騎士団に見習いで入ってんじゃねぇのかこのクソガキども!!」
子どもたち以上に、周りの者たちは完全にひきつり凍りついていた。
私はとどめにヒューロッド卿に手を伸ばした。
「フィズ!!」
「やめろ!!」
ユセとレイがさすがに焦って止めに来た。
時間が止まっていた騎士団の者たちも真っ青になりながら止めに入ったが、私は構わずにヒューロッド卿の腕を掴んだ。
「お、お前ぇ!!この僕にそんなことしてみろ!!兄上が黙っていないぞ!!」
「やめろ!!ヒューロッド卿には手を出すな!!」
「その手を離せ!!」
私は小脇にヒューロッド卿を抱えると先程と同じようにばしんとお尻を叩いた。
幼い少年の叫びに、周りはもう真っ青を通り越して真っ白になった。
私は気にせずバンバンと叩きながら周りをキッと睨んだ。
「貴方たちはこの子は止めないのに、私は止めるんですか!?この子は大きくなれば国を背負う立場になるんでしょう!?それなのに今からこんなんじゃ国をどう導くかなんて誰でも分かるんじゃないですか!?」
私は泣き叫ぶヒューロッド卿を下ろすと愕然とする大人達に向き直った。
「ここは何の為の騎士団ですか。国を守るためじゃないのなら、今すぐ解散してください」
腹立ち紛れに言い切ると、私はさっさとその場を離れた。
…。
…。
これは…やらかしちゃったな。
こ、怖くて後ろなんか振り向けない。
っていうか、多分すぐ後ろについて来ているレイの顔すら見られない。
私は部屋まで真っ直ぐ帰ると、その日は恐ろしくて一歩もそこから出られずに引きこもった。




