夢の中で
右も左も上も下も暗い。
何もない暗闇の中で、私はてくてくとただ歩いていた。
困ったな。
出口とかないのなら歩くだけ無駄か。
立ち止まると何処からかくすくすと笑い声が響いてきた。
「お前は何年経っても変わらないな」
「え…」
目の前にふわりと全身黒服の男の人が舞い降りる。
黒髪に光る緋い炎のような瞳。
つり上がった猫目は妖しく煌めき、どこか人離れしているのに美しく魅惑的だ。
「どちらさまでしたかね…?」
こんなにインパクトの強い人なら覚えていそうなものなんだけどな。
いや、でもちょっと待てよ。
何だか遠い昔に見た気も…。
「忘れたのか?お前に黒クマのぬいぐるみをやっただろう?」
黒クマのぬいぐるみ…。
もしかして全身真っ黒で赤いビーズの目がついてる、あれか?
「あれは私が小さい頃にどこかで拾ってきたって母さんが…」
「俺があげたんだ。お前が寂しい、寂しいと泣くからな」
「え…」
男は妖艶に笑った。
「その代わり、大きくなったら俺と契約すると約束した」
「契約…?」
だめだ。
ぜんっぜん何言ってるのか分からない。
「えと、覚えてないので無効にしてください」
「そうはいかないさ。俺はお前を手放す気は…ないからな…」
男の姿は急激に変化した。
体は倍以上に膨れ上がり目の光は異様に増した。
それはもう人の姿ではなく、黒い闇を渦巻かせた恐ろしい悪魔となった。
「あ…あなたは…!!」
この姿は知っている。
ついこの間オルフェ王子の前でも引き出したあれと同じだ。
悪魔は禍々しい笑みを浮かべ、人ではない言葉を響かせた。
「憎しみを知り、力を望め。その時こそこの力をお前に与えよう」
「力…」
い、いらねぇ。
でも言えねぇ…。
暗闇は急にぐらりと揺れた。
私の足元も不安定に揺れ動く。
「あ、やっ、落ちる!!」
悪魔はまだ何事か言っていたがぐわんぐわんと響くばかりで分からない。
私は闇に引きずられながら必死でもがいた。
落ちる…落ちるってば!!
助けて、誰か助けて…!!
母さん!!
「…り、…ミリ」
「…すけて…だれか…」
「ミリ」
温かい感触が全身を包み込む。
私は思い切りそれにしがみついた。
幼い子のようにあやされて、少しずつ肩から力が抜けていく。
「ミリ、目が覚めたのか」
そっと声をかけられて目を開く。
最初に視界に入ったのは人の素肌だ。
とくとくと命の音が聞こえてくる。
「随分うなされていたな」
この声は、…誰だっけ…。
鈍く痛む頭を起こすと、すぐ目の前に華やかで美しい顔があった。
「ミリ?」
「…。お、お、…おおおオルフェ王子!?」
私は頭だけでなく上半身を起こした。
途端に酷いめまいにやられたがなんとかそこは踏ん張る。
私を自分の体に乗せたまま抱いて寝ていた王子は、私の長い髪を指に絡めた。
「やっと起きたのか。さすがに心配したぞ」
「あ、は、いや、えぇ!!?」
私の頭は真っ白だった。
いや、現状なんて全く分からないし、王子を敷布団にしてたのにも驚きだし、何より…何より、何より!!
私も王子もまるまる素肌!!
つまり服を着ていない!!
「い、いやああぁあ!!人の意識がない間に食べちゃうなんてなんて鬼畜なの!!この猛獣王子!!返して返して!!何だか分かんないけどとりあえず私の大事な何かを返してー!!」
「落ち着けミリ。まだ何もしていない」
「この大嘘つき!!どう見てうにゃらら後だろぉがぁ!!」
叫んだ反動で一気に上がった血がまた一気に下がる。
へにゃへにゃと崩れ落ちた私を王子は下から抱きとめた。
「原因不明のままお前の体温が下がり始めたから邪魔な服を取っただけだ。下は履いてるだろ」
「へ…?」
よく見たら確かにはだけているのは上だけだ。
な、なんだ早とちりか。
よかったよかっ…くない。
充分問題な体勢だっ!!
とりあえず何とか王子から降りようとしたが異様なほど力が入らない。
逆に王子は力を込めて私を抱き直した。
「朝まで大人しく横になってろ」
「そ…そんなぁ…」
情けない声を出す私に王子は少し笑ったが、すぐに声を落として言った。
「ミリ、明日は朝早くから王宮を出ることになっている」
「…王宮を?」
「そうだ。外に出たらミリにはフィズになってもらう」
「はぁ…」
どうしてか理由を聞くべきなのだろうが今は説明を聞いても頭に入る気がしない。
王子も分かっているのだろう。
それ以上は何も言おうとせず先に目を閉じた。
「…王子?」
「…」
呼びかけても返事がない。
眠ってしまったのだろうか。
もう一度体を動かしてみたが、私をがっちり掴んだ腕はびくともしない。
「あ…はぁ、だめだ…」
私は諦めて王子の胸に寝直した。
…温かい。
目を閉じるとほんのりといい香りがした。
再び薄れてきた意識の中、肌と肌の心地よさに私の中で色々な言葉が回った。
不安なの 安心する
触らないで 撫でていて
離れたい そばにいて
見ないで 私を見て
延々繰り返す相反する言葉たちは長い時間私をかき混ぜたが、やがて暗い闇の中に私の夢と共に消えていった。
ーーーーーーーーー
翌朝。
部屋に差し込む光に刺激されて私は目を覚ました。
「んん…今何時…」
「遅いぞミリ」
「へ…?」
体を起こして辺りを見回す。
あれ、ここ王子の部屋だ。
何でこんなところで…。
「さっさと支度しろ。他の者たちはもうエントランスに集まり始めている」
話しながらこっちへ来たのは従者姿のレイだった。
「あれ…レイ?どうしてここに…」
「どうでもいいけど先に服を着ろ」
「えっ…」
言われて初めて自分が上半分何も着ていないことに気が付いた。
「え…ええぇぇえぇえ!!?」
私は真っ赤になって布団を巻きつけた。
「見た!?今完全に見たよね!!?いやーーあ!!」
「それしきで喚くな」
そ、それしきな体で悪かったな!!
っていうかイザベラ姫の体だけどね!!
いやそれでも恥ずかしいでしょこんなの!!
「なななな、どどどど、どうしてこんな…」
「騒ぐな。とっととこれに着がえろ」
「あの、違うから!!王子とは何もないから…!!」
「何もなくてどうする。お前は側室だろ」
そうだけど、本当に何もないのに…。
…。
ないよね?
唸りながら今自分がどうしてここにいるのかを懸命に考える。
薄っすらと昨夜の王子とのやりとりを思い出す。
いやそこじゃない。
そのもっと前。
確か王子とレイと遠出して…あ、そうだサクラ!!
「レイ、サクラは!?サクラはどうなったの!?あの後どうなったの!?」
「あのトカゲならぴんぴんしてる。お前の方が死にそうな顔で三日間眠り続けてたんだぞ」
「え、み、三日?」
「とにかくこれを着ろ。それから無理やりにでも何か食べてもらう。それが済んだらすぐに王宮を出るからな」
私はわけが分からなくてきょとんとした。
レイが差し出したのは、明らかに少年服。
「え?なに?ちょっと意味がわからないんですけど…」
「現状は用意しながら話す。とにかく時間がないんだ」
「は、はぁ…」
もう何が何だか…。
私は首をひねりっぱなしだったが、レイがびしびしと指示を出してくるのでとりあえず言われるがままに動き出した。




