王宮出発
フィズの変装をし終えてから小さなサンドイッチを食べていた私は、それをぽとりと皿の上に落とした。
レイから聞いた話は、あまりにも衝撃的だった。
「し…シウレ姫が…殺された…?」
「そうだ。昨日はその葬儀で一日慌ただしかったんだ。ミリが襲われたことと何か関係があるのかもしれない」
「ど、どういうこと?誰が、何の為に…」
「分からない。とりあえずこれ以上犠牲者が出る前にオルフェ様は全ての側室を手放すことになった。今日から礼儀を持って一人一人の屋敷にお送りする」
側室を実家に返す…。
ってことはイザベラ姫である私も知りもしない国に返されるんじゃないか?
私の顔色から言いたいことを読み取ったレイは淡々と言った。
「イザベラ姫は襲われたショックで王宮でしばらく休養が必要だということになっている。だから、ミリはフィズでいてもらわないといけないというわけだ」
「べ、別にわざわざ私がその姫君ご実家回りにはついていかなくてもいいんじゃないの??」
「それは…」
レイは言い淀んだ。
少し考え、ため息をこぼしながら口を開く。
「実は…シウレ姫を殺した容疑者にフィズの名があがっている」
「え…?なんで?」
「脱獄したフィズが消えたのが後宮のそばだったからだ」
「え!?それだけで!?でも私はその時湖にいたじゃない!!」
「それはイザベラ姫としてのアリバイだ。フィズが無実だという決定的な証拠はない」
「そんな…」
レイは熱い紅茶を入れたカップをそっとテーブルに置いた。
「オルフェ様は今お前を一人には出来ないと判断なされた。フィズに本格的に容疑がかかる前に王宮から連れ出すつもりだ」
「あ…。だからこの格好で?」
「元々フィズの設定はアルゼラから来たオルフェ様直属の従者だ。不自然には見えないだろう」
私はレイのいれてくれた紅茶に手を伸ばした。
話の内容は理解できるが、それが現実と今一繋がらない。
実感もわかないが、とにかく言われた通りにするしかなさそうだ。
「ごちそうさまでした…」
「半分も食べてないじゃないか。ちゃんと食べさせろとオルフェ様に言われているんだ」
「でも、食欲がなくて」
レイは時計をちらりと見ると不機嫌そうな顔になった。
「分かった。時間もないことだしもういい。昼はもう少し食べてもらうからな」
さっさと食器を引くと、レイは扉を開いた。
「ミリ…いや、フィズ。お前は極力姫や侍女たちとは関わらないように気をつけろ」
「わ、分かった」
「行くぞ」
レイに促されて私はエントランスに向かった。
階段を降り、正面扉が見えてくるとその前に集まった人の多さに驚いた。
「な、何これ!?」
「姫の侍女や馬車の護衛、それから魔物を退ける結界師もいるからな。ざっと二百はいるだろうな」
「二百人!?大行列じゃない。なんてはた迷惑な…」
この中に混ざるのかと思うと怖じ気付いてぴたりと足が止まる。
人が多いのは苦手なんだってば。
一歩下がるとレイがすかさず私の手を掴んだ。
「逃げるなよ」
「う…」
「サクラは行く気満々だぞ」
私ははっとしてレイの指差す方を見た。
人々の先頭に立つのはオルフェ王子。
その右腕には確かにサクラがいた。
「あ、あの子…」
「今はオルフェ様が面倒を見ておられる。他の者には寄りつかないが王子には懐いているみたいだな」
私はサクラに向かって走り出した。
ただ前を目指して人混みの中に入り込む。
だがこの私が人混みなんて上手くかき分けられるわけがない。
すぐに立ち往生してしまうと、レイと繋いだままだった手が引かれた。
「こっちだ」
「あ、ま、待って…」
私より小さいのにレイは隙間をぬってどんどん前に進んでいく。
私はあちこち人にぶつかり謝りながらもそれについていった。
しばらくすると急に視界が開けた。
どうやら無事人の波を抜けたようだ。
「は、はぁ、レイ…」
顔を上げるとレイではなく目の前にオルフェ王子がいた。
「あ、王子…」
「あんなによたよた歩いててよく辿り着いたな」
「見てたんですか…」
レイは私を離すと王子の前に跪いた。
「お待たせ致しました」
「ちょうど良い時間だ。俺の代わりにフィズを頼む」
「はい」
私は王子の肩に止まるサクラに手を伸ばした。
「サクラ、おいで」
サクラは嬉しそうに羽ばたきこちらへ来ようとした。
だがその首には鎖が繋がれていて飛び上がることは出来なかった。
「さ、サクラ!?王子、こんな鎖つけないでください!!」
「しばらくはこのまま繋いでおく」
「どうして!?サクラはとっても賢いんです。わざわざ繋がなくても…」
「離すとお前の方に行ってしまうだろう?お前の体調が戻ればすぐにサクラを返してやる」
「え…」
どういうことか聞こうとしたが、その時後ろから準備が整ったことを告げる声が上がった。
王子はすぐに全体に合図を送り大きな扉を抜け外に出た。
「フィズ、お前はこっちだ」
レイは王子の護衛から少し離れたところに下がり歩き出した。
「王子の周りは身分のある騎士達が囲んでいる。俺たちはしばらく王子のそばには寄ることすらできない」
「レイ、これからわたし…じゃない僕はどうすればいいの?」
「レオナルドだ。外へ出るとまず姫君たちがそれぞれの馬車に乗る。それが終われば行列は二組に分けられる」
「え、分裂するの?」
「一組は国内の貴族の屋敷をめぐる。王子はこれを先導して貴族姫を実家にお返しする。もう一組は国境に近い街を目指す。その街を取り仕切る大貴族、パブリンカ公爵の屋敷で王子が戻られるまで待機する」
なるほど。
色々考えられてるんだな。
「で、僕はどっちに行けばいい?」
「もちろん王子の元だ。ただし…」
行列を振り返りながらレイは声を落とした。
「お前はオルフェ様の従者として節度を持った態度でいなければならない。もちろん王子もそのつもりで接してくるはずだ」
「…そりゃ、そうですね」
レイが何を危惧しているのかが分からずに私は首を傾げた。
レイは苦い顔で私を見上げた。
「分からないか?…お前にとっては結構きつい状況になるんじゃないか」
「きつい…?」
本気で何を言っているのかが分からない。
レイは呆れ顔になった。
「お前もう少し人生経験積んだ方がいいんじゃないのか」
「…」
歳下のレイに言われちゃ世話ない。
だが言い返せないのでちょっぴりくやしい。
ふてくされた顔で黙り込んでいるとレイはふと笑った。
「フィズには王子の代わりに俺がついてる。何かあれば俺に言え」
「お、大人びたこと言うじゃない」
「それも勤めのうちだからな」
「勤め…」
大人びたことじゃない。
レイは私なんかよりよっぽど大人なんだ。
でもレイがずっとそばにいてくれるのなら何だか安心だな。
それにしても…。
私は改めて町を見下ろした。
引きこもって十八年。
長年過ごしたこの町とは、これまで極力関わらないように生きてきた。
それがまさかこんな形であちこち巡ることになろうとは。
あぁ、既に懐かしき引きこもりの日々…。
「…まぁ来年からはまた引きこもる予定だし、この一年だけは我慢我慢」
一年経って、王子との約束の期間を過ぎたら貰う物もらってさっさと家に帰ろう。
そうなればもう二度とこんな旅みたいなことしないだろうから、そう思えばこの世の思い出作りということでまぁいいか。
私は自分にそう言い聞かせると、割と呑気にこの旅の始まりの一歩を踏み出した。




