不思議なレイ
レイは私の襟首をがしりと掴むと怒り任せに揺さぶった。
「この大馬鹿者が!!人がちょっと目を離した隙にまた問題起こしたのか!!」
「うはっ、れ、レイ!!揺れる揺れる!!」
私の雑な扱いにサクラが怒って羽ばたいたが、レイはぎらりと睨みつけるだけで大人しくさせた。
「何を見ても手を出すなと忠告しただろうが!!お前人の話全く聞いてなかったのか!?」
「だ、だって…あのままじゃユセが酷いことになると思って…」
「ユセ様は全て承知の上で戻ってきたと言っただろうが!!」
「でも…!!」
私は顔を上げると懸命に訴えた。
「身分が高いからって、あんな小さな子が何しても許されるなんておかしいよ!!」
「それが世の常識だ」
「そんな常識、どうして皆黙って受け入れるわけ!?」
「ミリは今まで世間と交わらなさすぎたから、それがおかしいと感じるだけだ」
レイはため息をつくと噛んで含めるようにゆっくりと言った。
「いいか。封建社会とは身分と金と力のある者の世界だ。それに逆らったりしたら…その者は淘汰され、消されてゆく」
「消されて…」
「ユセ様は今を耐えればゆくゆくはインセント家を担う地位のある立場になられる。それを分かっているから沈黙を守ってるんだ。お前はそれを…台無しにした」
私はぐっと詰まった。
ユセを助けたかっただけなのに、実はすんごく余計なことをしたのだろうか…。
レイは舌打ちをすると額に右手をおいた。
「これだから、早くミリを切り捨てるように何度も言ったのに…」
「へ…?」
レイは怖い顔で私を睨んだ。
「…分かった。もういい。俺も腹をくくる」
腹をくくる。
…どういうことだろう。
私が首を傾げていると、レイはもう一度私の襟首を掴み息がかかりそうなほど引き寄せた。
「お前が巻いた種だからな。何があっても、泣き言は受け付けないぞ」
「…え?」
レイは私を離すと腕を組み唸るように言った。
「とにかく、今後なるべく俺のそばから離れるなよミリ」
「や、やだなぁ、レイってば。そんな乙女ときめく口説き文句を真顔で言っちゃってぇ。年下のくせに生意気っ」
レイは間髪入れずに茶化した私の頭を割といい力でガツンとどついた。
宿を出発してから、私は自分のやらかしたことを身に染みて感じた。
まず騎士団の視線が痛い。
超絶痛い。
それから、すれ違うたびにわざとぶつかられる。
ひどい時は後ろから蹴りを入れられそうになったり石を投げつけられたが、そこはさすがにレイが撃退してくれた。
「な、何これ。ぜんっぜん気が抜けないんだけど…」
「当たり前だ。このバカ」
「これって、王子に言えばなんとかしてもらえないの?」
「こんなくだらんことで王子の手を煩わせられるか。辛抱しろ」
「へ、へぇえぇ…もうやだ。外に出たくない」
これだから嫌いだ。
人も、人間関係も。
自慢じゃないけど石投げられるの初体験じゃありませんから。
「帰りたい帰りたい帰りたい…」
呪文のように低く唱えていると後ろからびしりと背中をレイに小突かれる。
あの、これって石が飛んでくる並のダメージっすよレイさん。
私はレイと共に街の広場に流れ着くと、整然と並び始めた騎士団の後ろにまわった。
「俺たちはこのまま徒歩でベルク国の北東を目指す。城に出向いている王子や姫君たちは四日目に合流することになる」
「え…、そうなんだ」
「国内では騎士団や護衛は邪魔なだけだ。俺たちは国から国へ渡る時に通過する森や山などを超える際に魔物や賊から守る為にご一緒する。今王子のそばには最低限の親衛隊以外は近付けない」
ということはあの王子の周りを陣取っていたヤドカリたちが今は王子のそばにいるのか。
ん?
待てよ。
ということは、私はこのままずっとセスハ騎士団と一緒にいなきゃならないのか!?
「な、なんて苦行…」
「だから言っただろうがこのバカ」
レイは冷たく即切り捨てた。
隊列が整い出発の合図が鳴ると、一斉に行進が始まった。
私は出来るだけ小さくなりながらその一番後ろを歩いた。
都心の外れを目指してしばらく進んでいると、さり気なく一人の男が私の隣を歩きはじめた。
五十近くの男は重そうな鎧を身にまといながらちらりと私を見下ろした。
「おい、アルゼラの」
「は、はい…?」
「お前、今朝ヒューロッド卿に喧嘩売ったそうだな」
「はぅ…」
男はにやりと笑うと前を見たまま言った。
「話を聞いて、俺は胸がすいたぜ?」
「え?」
「あのボンクラ兄弟にはセスハ騎士団を我が物顔で好き勝手されてるからな」
男は片目をつぶるとまたさり気なく離れて行った。
隣で黙って聞いていたレイが口を開いた。
「今のはズー伯爵だ」
「ズー伯爵…」
「又の名をセスハ鬼将軍。十数年前他国との争いの時にその名を轟かせた実力者だ。本来なら伯爵も馬上の人のはずだが、こうやって鍛錬のために自ら徒歩を選ぶような変わり者だ」
確かに、歳を感じさせない男のずんぐりと大きな体は一度攻撃となれば凄まじい威力を発揮しそうだ。
「あんな人もいるのに騎士団は荒らされてるんだ」
「…団長が王族崇拝主義だからな。せっせとリヤ・カリドに媚を売ってるのさ」
「ふぅん」
やっぱり肌に合わないぞ王政。
まさか明るい外の世界が私の真っ黒な部屋の真っ黒な世界より黒かっただなんて…。
私の肩でサクラがきゅうとひと鳴きした。
「よしよし、大丈夫。サクラをちゃんと自然に返すまでは頑張るからね」
嫌がらせに耐えるくらいなら、まぁなんとかなるかな。
忌み嫌われるのは慣れてるし。
移動中は特に何も起こらなかったので私は段々のどかになっていく景色を眺めながら歩いていた。
夜まで歩き通して着いた先は程よく大きな村だった。
騎士団は各自の宿泊先の指示を受けながらぱらぱらと散り始めたが、前方から馬に乗った騎士が何人かこっちへ来た。
ざわりと私の周りが騒めく。
「な、何?」
「…ヒューロッド卿だ」
「げっ…」
レイは私を半歩自分の後ろに下げると、目の前まで来た騎乗の人を見上げた。
「…何か、御用でしょうか」
「お前ではない。僕はそこのアルゼラのに用があって来た」
ヒューロッド卿は高圧的に私を見下ろした。
相乗りさせてもらってるくせに偉そうじゃないか。
私は負けじと見上げたが、くそガキはタチの悪い顔で笑った。
「明日の朝、お前とユセに特別な特訓メニューを組んでおいた。八時にこの広場へ来い」
特別な特訓メニュー…。
はい、正当な理由でボコる気ってわけですね。
行けるか!!
「言っておくが、ユセはセスハ騎士団の者だ。お前と違って逃げ出すことは出来ないぞ。仮にお前が来なければ、仕方がないのでユセにお前の分まで頑張ってもらうしかないな」
ヒューロッド卿は高らかに笑うと取り巻きの青年達と先頭に戻って行った。
私は青い顔で振り返ったが、レイは不快な顔を隠しもせずに苦いため息をこぼした。
「れ、レイぃ…」
「情けない声を出すな。…こうなることは予想済みだ」
「どど、どうしよう…」
「行くより仕方ないだろ。お前がユセ様を見捨てるなら話は別だが」
「う…」
レイは泣きそうな私の背をばんと叩いた。
「今更そんな顔をするな。しゃきっとしろしゃきっと」
「だってぇ…」
「明日は…俺もその特別な特訓とやらに参加してやる」
「え…?」
レイは怒った顔のまま腕を組んだ。
「お前に付き合うのに腹をくくると言っただろ」
「レイ!!」
な、なんて頼もしい!!
何だろうこのレイのいてくれる安心感!!
レイは嬉しそうな私に顔をしかめた。
「喜んでいる場合か」
「だって、レイがいてくれたら何だか大丈夫な気がして!!何ていうのかな、百人力?鬼に金棒?いや、どっちかっていうとレイが鬼か」
「…。見捨てるぞ」
「え!?あれ!?なんで!?褒めてるのに!!」
わたわたと言うとレイはやっと少し笑みを見せた。
「お前もユセ様も、世渡り下手だな」
「う…」
「俺は…嫌いじゃないけどな」
「え…」
大人びたレイの顔にどきりと胸が音を立てる。
何だろう。
レイって、やっぱりどこか不思議。
「ねぇ」
「何だ」
「レイって、一体何歳なの?」
「…」
レイは途端に無表情になった。
その瞳もどこか暗くふさぎ込んだものになった。
え…。
別にサバ読んでる妙齢のご婦人じゃないんだし、そんなに答えにくい質問か?
「ご、ごめん。ただ、見た目よりすごく大人びてるなぁと思っただけで…」
「…。俺は…」
いつもはきはき喋るレイにしては珍しく消えそうな声で言葉を落とした。
「大人になることは、ない…」
「へ?」
意味がわからずに首を傾げたが、レイは背を向けるとさっさと歩き出した。
今のはどういうことだったんだろう。
あまり触れていい所ではなかったのかな。
やっぱりレイは謎だ。
ぼんやりとしていると、騎士団の青年がどんと後ろからわざとぶつかって行った。
そ、そうだった。
人のこと気にする前に明日の我が身を心配しなければならないんだった。
「嫌だなぁ…」
満点に輝く星空を見上げながら、私はどうか明日も無事にこの空を見られますようにと願った。




