強気な世間知らず
朝日が当たるベルク国は眼を見張るほど綺麗な街だった。
その建物は様々な色で彩られ、街中を流れる川は水路として整えられている。
街を飾る花々はこの国の豊かさを象徴しているようだ。
私は朝からこの麗しい景色を堪能…なんてさせてももらえずに街外れの馬屋にいた。
「だ、だから無理だってば!!降りないでレイ!!一人にしないで!!」
馬の上に乗せられた私は必死にレイの背中にしがみついていた。
レイは難しい顔で振り返った。
「馬にくらい一人で乗れなくてどうする」
「う、馬にくらいって…。馬車にすら乗ったことないし!!」
「お前本当に引きこもってたんだな…」
「う、うるさいわねっ!!願わくば今すぐにでも引きこもって帽子作りに専念したいわよー!!っていうか降ろして降ろして!!」
朝一番から稽古ではなく散歩に連れ出されたからおかしいとは思ってたけど、まさか馬に乗せられるはめになるなんて…。
レイは無情にも私の手を振り切るとひらりと一人だけ馬から降りた。
「ほら、手綱持っていてやるから。ちゃんと座ってみろ」
「無理無理無理無理!!揺れるもん!!」
「動物とは信頼関係が第一だぞ。お前がそんなんじゃ馬だって言うこときくはずもない」
「動物になんて乗りたくないってば!!」
レイは馬の頭を撫でながらため息をついた。
「道中では何が起こるか分からないんだ。いざという時に困るのはお前だぞ」
「そ、そんなこと言ったってぇ…」
「今はできなくとも乗り方くらいは覚えておけ。手綱の持ち方はこうだ。それから足はここで固定して…」
レイは一通りの基礎を教えてくれたが、私の頭は全くついてこない。
「ちゃんと聞いてるのか!!」
「ひぇっ、だ、だって…」
喝を落としたレイは馬から離れたところに繋がれているサクラをちらりと見た。
「…。分かった。目をつぶれ」
「へ!?」
「いいか。お前が今乗っているのは大きくなったサクラだ」
「さ、サクラ…??」
「いいから早く目を閉じろ!!」
「うはっ、はい!!」
私は言われたままに目を閉じた。
レイは静かに話し始めた。
「お前は今サクラの背中にいる。サクラはお前と飛びたくて大人しく準備して待っている」
ふんふん。
む、無理やりだけどイメージしてみよう。
「今手に持っているのはサクラの首についた手綱だ。ほら、そんな持ち方したらサクラが苦しがっている」
そ、それはダメだわ。
ゆとりを持たせてあげないと。
「そうだ。そうやって自然に持て。それから足だな。そんなに力を込めているとサクラは不快だと思わないか?」
え、ごめん。
こうかな?
「あとは姿勢だ。サクラの体の芯はここだ。姿勢を伸ばしながら肩は力を抜く。サクラの動きに逆らわずにお前もリズムを掴むんだ」
サクラのリズム…。
いち、に、いち、に。
「目を開いてみろ」
レイに促されるまま目を開くと、私は歩く馬に一人でちゃんと乗っていた。
私の馬の手綱を引いたレイはそのまま馬屋の外へ出た。
柵で囲った小さな庭をゆるゆると散歩する。
「う…馬っ…!!わたし、馬に乗ってる!!」
「騒ぐな。これくらい、子どもでも出来る」
「だ、だって…私が馬に乗ってるんだよ!?すごい!!」
庭を一周してから馬屋に戻り、レイに馬から降ろしてもらった私は大興奮していた。
「ねぇ見た!?見た!?私、一人で馬に乗れた!!」
「見たも何も、俺が引いてただろうが」
「凄くない!?ねぇ、凄くない!?」
レイは呆れて馬を見上げた。
「お前は賢いな。こんなにうるさい初心者を背に乗せても大人しくしててやるなんて」
よしよしと馬を撫でるレイの顔つきはどこか優しい。
もしかして、馬が好きなのかな。
私も勇気を出して撫でてみようとしたが、やっぱり怖くて手を引っ込めた。
「ドラゴンを溺愛してるくせに馬が怖いのか」
「うっ、だってサクラはまだ小さいもん…」
「最終的にはこの馬の何倍も大きく育つんだぞ」
「…」
何倍も巨大化したサクラか。
あ、あんまり考えたくないな。
私とレイは馬屋番に礼を言うと外へ出た。
そのまま街へ戻るのかと思いきやレイはすぐそばの河原に向かった。
「どこへ行くの?」
「今日の出発は昼前だ。暇な時間を持て余すことはない。フィズ、このまま河原に沿って一時間走り込んでこい」
「え、えぇ!?今日もやっぱりするの!?」
「当たり前だ。継続こそが力だからな」
お、鬼だ。
もしかして私とんでもない人に特訓お願いしたんじゃ…。
「とろとろするな!!」
「うはっ、はいぃ!!」
私は慌てて走り出した。
私の籠手と繋がったサクラは羽を広げると私に合わせてすぐそばを飛んだ。
今までは屋敷の広い庭をただぐるぐると走っていただけだけど、河原のそばを走るのは景色も変わるし悪くないかも…。
なんて、最初の数分はそう思えたがだからといって走るのはやっぱり好きではない。
私はすぐにいつものようにひーひー言いながら走っていた。
それなりに川を下ってから戻ってくると、さっきまではレイしかいなかった場所に沢山の人がいた。
「はぁ、はぁ…、あ、あれって…」
見覚えのある装いの人たち。
セスハ騎士団の青年たちだ。
どうやら自分と同じようにこの河原で時間が来るまで鍛錬するようだ。
「うわぁ、やだな」
私は木陰に隠れ、レイがいないか探した。
「あ、あれは…」
先に見つけたのはユセだった。
ユセは皆から少し離れた場所で一人長剣を磨いている。
その後ろから数人の青年がくすくす笑いながらユセを指差していた。
「何あれ。感じ悪…」
ユセは気にしないように剣の手入れに集中していたが、青年たちの間からやたら身なりのいい五歳くらいの少年が割って出てきた。
「逃げ出した犬がのこのこと戻ってきたと聞いたが、本当にいたぞ」
青年たちは少年に合わせてげらげらと笑い出した。
な、なにこれ。
完全にいじめじゃないか。
少年は青年たちを振り返るとユセを顎でしゃくった。
「聞けば中々筋の良い剣さばきだったと言うではないか。お前たち、その実力を見てやれよ」
少年の命令に、青年たちは面白そうな顔で頷いた。
八人でぐるりとユセを取り囲むと一斉に剣を引き抜く。
「えっ、ちょっと…」
これ、シャレにならないじゃない。
周りの青年たちは見て見ぬ振りをしているか一緒になってにやにや見ているばかりだ。
「お、大人は!?大人は誰かいないの…!?」
焦って見回すもどこにもいない。
そうこうしているうちにユセが立ち上がった。
少年を真っ直ぐに見つめると落ち着いて言った。
「ヒューロッド卿。こんなことをしても何の利益もありません。団長の言いつけ通り鍛錬に精を出しましょう」
「兄上の言う通り、生意気な奴だな」
剣を構えた青年の一人が、にやにやしながら前に進み出た。
「ユセ様、僕がお相手いたしましょう」
ユセは俯いたまま剣を鞘に戻した。
「ここで…問題は起こせません」
少年は高らかに笑い出した。
「ははははっ!!とんだ腰抜けだ!!天下のインセント公爵家の名が泣くぞ!!ははははっ!!」
つられたように青年たちもバカにしたように笑った。
…ひどい。
ひどい、ひどい!!
皆で寄ってたかって!!
「ユセ!!」
気がつけば私は木から飛び出していた。
青年たちは笑いながら振り返ったが、私の肩にいるサクラに気付くと顔色を変えた。
「アルゼラの…!!」
「ドラゴンだ!!」
笑い声がどよめきに変わった。
いや、私そんなに引かれるほどの者じゃないですけど。
まぁ今はそんなことどうでもいい。
「セスハ騎士団!!あんたたち、こんなことして恥ずかしくないの!!」
「フィズ!!」
ユセは慌てて私のところへ走ってきた。
「ダメですっ。ヒューロッド卿に逆らえばフィズもただでは…」
「だ、だって…!!」
身なりのいい少年はにやりと笑うと私に近付いてきた。
「そなたはアルゼラの者だそうだな。そのドラゴン、本物かどうかこの僕が見てやろう」
…えっ、偉そうなガキじゃないか。
こいつもあれだな、偉い偉いお貴族様の子どもとかだろうなきっと。
こんなクソガキにサクラを触らせるもんかっての。
私は伸ばされた手をぱしりと弾いた。
その瞬間、周りの空気が凍りついた。
ユセも真っ青になったが、知るもんか。
こっちは王族オルフェ王子サマの襟首すら掴み上げた事があるんだぞっ。
手を振り払われた少年は怒気に顔を赤く染めた。
「こ、この無礼者が!!」
「黙れ痴れ者」
「こ、ここ、この僕を侮辱したな!?」
「侮辱されることをするあんたが悪い」
こんな子どもに負けるもんかと言い返していると、周りはさらにどん引いた。
少年はわなわなと体を震わせるとこれ以上ないほど睨み上げて声を振り絞った。
「僕は、お前を許さないからな…」
言い捨てると少年は青年騎士団を引き連れて行ってしまった。
残されたユセは青い顔のまま私を見上げた。
「な、何てことを…」
「大丈夫、あんな子どもくらい…」
「彼は…ベイド公爵様の…ご子息です」
「ベイド公爵?」
誰だっけ。
ユセは震える声で付け加えた。
「彼は…リヤ・カリド侯爵様の弟君です」
「へ…?」
えっ…じゃああいつ、ヤドカリの弟なの!?
…。
…。
やばっ。
私はやっとあの子どもがあんなに偉そうな理由を悟った。
ユセは目を伏せた。
「フィズを巻き込むくらいなら…僕が相手をすれば良かった…」
「いや、その。落ち込まないでユセ。わた…僕が勝手に、したことだから」
ユセは顔を上げると心配そうに言った。
「フィズ。リヤ・カリド様に目をつけられてはどうしようもありません。出来れば貴方は国に帰ったほうがいい」
「いや、帰れるなら今すぐにでも帰るんだけど…」
「無理なのでしたらオルフェ様のそばから離れない方がいい。酷い目にあいますよ…」
「…」
…えと。
…。
…。
だめだ。
何にも考えられないし思いつかない。
「し、心配しすぎだよユセってば」
結局私は曖昧に笑ってその場をやり過ごし、この時のユセの絶望的な顔は見なかったことにした。




