レイの鬼提案
朝日よ。
そんなに誇らしげに輝かないでくれ。
朝を告げる鳥たちよ。
人の気も知らないで高らかにぴーぴー鳴くんじゃない。
「太陽や鳥に文句言っても仕方がないだろうが。さっさと短剣を取れ」
こんな日でも早朝から私を叩き起こし、ランニングを強要したレイは長剣を引き抜いた。
…鬼。
レイは長剣を握る手に力を込めた。
「さっさとしないなら…」
「うはっ、やりますやりますってば!!」
私は短剣を引き抜くといつものように一時間みっちりレイにしごき倒された。
「左が甘い!!下、右、右、また太刀筋を目で追ってるぞ!!そうじゃない!!全てを視界に入れろ!!もっと確実に、しっかり防げ!!」
「は、はい!!」
レイは一歩踏み込むと更に早い攻撃を仕掛けてきた。
最初は全く見えなかったレイの太刀筋が、ここ最近少しだけ分かるようになってきた。
とはいえレイは私の肌一つ傷つけることはないが、一歩間違えば致命的な所まで斬り込んでくる。
私は毎回とにかく必死だった。
ちらほらと騎士団の人が外に出だすと、レイは剣を収めた。
「…今日はここまでだ。朝食は六分目までにして水はあまり飲むな。一番体が動きやすい状態にしておけ」
「は、はぁい…」
私はその場に膝を着くとぜぃぜぃと荒い呼吸を繰り返した。
…すでに瀕死。
流れる汗を拭っていると、後ろからキーキーとサクラの声が聞こえた。
振り返ると繋いでいたサクラを騎士団の青年が三人で取り囲んでいる。
「あ、さ、サクラ!!」
私は疲れも忘れてサクラの繋がれた杭に走った。
「な、何してるんですか!!」
私の叫びに青年三人は嘲るように笑った。
「このトカゲが本物のドラゴンか確かめているだけさ」
「しかしよくこんなトカゲごときで大きな顔できるな」
「これなら俺だって飼育できるぜ」
つぶれ団子みたいな顔の青年がサクラの鎖を杭から外した。
「や、やめ…」
「やめろ!!」
私より先に騎士団の中から赤髪の青年が叫んだ。
つかつかとこっちへ来るとつぶれ団子の手から鎖を奪い取る。
「こんな小さな動物にまで手を出すな!!弱いものいじめは騎士の恥だ!!」
「う…ベッツィ。おい、行くぞ」
つぶれ団子は他二人を連れてそそくさと離れて行った。
赤髪の青年はそれを見届けると私にサクラの鎖を差し出した。
おぉ、隣に並ぶとすごく背が高い。
「あ、あの…」
「…」
赤髪君はじっと私を見下ろすと暗い顔になった。
「アルゼラの、…何て言ったかな」
「ふ、フィズですが」
「フィズ」
サクラを見つめながら青年は顔をしかめた。
「こんなことになって、すまない」
「へ…?」
青年は踵を返すとさっさと元いた場所に戻って行った。
私がぽかんとしていると隣に並んだレイが不敵な笑みを浮かべた。
「まだまだ、腐り切ってはいなさそうだな」
「へ?」
「これは是非一度内部偵察を入れてみたい所だな。リヤ・カリドに頭を押さえつけられてはいるが…この騎士団、意外と一筋縄ではいかなさそうだ」
「どういうこと…?」
レイは私を見上げた。
「お前はとにかくこの後のことだけ考えていればいい」
「う…」
むしろ考えたくないっての。
私はサクラを自分に繋ぎ直すと重い息を吐いた。
身なりを整えレイに引きずられるように広場へ向かうと、そこにはずらりと騎士団の者たちが揃っていた。
「レイぃ」
「しゃんとしろっ」
「今から酷い目にあうかもしれないのにしゃんとなんて出来ないよ…」
「あれを見ろ」
レイがしゃくった先には、ユセがいた。
一人皆の前で立たされているが、その背筋は伸びやや青ざめながらも顔つきはきりりと引き締まっている。
何ていうか…品格が違うな。
ユセは小さな獅子みたいだ。
私は自分のせいでユセまでなめられないように頑張って背中を伸ばした。
ヒューロッド卿は私がユセの隣まで辿り着くとにやにやと笑った。
「よく来たなアルゼラの。では、これから貴様とユセに特別な特訓を受けてもらおう」
ヒューロッド卿の隣では見習いの幼い少年四人がくすくすと笑っている。
なんだなんだ。
このちっこい子どもたちも漏れなく貴族のくそガキっぽいな。
ヒューロッド卿は右手を振りかざすと高圧的に言った。
「今からそなたらに秩序を乱した罰で真剣勝負十人抜きを課す。例えそなたらが負けようとも、途中で止めることは許さぬ」
「じ、十人抜き!?」
日々鍛え上げられた騎士団の若者相手に!?
しかも負けても終わらないって死ぬまでやれってことですか。
真っ青になっていると、レイが一歩進み出た。
「ヒューロッド卿。私もその勝負に参加します」
「なんだ。お前に用などないぞ」
「アルゼラのフィズを任されたのはこの私です。フィズがご無礼を働いたのなら、私にも責任はあります」
レイは挑発的に騎士団の青年を顎でしゃくった。
「あの辺りから更に十人増やしてください。それから、まどろっこしいやり方ではなくサバイバル形式で一気にカタをつけましょう」
ヒューロッド卿はにやりと笑った。
「中々面白い提案だ。これは僕ではなくそなたから言いだしたことだからな。何が起きても責任はそっちにあるぞ」
「分かりました。ですがこれは殺し合いではございません。剣をはたき落とされた者はそれで負けということで構いませんか」
「お前たちはだめだぞ。例え剣を落とされようとも怪我をしようとも最後まで戦い抜くんだ」
「分かりました」
淡々と言うレイの後ろで焦ったのは私とユセだ。
さっさと準備に動き始めた騎士団を尻目に私はレイの腕を掴んだ。
「れ、レイ!!なんて無茶を!!」
「そうですよ!!30対3で一体どうしろと!?サバイバル形式なんて…縦横無尽に攻め込まれるだけです。大体、貴方には関係のないことでしたのに」
レイはすらりと剣を引き抜くと私とユセの前でピタリと止めた。
「ユセ様お一人で十人抜きなど出来ますか」
「…」
「フィズに至っては問題外だ」
そ、そりゃ当たり前じゃないか。
レイは更に淡々と続けた。
「相手は圧倒的な数の差に必ず油断する。ユセ様、俺は貴方が騎士団を追い出されてからも真面目に聖騎士ノードンに指南を受けていることを知っています。それからフィズ、毎朝俺としていたのはただの稽古ではない」
顔を見合わせる私とユセに、レイはまた不敵に笑った。
「30対3のサバイバルゲーム。俺たち三人なら勝機はある」
あまりにも自信に満ちた宣言に、私の体から震えが治まってきた。
「ほ、本当に…?」
「一番のネックはお前だがな。攻撃なんて考えずに死ぬ気で防御に徹しろ」
「は、はいぃ…」
心の準備が整う間も無くヒューロッド卿の声が響いた。
「準備は整ったぞ!!早くしろ!!」
私はレイとユセの後ろに続いてのろのろと広場の真ん中へと足を運んだ。




